「ペーンギン、休憩しようぜ!」
「ん、シャチか…すまん、ありがとう」


ノブを回して部屋に入りながら声をかけると、部屋の主であるペンギンが顔を上げて頷いた。


ペンギンは、朝から数時間程部屋に籠っていた。昨晩船長に借りた本をずっと読んでいたらしい。机の隅に山のように積まれたそれを見て、おれは溜め息。まあよくやるもんだ。


ペンギンが机を片付けるのに合わせて、二人分のココアが入ったマグを置く。いつもは珈琲だけれど、疲れた際には甘いモノ、とはよく言うから。
マグをひとつペンギンに差し出して、おれは空いた椅子に腰掛けた。


「何、精神医学?」
「…ああ、少しだがかじってみようと思ってな」
「ナルホド。それにしたってこの量はすげェな…」


机の隅に追いやられた一冊に手を伸ばし、パラパラと捲る。おれの担当分野では無いから、勿論訳も分からない。医学は少し科が違うだけで、全くの別物になるのだ。


「こんなん読んで分かるの?」
「なんとなく。ま、何も知らないよりかはマシかと思ってな。ほら、うちの船って外科や内科は多いけど、精神科医って少ないだろ」


少ない部分を多少でもカバー出来ないかと思ったんだ、ペンギンは首を鳴らしながら言う。
確かに、この船には精神科医が一人だけ。
海賊であるおれ達に主に必要とされるのはやはり外科、次いで内科であるが、精神科も時には重要になるのだ。


身体を負傷し、役に立てないと挫け船を降りたがる者。闘いの後に心に傷を負う者。そういう奴等の事も、船長は見捨てない。心を病んだのなら癒してやる。


大抵船長が本人に声をかけるのだが、中にはそれだけで解決しない奴も居る。そういう奴の話を聞いて、また一緒に航海出来るようにするのが、この船唯一の精神科医であり、料理長も勤めるバンの役目だ。


「バンさん、忙しそうだもんなぁ」
「食堂員も兼ねてるから余計にな」
「バンさん楽にしてやる為なの?」
「…んー、まあ、それもあるが」


ペンギンは窓側に目を逸らす。窓の向こうには魚が優雅に泳いでいて、時折海底から泡が浮かんでいく。おれもそれを見つめながら、次の言葉を待った。


「キ、ラーが、な」
「……殺戮武人?」
「ああ、…新しく知識を身に付けたいと言ったら、精神について学んだらどうだって…おれの専門外なのは勿論知ってるが、おれは人の気持ちを汲み取ってやれるから…それを力に繋げれば良いんじゃないか、とか言い出して…」


ほんのりと頬を染めて、ペンギンはそう言った。…やっぱり殺戮武人が関係していたようだ。


「あー、それで後押しされて勉強し始めた訳ね」
「いや、その、……まあ、そうなるな」
「殺戮武人ってなんだかんだ、そういう相談乗ってくれんだなー。真面目っぽいのはなんとなく分かるけど」


奇抜な仮面、金髪、『殺戮武人』。
およそ目の前の男とは似ても似つかないそいつは、目の前の男の恋人だ。何回も船に出入りしているから、おれもそこそこ交流はある。


「何言ってんだシャチ、あいつはそんなに真面目でも無いだろ」
「えー、そう?学あるみたいだし、ユースタスよりは冷静で真面目だと思うけど」
「…まあ、そこは同意だが…。あいつは結構ふざけるぞ、天然だし」
「天然!?…あ、でもちょっと分かるかも…なんかふわふわしてるよな」
「真顔でベポにお手させようとしたからな。あの時は船長に見つからなくて良かった」


ペンギンは、本当に楽しそうに殺戮武人の話をする。はにかんだりして、いつものペンギンと同一人物かどうか疑うくらいに表情が柔らかい。


それに、ペンギンの語る殺戮武人は、おれの中の残虐なイメージを良い具合に壊していく。おれも楽しくなってきて、殺戮武人談義は大いに盛り上がった。…が。


「それでな、キラーの奴、店の女に『ペンギンにしか興味ない』なんて言って断ったらしいんだよ…全く、そうやって言い触らして何が楽しいんだか」
「……そー、だな…」
「まだある。ひとつ前の島の酒場で、キラーがそこの店主におれ宛の酒を託けてたんだ。あいつの趣味の、女にやるような甘ったるい酒をな。おれも嫌いじゃないが、店主にひどく勘違いされた気がする…」
「……あー、タイヘンですねー…」


盛り上がった話の先にあるのは、やはりノロケ話で。迷惑そうな口調に反して、嬉しそうな顔をしているのだから参る。


一時間ほど静かに話を聞いていたが、もう限界だ。このままではこちらが気恥ずかしくて仕方無い。


「…ぺ、ペンギーン、おれそろそろ見張り戻ろっかなーなんて…」
「ん、もうか?仕方無いな、まだ言いたい事は溜まってたんだが…また今度にするか」


ふう、と息を吐いて、ペンギンが暫くぶりに黙った。漸く解放される。何故か凝った気がする肩を揉み解しながら、おれはまた溜め息。


「じゃ、頑張れよペンギン。体調だけは崩さないようにな」
「ああ、お前も」


再度ペンギンが分厚い本を開いたのを見て、おれは立ち上がる。
去り際、少しだけマグに残っていたココアを煽って、思わず苦笑いをした。


口にしたココアは、すっかり冷めていた。

****
ハートの皆さんは何かしら専門持ってそう。中でもバンさんの可能性は無限大。
お題は診断メーカーより



(20120405)


「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -