パアンッ、空を切り裂く音で目が覚めた。
断続的に続くそれは普段よりもいくらか乱暴で、時折ピシリと床を叩く音もする。
重く微睡んだ脳味噌をどうにか働かせ、おれはグラつく頭を押さえて起き上がった。
起きたままのラフな格好で部屋の外に出てみれば、目に飛び込んだ眩しい日射しに少し立ち眩む。
あァそうだ、浮上してたんだった。
朝特有の冷たい空気にふるりと身体を震わせて、おれは甲板の先に足を進める。
腕を組みながら見据えた先には、船を横切るように吊るされた洗濯物干し用の紐。
間を掻い潜るようにして、先程から荒れている様子の男の背中に声を掛けた。
「よォペンギン、朝から何荒れてんだ」
「…船長、おはようございます。アンタが自分から起きるなんて、今日は雪ですかね」
「お前のそれが煩くて」
それ、と指したのはペンギンが持っている洗いたてのTシャツ。皺を伸ばす為にはたいているのだろうが、今日はやけにその音がデカくて敵わない。
「何イライラしてんだ」
「…別に」
「安眠妨害、あとベポがビビってるから止めろ。乱暴にやるからほら、地面かすってんじゃねェか」
既に干されたシャツの裾は所々砂なんかがついていて、叩き付けられた跡がある。
指先で摘まんで見せたら、ペンギンは渋い顔をした。すみません洗い直します、疲れたように呟いたから、ただ事じゃないなと少し心配にもなる。
「…お前、本当に何かあった?」
「何も無いです」
「キラー屋か」
ばさり。
ペンギンの手から滑り落ちたTシャツは多分おれの。おい何しやがんだ。
「あーあ、アタリかよ」
シャツを拾い上げて、適当に洗濯物籠に突っ込んだ。どうせ全部洗い直しだ。
「お前がそんなだと他のクルーに示し付かねェ。話くらい聞いてやるよ、どした」
「……今朝少し、話したんですけど」
電伝虫で、と続けるペンギン。
話を聞くに、どうやら奴等の船も近くに来ているだとか、そういう話をしたらしい。
「それで、ちょっとした事で言い争いになってしまって…」
「…ケンカかよ」
しかも痴話喧嘩だ。犬も食わねェ。
「お前らでもそういうのあんだな」
「……」
「それで機嫌悪かったのか」
「……すみませんでした」
「いやいいけど。…ま、たまにはいいんじゃねェか」
おれとしては、ケンカしない恋人同士なんて有り得ないと思う訳で。お互い想い合うからこそ衝突するし、意見が食い違うし、譲らない。そう、想い合っていれば、こそ。
「たまにしか連絡取らないし、会えないなら尚更ケンカなんて出来る機会も無い。だから良い経験って事にしといたらどうなんだ」
「……経験…」
「キラー屋と言い争うとか、今まで無かったろ」
「…はい」
「相手が自分に対してどんな声で怒るのか、何を言ってくるのか、どうしたら自分の気持ちが伝わるのか…そんなの、実際そん時になんなきゃ分かんねェだろ」
これからも付き合っていくんなら、お互いにそれをいつかは知らなきゃならない。
「それを知って、より深く分かり合える事もある」
ま、これはおれ自身の経験談だったりするけれど。脳裏に浮かんだ赤い髪色に、内心でにやりとほくそ笑む。
ひらりとはためく白の大群は、太陽を眩しく反射している。今からまた洗い直すならば、全て干し終えるにはまだまだかかりそうだ。
「…分かり合えますか」
「ナカナオリ次第では前よりすげェ優しくなったりするかもな」
「それは特に望んでませんけど、…はい、洗濯物終わったらもう一回連絡してみます」
少しスッキリした顔のペンギンは、籠を手に踵を返してバスルームへ向かう。
その後ろ姿を見ながら、さて連絡するのが先か相手の方から連絡が来るのが先か、欠伸を噛み殺しながら思案した。
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喧嘩ップルなキドロはキラペンの良き先生、かもしれない。
お題は診断メーカーより
(20120610)