ミンゴが鰐を痛め付けるだけの話







「ッい、あ…!」
尖った靴先が、めり、と嫌な音を立ててクロコダイルの胸筋に食い込む。ドフラミンゴはそのまま徐々に体重を掛けていき、骨が軋んで折れるギリギリの所で、その動きを止めた。


「はっ、はァっ…ぐ、ァ」
歯を食い縛っても、隙間から喘ぎともつかない吐息が漏れてしまう。
じわりと滲む飴色に、ドフラミンゴはお決まりの笑い声を上げた。


鼓膜を震わせるその不快な笑い声すら、今のクロコダイルには快楽を呼ぶだけだった。
それは次第に空気を割るようなものに変わり、二人しか居ない屋敷全体に響き渡る程に笑い続けたドフラミンゴが、突然ぱたりと口を閉じ、クロコダイルの傍にしゃがみ込む。


不信に思ったクロコダイルがその表情を窺おうとすると、顔を確認する前に左腕を引かれ、強く抱き寄せられる。
急に引き起こされた事で肺がちりりと痛んだが、その痛みすら感じなくなる位に、抱き締める腕の力は強い。


大蛇に纏わりつかれたように息苦しいのに、肌に感じる体温は赤子のように暖かく優しい。クロコダイルの脳は、神経をじわじわと焼くような熱を持った。


「っ、…?」
「…鰐野郎、痛いか?あァ痛いよな、おれがお前を傷付けたんだもんなァ、痛いに決まってる、」


耳元で繰り返される言葉は、不安定に語尾が揺れている。時折聴こえる『ごめんな』等という謝罪には、普段無い気遣いまで感じられて胸糞悪い。クロコダイルは僅かに眉を寄せたが、微かに震える背に気付いて小さく溜め息を吐いた。


抱き締め返そうにも、初めから無い左腕はもとより、クロコダイルの右腕は酷く腫れていて力が入らず、その大きな背中に這わせる事が出来ない。それも全て、今クロコダイルを抱き締める男がやった事だ。


床に押し倒して、腹に何度も蹴りを入れ、右腕をあらぬ方向に捻り、首を締め、肋骨を折れるギリギリまで圧迫する。そうして盛大に笑ってから、ドフラミンゴはクロコダイルを労った。


今夜はこれがあと何度繰り返されるだろうかと、クロコダイルは巨体越しに窓の外の月を見る。


あの月が真上にきて、沈み、朝日が部屋に流れ込むまで。
ドフラミンゴの狂った愛情表現は続き、クロコダイルは何度もそれを受け止める。


ふいに緩んだ腕の力。支えを失い、再び床に崩れたクロコダイルの身体を、ドフラミンゴは冷たく見据えた。


また始まる。また初めから。


そっと瞳を閉じて、脳裏に浮かぶ甘い抱擁を記憶の隅へと押しやった。


ドフラミンゴが青く変色した右腕をとり、その腫れに合わせて舌を這わす。生温いそれにクロコダイルが息を止めた瞬間、強く噛み付かれて喉からは嗚咽が溢れ落ちた。


サングラスの奥のつり目がギラギラと光るのを見て、ぞわりと粟立つ肌。


覆い被さってきたドフラミンゴの頬を左腕の縫い目で撫でて、クロコダイルは愛おしそうに笑った。



(20120428)


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