高く鳴った音が、拒絶の証だった。
「…ペン、ギン?」
「…、あ…」
優しく頬を擽るキラーの白い指。髪を撫でる綺麗な掌。認めるのは癪だけれど、それはとても心地好いもので。
口先だけの文句を吐き出しながらも、おれはいつだって受け入れていた。それなのに。
その指を、その掌を、おれは今、振り払ってしまった。
瞬間、キラーは驚いたように目を見開いておれを呼ぶ。どくん、どくん、痛いくらいに心臓が鳴る。早く何か言わないと。キラーを傷付けてしまう。
「…っ、すまない…」
「え、…いや、すまん、えっと、」
けれど、先に謝罪の言葉を発したのはキラーだった。
なんでキラーが謝ったんだ?悪いのはおれなのに、どうしてキラーがそんな顔で謝る?
「そうだな、普通は嫌、だよな…こんな風に触れられるのは」
「っ、違…」
「…今後気を付ける」
違う。そんなの今更だろう、何を言ってるんだキラー。いくら触るなと言っても触れてきたお前が、たった一回振り払われた位でなんでそんなにしおらしくなる?
傷付いたようなキラーの瞳。おれの好んでいる綺麗な蒼が揺れている。ああ、そんなにしたのはおれ、か。
キラー、と喉まで出かかった声は、背後から聞こえてきた大きな声に掻き消された。
「キラー!そろそろ帰るぞ!!」
「…ああ、」
ユースタスの言葉に、キラーは静かに頷く。
ちらりとおれを一瞥して、じゃあ、とだけ呟いておれに背を向ける。
いつもなら頭を一撫でしてから去るのに。またな、そう言って微笑むのに。
なんで、なんでだ、どうして。そればかりが頭を巡り、考えが上手く纏まらない。
「…き、らー…」
漸くおれの喉がその名を絞り出したのは、キラー達の背中がとっくに港街の中へと消えた後だった。
***
「…って夢を見た」
「夢オチか」
目の前でくつくつと笑うのは、昨夜夢の中で拒絶した男だ。
仮面を外して完全にオフモードなのだろう、敵船内だというのにすっかり気を許している。
「いやでも、少なからず傷付くな。夢は心の底の真実を映すらしいと聞くぞ」
「…なんだ、おれが心の底ではお前を拒絶しているとでも?」
「それを聞きたいのはこちらの方なんだが」
どこか悲しげに言って、キラーは頬杖をつく。顔を覗き込まれて、おれはつい目を逸らしてしまった。
「今触れたら、おれは拒絶されるか?」
「……試してみれば、いい」
キラーが笑った。それから、椅子から立つ気配。
キラーは目の前に跪いて、そっとおれの手を取った。ぎゅっと握られて、ぴくりと反応してしまう。しまった、と視線を送ったが、キラーは微笑んでいた。
「…ペンギン、可愛いな」
「っ、言うな…!」
囁きながら耳元を擽られて、つい呼吸が速くなる。触れられた箇所が熱い。
「…なぁ、キラー」
「ん?」
「あんな夢見たのは、多分…おれ自身が怖がってるからだ」
「……?」
「お前に、拒絶されるのが…怖い」
言いながらキラーの手を握り返した。暖かくて優しい、武器を持って尚美しい手。
折角掴んだそれを、離したくはない。
おれの歪んだ表情を見て、キラーは緩く首を振る。
「おれがペンギンを拒むなんて有り得ない」
「…そうか?」
「ああ。出来るだけ傍に居たい、触れていたいと思うから」
腕を引かれたのに合わせて、半ば自分からキラーの胸に飛び込んだ。聞こえてくる鼓動の音に安心して深く息を吸うと、甘い香りに脳がくらりと揺れた。
「……キラー」
「なんだ」
「……おれ、思った以上にお前が好きなのかもしれない」
キラーが息を飲んだのが分かった。動揺しているキラーが可愛く思えて、おれは小さく笑う。
今夜は泊まっていくと言い出すまで、あとどのくらいだろうか。
もし同じベッドで朝を迎えられるなら、もうあんな夢は見ないだろう。
(20120504)