『会いたい』
「は?」
『今すぐ迎えに来い、いいな』
「ちょ、…っ!?切りやがった…!」


突然電話が掛かってきたと思えば、これだ。
一方的で、こっちの予定など関係無しに用件だけを押し付ける。


出会ってから今までずっとこうなのだ。おれはトラファルガーに振り回されっぱなし。
いい加減痺れを切らして、もうあいつの言う通りになんてしない、そう覚悟してから何度目のやり取りなのだろうか。


「今すぐ来いだと…?くそ、ふざけやがって…!!」


悪態をついて携帯をベッドに投げ捨てるけれど、結局次の瞬間には、おれはクローゼットの中身と格闘する羽目になっている。
世間の誰もが気を抜く休日の昼間だって、トラファルガーの隣を歩くならばそれなりの格好でなければならない。と、これは自分の中で出来上がってしまったルールなのだが。


トラファルガー・ロー。無駄に良いルックスと、猫被りにも程がある外面。仲の良い友人に愚痴を溢せば『小悪魔』なんて微笑ましい言葉で纏められるけれど、実際にはそんな可愛いモンじゃない。下手すればあれは悪魔よりタチが悪い。


それでも、そんな奴でも、おれは何故だか惹かれてしまった。今となっては自分でも謎だ。


付き合っているのかなんておれ自身も分からない。友人でも恋人でも無い、ズルズル続くこの関係がどんな名前なのか、知っているのはトラファルガーだけなのだろう。
そう考える度に気分が沈む。ああ、ほらまたこうして振り回されている。
ポケットの中のキーが、カチャリと冷たい音を立てた。






他よりも頭ひとつ飛び抜けている白い家の前に車を停める。天気は良いのにどの窓もカーテンは閉めきっていて、本当に医者の家なのかと少し心配になった。
奴の父親は少しばかり名の知れた外科医だそうだが、忙しくて殆ど帰ってきやしないのだと言っていた。母親も看護師故に同様。
管理しているのがアレではお前も可哀想にと、おれは家に同情なんてしてしまった。


トラファルガーの自室がある二階の部屋には、外からでも分かるくらいに徹底している遮光カーテン。そこに向けて、短くクラクションを鳴らす。
数秒後、勢いよく開かれたカーテンから覗いた顔は笑っていた。おれに電話をしてきた時点で準備は済ませてあったのだろう、『すぐ降りる』と口パクで伝えて、トラファルガーは再びカーテンを閉めた。






おれが煙草に火を付ける間もなく、トラファルガーは無遠慮に助手席に座る。それと同時にちらりと手元を睨み付けられて、おれは渋々煙草を諦めた。車に染み付いた煙草の匂いは平気でも、目の前で吸われるのは嫌らしい。


「で、どこ行くんだよ」
「ドライブしてェと思っただけだから、別に決まってねェよ。けど、腹減ったからとりあえず飯だ」
「何食いてェんだ」
「不味い店じゃなきゃどこでもいい」


ユースタス屋が考えろ、なんて言われてもおれが困る。第一、どこでもいいと言いつつ後から何かしら文句をつけられるに決まっているのだ。


「…じゃああそこは、最近駅の近くに出来たレストランカフェ。テメェの好みだろ」
「…あァ、いいな。そこがいい」


提案した店が一発で通るのは珍しい。おれはほっと胸を撫で下ろして、アクセルを踏み込んだ。






「そこそこ旨いな。気に入った」
「そりゃ良かった」


散々悩んだ挙げ句頼んだシーフードドリアとサラダは、トラファルガーの口に合ったらしい。食後のコーヒーを飲み込みながら、そう言って上機嫌に微笑んだ。
おれ自身も、この店のクリームソースは素直に旨いと感じた。元々あまり得意な方では無かったけれど、勧められたカルボナーラは直ぐに皿を空けてしまったのだ。


「お前が完食するなんてなァ」
「腹減ってたって言っただろ」
「それにしても、だろ」
「…うるせェな」


少しからかっただけで眉間にぎゅうと皺が寄る。完全に機嫌を損ねないうちにと、おれは再び口を開いた。


「つか、それどうした?腕時計」
「…ん?あァ、良いだろ。貰い物だけどな」


トラファルガーはフラフラと左腕を振ってみせた。見覚えの無い時計。貰い物。今度はおれの眉間に皺が寄る番だった。
何処の誰に貰ったのかとか、なんでそれをおれと居る時に付けるのかとか、言いたい事は喉の奥でつっかえる。そんな事を口にして、恋人気取りと鼻で笑われたら死ねる気がするから。


それでも、イラつく。外せ捨てろとは言えない。言えない自分に、一番腹が立つ。
おれの顔があまりにも分かりやすかったのか、トラファルガーはおれを見てふっと笑った。


「…怒ってんのか、ユースタス屋」
「怒ってねェよ」
「怒ってんじゃん」


だから怒ってねェ、もう一度繰り返そうとした言葉は飲み込んだ。トラファルガーがテーブルに手をついて、こちらに顔を寄せてくる。反射的に目を瞑ると、唇に柔らかく何かが触れた。何か、なんて決まりきっているけれど。たった一瞬の口付け、それだけでおれの怒りは頭を隠してしまった。
目を開けば、視界いっぱいにトラファルガー。声を潜めて、おれに囁いた。


「…怒っちゃヤーダ」


ぴしり、と、体が固まった。単純馬鹿と言われても仕方無い、おれはトラファルガーのコレに弱い。いくら振り回されても、無理難題を突き付けられても、コレをされると全て流してしまう。


何も言わなくなったおれに満足したように、トラファルガーは身を引く。自身の唇を赤い舌で濡らして、笑う。


「アヤシイ事とかはしてねェから。本当にただ貰っただけ。安心しろって、毎回言ってんだろうが」
「……っ」


騙されているだけかもしれない。おれだけなんて自惚れでしか無いかもしれない。
それでも、おれは。この悪魔より酷い男を愛して止まないのだ。


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ABCの「チェリーチェリー」から妄想。

(20120828)

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