久々に訪れたユースタス屋の部屋は、やっぱり散らかっていて汚かった。男の一人暮らしを絵に描いたような、生活感に溢れすぎた部屋だ。
ユースタス屋が暮らしている空間という意味では嫌いじゃないが、住めと言われると苦しいものがある。おれなら三日で限界だ。
「文句あんなら出てけ」
「文句じゃなくて意見だ。おれを見習ってちったァ片付けろよ」
「お前の部屋は必要最低限のモンしか無くて落ち着かねェ」
ペットボトルの水を飲み干しながら、ユースタス屋はおれを睨んでくる。空になったボトルは、今にも溢れ返りそうなゴミ箱に投げ入れられた。
「きちっとしてるより、多少ごちゃごちゃしてた方が便利だろ」
「…あァ、なんだっけ?手の届く範囲に必要な物があるみたいな?」
「それだそれ」
動かなくて良いし楽だ、そう言っておれの為に淹れられた筈のコーヒーに手を伸ばす。
おい、おれが飲むモン無くなるんだけど。
「駄目人間の台詞だなユースタス屋」
「言ってろ。いいだろ問題なく住めてんだから」
「良くねェ、人一人が座るのに物を壁際まで詰めないといけない部屋なんか認めねェ」
「あーあーうるせェ」
ごとり、再びテーブルに置かれたカップの中身は空だった。完全に自分の飲み物を失ったおれは、先程の台詞への苛立ちも相まってユースタス屋をじとりと見つめる。
「掃除しろよ。あともっかいコーヒー淹れてこい」
「命令すんな」
「おれの台詞取んなバカスタス屋」
足を伸ばしてユースタス屋の膝を蹴る。いてェと唸ったユースタス屋が、渋々ながらも立ち上がってカップを手に取った。
物に溢れた台所に立つ背中は、ぶつぶつと何か不満そうに呟いている。
「ったく、文句ばっか付けやがって…」
「文句じゃねェっつってんじゃん。あ、気分だから砂糖入れろ」
「…いきなり背後に立つな」
肩口から手元を覗き込んでやったら、ユースタス屋はおれの頭をぺしりと軽く叩く。
その手を払って、おれはにたりと口角を上げてみせた。
「こんな部屋じゃ女なんて呼べねェな」
「…呼ばねェよ」
「うん、安心した」
「……あ、そ」
「なぁユースタス屋ァ」
「あ?」
「一緒に住むなら、やっぱおれの家か新居だな。おれココに住むの無理だ、狭い」
「そりゃそうだろうな…って、は?住む?誰がどこに誰と?」
「聞こえなかったか?一緒に住もうっての」
「……」
視界の端に映るユースタス屋の耳と頬が真っ赤だ。砂糖入りのコーヒーをかき混ぜる手が止まっている。
気分が良くなって、もう一度言ってやろうと口を開く。けれど、突然振り向いたユースタス屋に驚いて、小さく息を飲むのみにとどまった。
「…アホ」
「は?」
「そういうの、…普通おれから言うモンだろ」
「…だっていつまで経っても引っ越す気配ねェんだもん」
「就職してからって思ってたんだよ!」
「待てねェよそんなの」
大学の学部が違えば会う機会は減る。休日もバイトだの研究だので潰れる。
今でこそすれ違いばかりなのに、就職なんて待っていたら更に時間の都合はつかなくなるだろう。
駄目なのだ。待てない。このままあと数年間もすれ違いの日々を送るのは嫌だ。
おれの住んでいる広い部屋でも、ユースタス屋の狭苦しいこの部屋でも、新しい部屋でも何処でもいい。本当は、問題なのはそこではなくて。
「…お前と、毎日顔合わしてェの」
「…トラファルガー、」
「こんなことわざわざ言わせんなよバァカ」
「……仕方ねェな」
ガリガリと頭を掻いたユースタス屋が、ふいに真面目な顔でおれを見下ろす。
なんだよ、と見つめ返したおれの目を覗き込んで、ユースタス屋は怒ったみたいな口調で言った。
「おれと一緒に住もうぜ、…トラファルガー」
「…!」
「…とりあえずは、我慢しておれの部屋に住めよ。お前のが荷物少ないし、ここからの方が大学近いし。まあおれもすぐに片付けるし…そしたら、新しい部屋でも見に行ってみて、っ!?」
「ユースタス屋!」
がばりと抱きついたら大きく仰け反られたけれど、ちゃんと抱き支えてくれる。
ああ、畜生、好き。
「重い離れろ!」
「おれと住むからには清潔第一だからな」
「聞けよ。…あー、善処はする」
「飯当番とかも決めたい。あ、合鍵とか作んなきゃだろ」
「……めんどくさ」
おれの言葉をそう一蹴したけれど、ユースタス屋の表情は優しかった。こいつも少しは嬉しいとか思ってくれてるんだろうか。
住所変わるって、ペンギン達に教えねェと。長く付き合ってきて今更だと笑われるか、いや呆れられるか。そんな想像すら楽しくなってきた。
「ユースタス屋」
「…ん?」
「好き」
「…ん」
これから始まる二人の生活が幸せに満ち満ちていますようにと、おれはそう願いながらユースタス屋に更に強く抱き付いた。
(20120608)