※キドロ前提のロー+ペンギン。キッド君は出てきません。







落ちそうになる目蓋をどうにか抉じ開けながら、ペンギンは真っ白なレポート用紙にペンを走らせていた。


規則的に聴こえてくる雨音は、心地の良い子守唄のようだ。何度もペンを取り落としそうになり、少しだけ仮眠した方が良いかと思案し始めた頃、部屋に鳴り響いたインターホン。


突然のそれにびくりと肩を跳ねさせて、ペンギンは時計を見る。11時58分。もう日付が変わる。


こんな時間に誰が、と考えて、すぐに浮かんだのはとある男の顔。いつも他人をからかっている、少し小馬鹿にしたような笑み。


自分の勘が外れる事を願いながらドアスコープを覗き、そこに確認した男の姿に肩を落とす。
ペンギンの勘は見事に的中してしまった。


項垂れながらドアを開けてやると、男はひとつ溜め息を寄越した。


「開けるのが遅い、おれを待たせるな」
「…そりゃ悪かった、ロー。こんな時間に人が来るとは予想してなかったから、ちょっと反応が遅れたんだ」
「けどおれだってすぐ分かったろ?」


全部お見通しだぜ、と笑って、ローは無遠慮に部屋に上がり込もうとする。手に持っていた傘をやけに大切そうに靴箱に立て掛けたかと思えば、無造作に自分の靴を脱ぎ始めた。


「傘差してても足元は濡れるもんだよなァ」
「ち、ちょっと待て、上がるならタオルで足拭け!!」


ペンギンが慌ててタオルを押し付けると、ローは面倒臭そうにしながらも濡れた部分を拭き取っていく。


「…おいアンタ、まさか泊まるとか言わないよな」
「なんで?駄目なのか?」
「おれはレポートやらなきゃならないんだが…」
「邪魔はしねェよ」
「……」


居るだけで気が散ると、そう言って追い出せたらどんなにいいだろう。しかしペンギンはこの男に対してそれを言える立場に無い。


同い年、同じ大学の同じ学科。友人として数年過ごしてきたけれど、元来の性格で完全に上下関係は決定されている。勿論、一緒に居てそれが苦痛では無いから友人を続けているのだが。


「飯は要らねェし、ちょっと話し相手になってくれりゃいい」
「だからレポート…」
「手伝ってやるよ、それ昨日終わらせといたから」


遊んでいるようで、やるべき事はしっかり終えているらしかった。流石は首席というべきなのか。折角『本校設立以来の逸材』なんて噂されているのだから、もう少し日頃の行いも真面目に謙虚にしていれば良いのに、とペンギンはいつも思う。


大方足を拭き終えたローが、部屋に上がりこんでソファに深く座る。この部屋の王とでも言い出しそうな程にくつろいでいるその様に、ペンギンはひとつ溜め息を吐いた。


「…飲み物はコーヒーでいいか」
「あァ、なんでもいい。それより聞けよペンギン」


ペンギンがアイスコーヒーのボトルとコップを用意する合間にも、ローはソファから身を乗り出して話し始める。


「学校から帰ろうとしたらな、急に雨降ってきたんだよ。あ、ユースタス屋も一緒に居たんだけど」


ユースタス屋、という単語が聞こえた瞬間に、ペンギンはつと目を細める。なんとなく予想はついていたけれど、やはり惚け話のようだ。適当に聞き流せば怒られる、が、熱心に耳を傾けたい内容では無い。


「でな、今日おれ傘持って無かったんだけどさ。そしたらユースタス屋が、これ使えってあの傘おれに貸してくれたんだ」


おれに、の部分を強調しながら、ローは靴箱に立て掛けられた傘を指差した。だからやけに大切そうに持っていたのか、とペンギンは納得してしまう。


「…成る程な」
「優しいよなぁ、ユースタス屋。自分が濡れちまうのに」


うっとり、という表情で語るローは、普段の性格を知るペンギンからしてみれば不気味でしかない。否、普段の性格を知るユースタスは、これを見て可愛いとでも思うのだろうか。
そこまで考えてげんなりする。厳つい二人の恋路など、別に知りたくない。


自宅なのに何故こんなにも居心地の悪さを感じなければならぬのかと、ペンギンはコップに注いだコーヒーを一気に飲み干した。


「…じゃ、ユースタスは今頃濡れ鼠ってとこか」
「かもな。あー、でもそんなユースタス屋もイイと思わねェ?水も滴る…って奴か」
「……」


この男、否、このカップルの恐ろしい所は、お互いを好きすぎる、けれど本人達には自覚が無いという点だ。被害を被るのは周りの人間だ…という、それにすら気付いてはいないだろうが。


「風邪引かねェといい…いや、引いたらおれが付きっきりで看病してやるけど」
「…ご自由に」


未だ減らない口。ペンギンは半ば諦めつつ、再びレポート用紙に目を落とす。


「オイ、真面目に聞けよ」
「アンタはおれの話聞いてたか!?」
「…ちっ、しゃーねェな。…それ、最後の考察んとこ、この前のレポートからちっと引用した方がいい。そこ書いたらおれの話聞けよな」
「……どうも」


ローに指摘された部分を確認しながら、一方的に押し付けられた交換条件を無理矢理承諾する。


ちらりと時計を確認して、目頭を解す。まだまだ明けそうにないレポート提出前夜を、ペンギンは初めて呪った。



\ハートの日万歳!/(20120810)

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