「ペンギン、結構前髪伸びてきたよなぁ」
「…ああ、そうだな」
「切らねェの? ていうか切らせて!」
「……え」


シャチのそんな一言をきっかけに、ペンギンは前髪を切ることになってしまった。
確かに、ここ最近は伸ばしっぱなしだった。
以前は眉より上にあった毛先が、今では目にかかるくらいにまで下りてきている。


今までなら少し視界に髪がかかるだけでも鋏をいれていたのだろうが、今のペンギンにはそれをしたくない理由があった。


けれど、それをシャチに説明するには些か気恥ずかしい思いがして、ペンギンは大人しく切られてやることにした。
多少揃える程度ならば、問題ないだろう。


「へっへー、ペンギンの髪切るの久し振りだなぁ」
「そうだな。この前頼んだのは半年も前だったか」


ペンギンが古い新聞を下に敷いた椅子に座ると、美容室よろしく白い布を被せられる。


後は任せるとばかりに目を閉じれば、暫くしてシャキシャキと小刻みな音がした。


「この前は船長の髪も切ったんだぜー。おれって結構センスあんのかな」
「ああ、お前は手先器用だし、小遣い稼ぎくらい出来そうだよな」
「マジで!?極めよっかなー」


ペンギンの頬に切られた髪が当たる。重力に従って落ちた束が、小さな音を立てて床に散らばった。
シャチは器用に鋏を操りながら、ペンギンの前髪を切っていく。


ゆるゆると眠気に襲われ始めた頃、出来た!というシャチの大声でペンギンはぱちりと目を開いた。


「ん、お疲れさん」
「ありがとう、シャチ」


シャチはペンギンの首から布を取り払い、ばさりと振る。
暫くぶりに首を動かすと、ごきりと重い音がした。


「あい、鏡」
「ああ、悪い……って、」


シャチが鏡を掲げ、それに写った自分を見て、ペンギンは口元を強張らせる。


「…お前、これ!」
「ん、どした?」
「切りすぎじゃないか!?」


ペンギンが叫ぶと、鋏を片しながらシャチはええ?、と呑気な声を出す。
鏡には、きっちり眉の上まで切られた前髪が写っている。勿論腕が悪い訳ではなく、むしろ綺麗に切って貰ったのだが。
それでも、だからこそ、ペンギンは焦る。


「んん、そうか?だってペンギン、前はそんなもんだったじゃん」
「いやそうなんだが…!」
「何か不都合あった?っつってももう切っちまったから戻せねェんだけど…」


困ったように頭を掻くシャチを見て、ペンギンははたと我に返る。シャチは好意でもってしてくれたのだ。礼も言わずに文句をつけるなど、してはならない事だった。


「なんか切りたくない理由あったのか?…悪い、ペンギン」
「あ、…いや、いいんだ。言わなかったおれが悪い。ありがとうな、シャチ」


曖昧に言葉を濁して、ペンギンは随分と短くなった前髪を指先で摘まむ。


実を言えば、午後からはキラーと会う約束をしていたのだった。楽しみにしていた筈のそれが、少しばかり憂鬱なものになってしまった。
シャチには勘付かれないように、ペンギンは音に乗らない小さな溜め息を吐いた。






待ち合わせを港の灯台に指定したのはペンギンの方だった。
迎えに来てもらうのも悪くは無いが、船には五月蝿い野次馬が居るのが難点なのだ。


重い足取りで丘を上ると、既に待っていたらしい金髪が見えた。
いつもの奇抜な仮面は無く、派手なシャツも着ていない。私服は案外マトモなようだった。
整った顔とシックな黒基調の服装が相俟って、黙って立っていれば女が寄ってくるに違いないだろう。


そんなキラーに無意識に惚れ惚れしつつ近付いて行けば、ペンギンに気付いたらしいキラーがぱっと表情を明るくする。


けれど、ペンギンの出で立ちを認めた瞬間、端正な目元が不機嫌なそれに変わった。


「…ペンギン」
「……なんだ」
「なんで帽子被って来たんだ。今日は私服で街をぶらつこうと言ったのはお前の方だろう」


むっとした顔で言うキラーは、ペンギンの帽子を指で指し示す。
ペンギンはつなぎこそ着ていないものの、普段の通りに自己主張の激しい防寒帽を被っていた。


目立たない私服で、周りの目を気にせず街を歩きたいと提案したのはペンギンだ。
折角の機会だというのに、これでは即バレてしまうに決まっている。


「…ええと、これには訳が…」
「ペンギン、帽子脱げ」
「いやちょっ、待てキラー…っ!」


キラーは半ば強引に帽子を奪い取る。
すると、現れたのは以前より遥かに短い前髪とペンギンの戸惑った顔だった。


「…切ったのか?」
「……シャチの奴が切りすぎたんだ」


ペンギンが言い訳がましく吐き捨てると、キラーはふにゃりと笑ってその髪を撫でる。


「いや、可愛いと思うが」
「…っ」
「前髪が短いと、顔がよく見えていいな」


ペンギンは自分が首まで真っ赤になっているのだろうと想像しながら、乱暴にキラーの手から帽子を奪い返した。


「…シャチのアホ…!」



(顔が赤いの見られたくないから、今まで伸ばしてたのに…!)



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赤面症ペンさんは正義。
前髪で何処まで顔が隠せるかは微妙ですが(笑)

(20120511)


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