眠たい目蓋を擦りながら、閑散とした朝の駅のホームに立つ。吹き抜ける風は、微かにまだ冬の寒さが残っている。


田舎の無人駅はやけにひんやりとした空気を纏っている気がして、ペンギンはひとつくしゃみをした。
壁に掛けられた時計と、とっくに暗記した時刻表を交互に見やる。一時間に一本、なんて田舎ならままある事だ。乗り遅れて待たされるのも、その待ち時間を潰すのにも慣れている。


いつもならば、部活の朝練習に励む学生が何人かいるのだが、生憎今日は祝日。駅で電車を待つのはペンギン一人。
寂しいような、優越感を抱くような、倦怠感のような…色々な感情を抱えて、また小さくくしゃみをした。マフラーくらいしてきても良かったか、ペンギンが後悔し始めた時、電車の到着時間を知らせるベルが鳴る。


この調子なら人が少ないだろうか、運が良ければ座れるかもしれない。もし座れたなら目的地まで一眠りしようと決め込んで、ペンギンは電車の来る方向へと目を向けた。






乗り込んだ電車は、想像通りいつもより人は少ない。向い合わせになっている二人用の座席の方も、頭と頭の間隔が所々空いているのを見て、少しほっとする。
ズラリと並んで座るのは好きでは無かったペンギンは、当然のように二人掛けの座席へ足を進めた。一人しか座っていない席を見付けて、向かいにお邪魔しようと決める。
綺麗なブロンドの、…男だろうか、背中からでは判断出来ない。


声にならない「すいません」を呟いて、向かい側に座る。顔を上げてちらりと前の人物を盗み見ると、思わず息が止まった。


とても綺麗な男だった。
一瞬女かと思ったが、男である事に間違いはない。けれど、あまりにも美形過ぎる。
凛々しい眉はきちんと整えられているし、首は細いものの喉仏は確認出来た。窓の外を見つめる猫目、それを縁取る睫毛は長く金色だ。憂いを感じる蒼い瞳に、心音が馬鹿みたいに速まった。


外国人なのだろうか、ペンギンが硬直していたら、ふとそいつがペンギンを見る。
どきりと大きく跳ねた心臓に、自分でも驚いた。


「…どちらまで?」
「え、」


男から発せられたのは流暢な日本語だった。
ハーフとかそういう類なのだろうか。
人見知りをするペンギンは、そもそも初対面でいきなり話し掛けられた事にも衝撃を受けた。


ペンギンが黙っているのを不思議に思ったのだろう、男は首を傾げながら更に重ねる。


「…聞こえているか?」
「あ、えっと…東町まで、です」
「いつもこの時間なのか?」
「…はい、もう一本遅いとバスの時間と噛み合わなくて」
「ふうん…」


そうなのか、大変なんだな。感心したように頷く目の前の男の仕草はまるで日本人そのものだが、やはり見た目は外国人にしか見えない。日本人にしては肌の色素が薄すぎるし、染めたにしては金髪が綺麗すぎる。


「……そんなに見詰められると穴が開きそうなんだが」
「あ、すいません…。いや、日本語お上手だなと思って。外国の方ですよね?」
「ああ、…確かにおれは生まれが欧州なんだが、勉強してるんだ、日本語。祖父が日本人だから」
「そうなんですか…」


初対面なのに何でこんな話をしているのだろう、何で普通に質問してしまったんだろう。ペンギンは少し後悔する。
ただでさえ人と話すのは苦手なのだ。外国人と会話が続くとは思えない。上手く相槌も打てないのに話を振るのではなかった。


「最近南町に引っ越して来たんだ」
「…へぇ」
「前は中央市に住んでたんだがな、あそこは少し都会っぽいだろう?で、山が見たくて引っ越した」
「…山!?」
「好きなんだ、自然とか。日本の自然は素晴らしいよな」


インターナショナルな顔立ちをしている癖に、どうやら古風なモノが好きらしい。
呆気にとられていると、電車はペンギンが乗り込んだ駅の次、これまた小さな無人駅に停車した。


「…無人駅っていうのもいいな。珍しくて」
「こっちじゃ大して珍しくもないけど…というか、田舎すぎて嫌になる」
「そうか?いいじゃないか、信用の上で成り立っている感じが」
「……そういうものか」
「そういうものだ」


楽しそうに窓の外を見詰める男は、電車にはしゃぐ幼い子供と相違無い表情をしていた。
純真な言葉と態度に、ペンギンは少なからず好意を抱く。


「そういえば名前聞いてなかったな……いや、日本人は滅多に見ず知らずの他人に名前は教えないか?」
「いや、おれは別に気にしないが…」
「…ううん…いや、愛称でいいかな。おれ自身、自分の名があまり好きでは無いんだ。だからキラーとでも呼んでくれ」
「キラー…?」
「親しい友人はそう呼ぶんだ。お前は?」
「えっと、愛称…あだ名なら…ペンギン、かな」
「ペンギンか。随分可愛らしいな」
「友人が勝手に付けたんだ!」
「いや、良い名だと思うぞ」


キラーと名乗った男は、おもむろに鞄から小さなメモを取り出し、それに素早くペンを走らせる。


いつの間にか電車は動き出していて、次の駅名をアナウンスが繰り返していた。
キラーは、次で降りるんだ、と呟いて寂しそうな顔をする。


「話に付き合ってくれてありがとう、ペンギン」
「いや、こちらこそ」


初めは続かないと思っていた会話が、予想外に弾んでしまった事にペンギンは驚いていた。いつの間にやら敬語も外れてしまっている。


「おれ、今日からこの駅の近くの店で働くんだ。これから毎朝この電車に乗るから。また声かけてくれ」
「え、」
「楽しかったよ」


にこりと微笑んで、キラーは先程のメモを一枚ペンギンに差し出す。


「これ、おれのアドレスな。よければ連絡してくれ」
「…あ、あぁ…!」
「じゃあまた明日な、ペンギン」


最後にくしゃりとペンギンの髪をかき混ぜてから、キラーは席を立つ。ガタンと一度大きく揺れた電車は、自動改札は無いながらもそこそこ大きな駅に停車した。
プシュー、という抜けた音と共に開いた扉の向こうへと、金髪は消えていく。


「……」


なんだか不思議な奴だった。悪い奴じゃない、よく分からないが、良い奴である事に間違いない。
そんな事をぼんやり考えながら、ペンギンは手に握ったメモを開く。
流れるような筆記で書かれたメールアドレスと携帯番号、『キラー』の文字。


なんとなくふわふわとした心地の中、ペンギンはその情報を自身の携帯へと打ち込む。


まずは何とメールするか、いや夜まで待って電話でもしてみようか。


ペンギンの降りる東町駅は、あと2つほど先だ。降りるまでに話す内容を決めておこうと、ペンギンは窓の外の山を見つめながら思った。



(20120517)


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