「うわ、すげェニオイ…」
シャチは鼻を摘まみながら、ぽつりと呟いた。目の前に広がるのは、一面の赤。その中にいくつも崩れ横たわる、かつては人であった筈の何か。


「血の海、って正にこういう事なんだろうな……ペンギン?」


先程から黙り続けているペンギンに声をかける。シャチは彼の背後に立っていたため、その表情は分からない。ただ、その背中から読み取れたのは『怒り』と『嫌悪』らしかった。


「…惨い事を、」
「だな。船長に何て報告するか…」


二人は、皆が上陸する前に島の様子を見て来いと、船長であるローに頼まれていた。
村人が居なければ食料調達どころでは無いからだ。


しかし、浜辺から今居る荒れ地まで来る道のりで、誰一人として生存している者には巡り会えていない。血の状態から見て、二、三日前にこの島が襲われたのであろう事が分かった。考えるまでもなく、これをしたのは海賊だろう。

惨い、とは確かにこの状況を言う。


「子供までみんな、が…」
「片っ端から家々を襲ったんだろうな。食い物も水も家畜も、全部奪われてる」


正直、同じような状況は見慣れている。だからといって不快が薄れる訳でも無いが、シャチには特に何の感情も浮かびはしなかった。


それにしても、とシャチは思う。このままでは自分達が食料にありつけない。この島には何も無かったと報告して、果たして我等が船長が納得してくれるだろうか。


どうしたらいいだろうか、シャチは相談しようとペンギンを見る。ペンギンは未だに固まったままだ。
その肩に手を置こうとして、…ふと、声が聞こえた。


それはか細い泣き声…赤ん坊の、泣き声だ。


「……っ」
「っオイ、ペンギン!?」


シャチが音の方角を確認した時には、既にペンギンがそちらに走り出していた。慌てて名前を呼ぶが、振り向きはしない。瓦礫の山の前に立ち止まり、ペンギンはいくつかのコンクリを退かす。


次の瞬間には、血塗れの母親に抱かれていた赤ん坊を、ペンギンがその手をそっと外して自身の腕に抱き上げていた。


「っ、この子、まだ…!」
「……どうすんだよ、ペンギン」


ペンギンが振り返るのを見て、シャチは低く唸った。そして赤ん坊とペンギンを交互に見据える。


「まだ助かる、船に…」
「連れ帰ってどうすんだ、治してどうすんだよ。その子の母親はもう死んでるんだよ、そもそもこの島の生き残りはその子だけだ。そんな子を拾ってどうすんの?」


普段は発さない、重苦しい声。サングラスの奥の瞳は細められて、そこにはただ冷たい光が宿っていた。いつもの明るいシャチからは考えられないその言葉に、ペンギンはそっと息を飲む。


「分かるよ、ペンギンは可哀想なその子を助けたいだけなんだろ?でもさ、その後どうすんの?俺らは海賊なんだぜ、その赤ん坊育てるなんて言わないよな?」
「………俺達は、海賊だが…医者だろう」
「医者だな。けどその前に海賊だろ」


シャチはペンギンに静かに近付いて、赤ん坊の顔に付いた血をそっと拭う。つなぎの袖は赤く汚れた。


「…俺達に拾われて、対処に困られる位なら…このまま母ちゃんと一緒にいた方が、幸せなんじゃないかな」


そう言うシャチの瞳は、先程とは比べ物にならないくらいに優しかった。


「…それにさペンギン、気付かなかった?」
「……え、」
「この子、もう手遅れだよ」


ペンギンは視線をシャチから赤ん坊に写す。
焦っていて気付かなかったけれど、赤ん坊の身体には確かに母親のもの以外の血が付着していた。その先を辿ると、腹に刺さる硝子の破片が光って見えた。


大人ならばこんな傷で死にはしないだろうが、まだ産まれて間もない赤ん坊にとっては十分な致命傷だった。出血量も多い。

シャチの言う通り、赤ん坊はいつの間にか泣くのをやめていた。徐々に冷たくなる腕の中の小さな子に、出来る事はもう無い。


ペンギンはシャチに小さく謝った。
すまん、少し混乱していた、と。
それを聞いて、シャチはいつものようにふわりと微笑んだ。いいよ、と。


ペンギンの腕から赤ん坊を受け取ると、シャチは瓦礫に埋もれる母親の腕の中へとそっと赤ん坊を眠らせる。


「……さて、船に戻ろっかー」
「…ああ」
「お腹すいたなー…でも次の島までは我慢するしかないよなぁ」


ぐっと伸びをしたシャチが踵を返して、残念そうに言う。ペンギンはそれの後を追いながら、ただひたすら唇を噛み締めていた。



****
過去に重苦しいものを背負ってるシャチ。血生臭いとこに行くと、トラウマを緩和させるために饒舌になる、とかいう妄想でした。
いつも明るいシャチたんが、海賊らしい顔をしたらぞわっとするなっていう!だけ!


(20120404)



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