終わらない恋になれ






 そうだね、だって真っ暗だからさ。


「足、濡らすなよ」
「うん、あんまり波打ち際には近づかないようにするから大丈夫」

 暗闇、月明かり、冷たい風。

 遠くに灯台はあるけれど、そんなちっぽけな光じゃあ、俺らの元へは届かない。だから足下は真っ暗で、耳を波の音が通り過ぎていくのに水の境界線はどこにあるのかわからなくて。
 でもお前が夜の海を見たいだなんて言うから。

 瞬きをするだろう。――すればするほど目が慣れるだろう。でもお前の顔はどうしたって見えないんだ。背中ばっかり追いかけて砂を蹴っているせいで。

 なぁどうしてお前、こんな時間に外に出たいだなんて言ったんだろうな。ホテルの電気だって暗くなって、先生が見回りにやってくるだろうこんな時間にさ。バレたら冷たくてかたい廊下に正座で一時間なんだぜわかってるのかよこのパーカー野郎。

 でもそんな悪態もつけずに、俺はただサクサクと砂を踏むだけ。サラサラの砂にいちいち埋まるスニーカーを引き抜いては足を前に、右、左、右、左。
 落っこちてきそうな星をたまにちらりと見上げるけど、貧困な脳味噌だからポエムのひとつも浮かばない。修学旅行の夜の海、星のカーテン、鼻の奥をツンとさせる冬の香り。こんなに材料があるのにな。やっぱりなかなか詩人はすごい。

「どこまで行くんだ? いなくなったこと先生にバレると面倒だから、早めに切り上げるぞ」
「うん……そうだね」

 でも、もうちょっとだけ。

 そう呟きながら、前を行く足音が暗闇の中でそっと止まる。俺はそれにあわせてスピードダウンすると、奴が指さした先に目をやった。

「ねえあそこ……水平線、見える?」

 見えるかと言われたら、正直見えない。外へ出て数分、こいつの顔は認識できるくらいに目は慣れたのに、どこに焦点をあわせればいいのかわからない。じっと目を凝らしても、チューブから絞り出した絵の具をのっぺり伸ばしたみたいにその先は真っ黒で、ぽってりと浮かんだ月もその境界線を照らしてくれはしなくて。

 見えないな、と正直にこぼせば、隣から「そっか」と素朴な返答。それがどうかしたのかと聞き返そうと思ったのに、そうしてまた足を踏み出す。

「来るんなら、昼でもよかったんじゃないか?」
「そんな時間なんて無いよ」
「だったら抜け出すとか……」
「え……だめだよ、怒られるでしょ」
 そう言ってのけるが、それを言ったらたぶん、今この瞬間の方が確実に怒られると思うのだけれど。――そんな文句は飲み込んだ。先を行くお前が、急にまたぴたりと足を止めるものだから。

 どうした、と口を開こうとして。

 瞬きの先に人影。濡れた砂浜から音もなく這いあがった月明かりが、足元からじわじわとその輪郭をなぞった。

 刺すような視線――あいつの目がそれからひとつ瞬き。
 伏せられてしまったまつ毛、通る鼻筋。――うっすらと光を乗せた薄い唇。

 それが何かを言っていたんだ。でも押し寄せる波のせいで、俺の耳にはどうにも届いてくれなくて。
 風が吹く。それが俺とお前の間を通り抜けて、凍えそうな寒空の下、俺は白い息を吐き出した。

「……なに?」
 問えばお前が耳元で、恥ずかしそうに下唇を噛む。

「だから……―――     」

 海は黒色にくすんで、あいつの息は白。
 語尾が霞んで空へと溶けていく。

 ほどけた白が全て消えてしまわないうちに、俺は瞬き一つで返答をした。


 たとえばもし俺が詩人になれたとしても、やっぱりきっとポエムは紡げ無いのかもな。気分はどこぞのバーのシャンペングラスよりもロマンティックなのに、頭の中はバカになったみたいに空っぽで真っ白だ。でも確かにこめかみのあたりがぼうっと熱くて。

 ごめんね、大丈夫。お月様しか見てないよ。
 そう囁いたお前の唇が弧を描く。

――だからそう、暗闇に隠れて、頬を染めたお前と。




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