Ep.07猩々緋の甘雨



「っつーかお前さぁ…。」

「ん?何?」

「何でオレに全部任せっきりなんだよ!? お前もちょっとは選べ!」

「えー?だって俺、見えないもん。」


土曜の午後17時、
某メガネストアの店内で友人とメガネに翻弄される25歳の男の姿があった。




悠眞から電話があったのは今朝のことだ。
ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど、とだけ言っていた。

瑞希は行き先を聞きもせずに
その誘いに乗ったわけなのだが…



まさか悠眞のメガネを選ぶ羽目になるとは。



「だってほら、見本用のメガネってレンズ入ってないでしょ?
だから自分で鏡見たって似合ってるかどうかわからないんだよ。」

フレームが濃紺色のサイドナイロールをかけた悠眞が
鏡を覗き込みながら言う。



―悠眞とキスをしてしまってから3週間が経つ。



その間悠眞からの連絡は途切れることがなく、
瑞希は困惑しつつもその誘いに何度も乗った。

悠眞と顔を合わせるだけで
瑞希の頭はキスのことでいっぱいになってしまう。

しかし悠眞はというと、
事が起こる前と全く変わらない態度で接してくるのである。



(―てゆーか何でこいつはこんなにも平常通りなんだよ!!
いや、まぁ…確かに気にすんなとは言ったけどさ…。)



だからといってここまで普通にされると
色々と考え込んでモヤモヤしている自分が馬鹿みたいじゃないか―…

そう思って更にモヤモヤしてしまう。

(―やっぱりあれはホントに酒の勢いで、
ただ単にキスがしたかっただけだったのか…?)


唇を重ねられれば誰でもよかったんじゃないか?


そんな考えに至って、苦しくなる。


(―あーもうっ!
何でオレこんなことでぐしゃぐしゃになってるわけ!?)





「瑞希…そんなに見つめたら穴が開くよ…?」

「開かねーよ。UVカットレンズだぞ?
紫外線が大丈夫なんだからオレの視線くらいどーったことねーだろ。」

「あ、いや…まぁそうかもしれないけど…。
その…適当に選んでくれれば、それでいいよ。」

「アホかお前。普段使い用なんだろ?だったらバイト先でもかけるんだろうから、
ちゃんと接客に相応しくて格好よくてスマートなやつじゃないとダメだ。」

そう言って瑞希は二つのメガネを手に取った。

「こっちかこっちだな。
値段も予算内だし、薄型レンズ対応だし…」

フレームが黒のハーフリムと、テンプルがネイビーのツーポイント。

「とりあえずこっちかけてみて。」

瑞希は黒のハーフリムの方を渡す。

受け取った悠眞がメガネを掛け替え、瑞希の方を向いた。


「…あれ?あんまり印象変わんねーな。」

悠眞がもともとかけていたメガネが
フレームがあまり主張していない黒ぶちメガネだったせいか、
似たような印象だ。

似合っているとは思うが、
やはりここはイメチェンする方向でいきたい。

じゃあやっぱりもう片方の方が良いだろうか…
そう思ってそれを手渡そうとすると、

ナイロールメガネをかけたままの悠眞が
ふわりと笑って言った。


「印象変わらない?
瑞希って本当に好みが変わらないんだね。」


瑞希はポカンとして悠眞の目を見る。


「変わらない?なにが?」

「えっ、もしかして覚えてないの?」


何の話をしているのだろう。
全く話の読めない瑞希が首をかしげると、
悠眞が元からかけていた黒ぶちメガネの方をこちらに差し出しながら言った。


「これ、瑞希が選んだんじゃん。」


瑞希は目を瞬かせる。


「…え?オレが?いつ?」

「高1の時。
俺がメガネを買いたいけど良くわからないからついてきて、って言って
結局今みたいに瑞希に選んでもらったんだよ。
本当に覚えてないの?」


(―ああ…そういえば。)


確か自分がメガネを買えと言ったのだ。
一緒に映画に行こうと誘った時に、スクリーンが見えないからと断られたり
景色がきれいだと教えても、全然見えないと言われたり…
そういうようなことが積もりに積もってそう言った。


「あ、思い出した?」

瑞希の顔を覗き込んだ悠眞が言う。


「…っ。
っつーか、それ何年前の話だよ!?
もう相当度が合わなくなってるんじゃないのか!?」

悠眞のあまりにもまっすぐな視線が恥ずかしくなって、
顔をそむけた。


「うん。このメガネだと0.1しか見えない。」

「0.1ってお前あの一番上しか見えてないってことかよ!?
何でメガネ買い替えねーんだ!?」

「えー。だって瑞希に選んでもらわないと…」

「べ、別に自分で買いに来れるだろ!?」

「瑞希が『次のもオレが選ぶから』って言ったのに?」

「はあ?」

―オレが選ぶ?悠眞のメガネを?
そんなこと言っただろうか。いや言ってないと思う。
そもそも自分はそんなことを言う柄ではないのだが…


「……あ。…あぁ…いや、うん。言ったわ。言いました。」

当時のことを思い出した瑞希が呟く。

「でしょ?だから俺―」
「でもそれはお前に任せたらとんでもないことになるからそう言ったんだ。」

「え?」

レンズ越しの悠眞の目がぱちぱちと瞬いた。


「あのな、あんときそう言ったのは
お前が値段も気にせずにメガネを選ぼうとするから。
だって自分で買うっつってんのにフレームだけで3万近いの選んでたじゃん。」

「え…そう、だっけ?」

「そうだ。
フツー、高校生が自腹で3万のメガネを買うか?」

「そ…そっか…。」


瑞希が当時のことを思い出しながらつらつらと語ると、
悠眞は急にしょんぼりした顔になってしまった。


「え、何?どうしたの?」

「ううん。別に何も。」


そう言って、かけていたメガネを外す。


「…あ。でも、嫌々選んでるわけじゃねーからな。
お前と物選ぶの、結構楽しいし。」

瑞希の付け足した言葉は、
どうやら悠眞の表情の原因を取りはらったらしい。
一瞬ののちに悠眞に笑顔が戻った。


「よし。んじゃこっちに決定な。買ってこい。」


ツーポイントの方を手渡すと、レジへと背中を押す。


軽く触れた悠眞の背中は
昔と変わらず骨ばっていたけれど、
うっすらと筋肉がついていた。

瑞希の胸がその手の平の感触に早鐘を打ち始める。


(―だから、なんでドキドキしてんの!?)


最近、自分の心臓が勝手な行動を取るので
瑞希はどうしたらいいのかとても困ってしまう。



なんとなく、
その原因はわかっているけれど…



――――――――――――――



瑞希がまた家へとやってきた。



…またしても飲んだくれの甘えた状態だけど。




「ゆーまぁ。みーずー。」

「あー、はいはい。持ってくから座ってて。」



今日、瑞希に頼んでメガネを選んでもらった。

度が合わなくて辛いというのと
自分で選べないというのも勿論だったが、
一番の理由はそれを口実に会いたかったから。

そして瑞希の選んでくれたものを身につけたい…

(―なんて…。俺、ちょっとキモイ?)


その後に、付き合ってくれたお礼だと言って飲みに誘った。
奢るからと言ったのだが、瑞希はあんまりそういうのが好きではないタイプなので
言いくるめられて割り勘にされてしまった。

飲み過ぎると酷いことになるのは前回ので学んだはずなのに
あまりにも楽しそうに飲んでいるから
ついつい止めるのが遅くなってしまい、こんな状態に…。


「はい。水。」

悠眞がグラスに入った水を手渡すが、
瑞希の手に一向に力が入らない。

「あーもう。飲み過ぎだよ。ほら、ちゃんと持って。」

瑞希の手を握ってしっかりとグラスを掴ませる。
手に触れた瞬間、瑞希の手がぴくりと動いた気がした。

「…ゆーま。飲ませて?」

瑞希がとろんとした目でこちらを見つめながら
そんなことを言ってきた。

(―やばい…)

悠眞はその表情が自分の理性を凌駕しかけたのを自覚する。
しかし酔った勢いでやってしまったら、前回の二の舞だ。


「…わかった。
じゃあ飲ませるから、ゆっくり飲んで。」


そう言って、
瑞希の口にグラスの淵をそっとつけると
ゆっくりと傾ける。

瑞希はそれに合わせて少しずつ自分の中に水を流しこんでいく。

悠眞の喉がゴクリと鳴った。


「ありがと。もーいいよ。」

何口か飲んでから瑞希がそう漏らした。
悠眞ははっと我に返る。気がつけば見つめてしまっていた。


「瑞希、もう寝る?
寝るなら布団まで運んで行くけど。」

「うーうん。まだ眠くない。」

「え?そう?」

目が虚ろだから、てっきり眠気にやられているのだと思っていたが
違うのだろうか。


「じゃあ…えっと…」

「ゆーま、やっぱりあれにして良かった。」

「へ?」

脈絡のない発言に、
思わず間抜けな声をあげてしまった。

「アレって?」

「あのメガネ。」

「新しく買ったツーポイントの?」

「うん。」

そう言いながらじっとこちらを見つめてくる。


「おまえはなー、
顔がキレーだから出来るだけメガネが邪魔しないほうがいーんだ。」

「え?」

「メガネのフレームで目が見えなくなったりしたら
もったいないだろー?」

「そ、そう?」

悠眞はその言葉に顔を赤らめた。
これまで幾度か顔が綺麗だと褒められたことはあったが、
瑞希に褒められると何だかすごく気恥かしい。


「だからあれにしたんだー。
あ、でも結構デリケートだからメンテが必要だと思うけどさ…。」

「あー、うん。
メガネのメンテくらいは自分で行くよ。」

瑞希の片眉が釣り上った。

「どーだかねぇ。
またメンドーとか言って壊れるまで行かねーんじゃねーの?」

「な…!行くってば!」

「だってほらアレー。
また洗濯ものが山になってるしー
もー。ゆーまくんはどーしょもないでしゅねー。」

またしても畳まずに放置された大量の洗濯物を指さしながら
まるで赤ん坊をあやすような口調でそう言うと、
悠眞の肩にもたれかかってきた。


心臓が一回、ドクンと脈を打つ。


「瑞希…眠いなら寝た方が良いよ?
もう秋だし、こんなところじゃ冷える…」

肩から自分の鼓動が聞こえませんように…
そう思いながらも努めて冷静に声をかける。

「ん?うん。でもまだ眠くないよー?」

呂律の回らない口がそんなことを言った。


「十分眠そうに見えるけど?」

「眠くないのー。」

「じゃあなんでこんな体勢になってるの?」

「えー?………………。」

瑞希が急に黙りこくってしまった。
寝てしまったのだろうか?


「瑞希―」
「なぁ。ゆうまって彼女いないの?」


呼びかけに被さってとんでもない言葉が聞こえたような気がした。


「え?今、なんて?」

「彼女いないのー?って。」


聞き間違いではなかったようだ。
しかし、いきなり何を言い出すのか…

悠眞の鼓動が一層速くなる。


「何でそんなこと聞くの?」

「えー?だってお前さぁ、
すっげー優しいし、カッコいいし、頭だってキレるだろー?
そんな奴を女の子がほっとくわけねーじゃん?」

顔が熱くなるのを感じる。

そんなことない、と否定したが
瑞希は全部本当のことだからと笑っている。



「彼女なんていないよ。」

悠眞が淡々とそう言うと、
瑞希は急に姿勢を戻してこちらを向いた。

「嘘だろ?お前に彼女がいないとか言ったら、
世の中の男はどーなるんだよぉ。」

「いや、そんな…。」

「じゃあアレか。狙ってる人でもいんの?」

まっすぐ過ぎる瑞希の視線が痛いと思いつつ、
悠眞は首を縦に振る。

「え…そうなのか。」

その様子を見た瑞希が小さく漏らした。


そして少し何か考えてから、そっと口を開く。


「なぁ…もしかしてそれって、ずーっと前から好きな人?
中学あたりから…とか。」

「え…えっと………」


あまりにも図星すぎて、言葉を失ってしまった。

瑞希はその沈黙を肯定と取ったらしい。
やっぱりそうか、と一言だけ言って黙り込んでしまった。


(―え、もしかして…気づいてる?)


確かに今まで何度かほのめかしたことはあった。
でもきちんと告白する勇気までは無くて、微妙な言い方しかしていない。

瑞希も瑞希で全く気にしていない様子だったので
この気持ちには気づいていないのだと思っていたのだが…。


悠眞は瑞希の次の言葉を待った。

瑞希の唇が何かもの言いたげに見えたのだ。



「…あのさ。前から言おうと思ってたんだ。」


少し間があってから、その唇が開いた。
さっきのような呂律の回っていない口調ではない。
いつもの瑞希の口調だ。

酔いが醒めたのだろうかと思っていると、
瑞希が悠眞の服の裾を急に掴んで真剣な目でこちらを見据えた。

「好きな奴がいるなら、オレに教えろ。
絶対上手くいくように協力するから。」

いつになく真剣な眼差しに
悠眞は「はい」と答えそうになったが、
その言葉を脳内で幾度か反芻して我に返った。


「は?え?言う?瑞希に?」

「そうだ。
お前ひとりじゃどうにもならないこともあるだろ?
現にそんなに前から好きなのに付き合ってないってことは
なんかどうにも出来ねーことがあるとかじゃねーの?
っつーかもう告ったわけ?」

畳みかけられる質問に押されて、悠眞は首を横に振る。

「え!? なに、まだ告ってもいねーの!?
相手誰だよ?俺の知ってる奴?」

「いや、えっと…。」

しどろもどろする悠眞に構わず
瑞希はどんどん質問をして迫ってくる。


「名前は?なんつー人?」

「いや、あの…」

「中学は同じだったってことだよな。どこのクラス?」

「あのね、瑞希。」

「オレ、同じクラスだったことある?」

「瑞希。」

悠眞はあれこれ問いかけてくる瑞希の髪をさらりと撫でてその口を封じる。

そしてもう片方の手を
裾を掴んでいる瑞希の手の上にそっとのせると、
落ち着いた声で告げた。





「俺が好きなのは瑞希だよ。」







一瞬、瑞希の時間が止まったのが見えた。

驚きと困惑が一気に攻めてきたかのような顔をして、
悠眞の目を見つめ返している。


「…え………?な、何言ってんの?」


やっとのことで開かれた口は、微かに震えていた。


「何言ってんの?オレ?んなわけないだろ。」

「本当だよ。瑞希が好きだ。」


畳みかけるようにそう言うと、更に困惑した顔になった。


「ごめん。困らせるつもりはなかったんだ。ただ…その…」
「…困ってないけどさ」

首を横に振りながら、少し被るように瑞希が言う。

「けど…その…嘘だろ?」

「嘘?嘘なんかじゃないよ。」

「だってオレ、男だぜ?」

「もちろん知ってるよ。
でも好きになるのにそんなことは関係ない。」

「で、でも…でもさ?
オレたちずっと友達としてやってきたじゃん?
だからなんつーかその…それは勘違いじゃねーの?」

瑞希の発言に首をかしげる。

「勘違い?」

「そう。だからさ、
ずっと一緒にいて仲が良すぎたから
その感情をなんか勘違いしてる…とか。」


悠眞はそっと瑞希の手の上からその手を離し、
両手でくしゃっと瑞希の髪を触ると
顔を寄せてゆっくり唇を落とした。


「…………ん…」


口付けの合間に瑞希の甘い声が漏れる。


何度か唇を重ねるだけのキスをしてから、
ゆっくりと顔を離していく。


「ゆ…―」
「俺はね、瑞希。」

名前を呼ぼうとしたであろう瑞希の言葉を遮る。

「俺は、好きでもない人にこんなことしない。
友達の延長でなんてできないし、ましてや勘違いで出来るわけがない。
瑞希だからしたいんだ。…好きだから。」


瑞希が耳まで真っ赤になった。

しかしその言葉に答えることなく、俯いてしまう。



「…お前の気持ちは嬉しいよ。」

ぼそりと小さく瑞希が呟いた。

「でもな、悠眞…。
オレはお前に好きになってもらえるような奴じゃない。」

ぎゅ、と 悠眞のシャツを握る手に力が入る。

どういう意味かと聞くと、
俯いたままの瑞希が自嘲するように笑いながら
そのままの意味だ、と答えた。


「お前だって……知ってるんだろ?」

「何が?」

「圭吾さんのこと…」


悠眞は内心ギクッとした。
しかしそれを表情には出さないまま、言葉を返す。


「なんのこと?」


そう答えると、瑞希が顔を上げた。
悠眞の目の奥の方を、突き刺すような視線で覗きこむ。


「…お前は優しいな…」


言ってから微かに笑う。
酷く悲しい笑い顔だった。


「いいんだよ。わかってる。
お前はもう何年も、そうやって知らないふりをしてくれてたんだ。」


「瑞希、俺は本当に―」
「…実験結果がさ。」

瑞希が悠眞の嘘を遮る。


「実験結果がさ…ポストに入ってたんだ。
…覚えてる?生物のやつ。
お前、あれを届けに家に来たことがあっただろ?」


生物の実験結果。
覚えていないわけがない。
忘れたくても忘れられない、それをポストに入れた後の出来事…


「お前、見たんだろ?…もしくは聞こえてたはずだ…。

……オレと圭吾さんがヤってるところを…さ。」


瑞希の喉から絞り出される辛そうな声に、
胸が打ちひしがれるような思いがした。


「なあ、正直に言ってくれ。
知ってるんだろ?オレと圭吾さんの関係を。」


瑞希の視線は依然として目の奥を貫いて逃がさない。

もうこれ以上嘘はつけないだろう…




「…ごめん。」


知っていると言う代わりに、悠眞はそう言った。


出来るだけ思い出して欲しくなかった。

いや、思い出したくなかったのは自分の方かもしれない…


瑞希がやっぱりなと言う顔をして小さく笑う。


「…お前は本当に優しいよ。
オレがそんな汚い奴だってことを知ってて何年も、今だって、
こうして隣にいてくれるもんな…。」

「汚い?瑞希は汚くなんかないよ。」

「汚いよ。」

「汚くない。」

「汚いんだって―」

ぐいっ、と
瑞希を力強く抱きしめる。

瑞希はそれを拒むことをしないまま、
悠眞の胸に顔をうずめて静かに泣きだした。


「オレは汚いよ…。
あんなことされて…拒否ればいいのに拒否らなくて…」

「ちゃんと拒否してたじゃないか。」


言いながら、片手で瑞希の髪を梳く。


「ちょっと拒否ったとしても、結局は毎回ヤらせてたんだ。
拒否ってないのも同然だろ。」

「それは何かの圧力で拒否できなかったんじゃなくて?」


その言葉で、瑞希は黙り込んだ。


「…圭吾さんは瑞希の家に随分とお金を入れてくれてたみたいだし、
そういうので脅されてたってことは無いの?」


悠眞がそう尋ねると、
首を横に振りながら瑞希が言う。

「違うよ。あの人はそんなこと一言も言ってない。」

「じゃあ他のこと?
希美ちゃんをだしにして何か言われてたとか。」


「…お前は…」

震えた涙声が胸から上ってくる。

「お前には、オレが受け入れたっていう考えはないのか?」


悠眞の心臓が跳ねた。


「え…。」

「オレだって最初は本気で逃げてたんだけどさ。

…頭で、考えちゃうんだ。

もしここでヤらせなかったら…怒りを買ってしまったら。
そうしたらきっとこの人は家に投資なんてしてくれなくなる。
むしろ陥れようとするかもしれない。
またオレから全てを奪っていくのかもしれない。

…それが恐ろしいから体を差し出すってんなら
まだいいだろうけど…

オレは逆に利用しようと考えたんだよ。」

「利用…?」


瑞希が俯きながら涙を拭った。


「オレが体を差し出せばこの人は家を養ってくれる。
だからそれでいい…って。
いつの間にかそう考えるようになってた。

抵抗なんかしないでむしろそれを楽しんでしまえば良い…
金と快楽が一度に手に入るんだから、拒否る理由なんかない、って。

…十二分に汚れきった野郎だよ。」


瑞希はそう言って胸から離れようとした。
しかし悠眞の腕がそれを許さない。


「は、離せって―」
「瑞希が…」


悠眞の声に、瑞希の腕の力が緩む。


「瑞希が、圭吾さんに惚れてるっていうのなら、
それは仕方のないことだと思う。」

「……え……?」

「でも、そうでないのなら…」


悠眞はそこまで言って、口を噤んだ。
そして一息置いてから次の言葉を口にする。


「瑞希、君は自分のしたことを汚いと思っているみたいだけど、
そんなの全然汚くもなんともないよ。」

「え…で、でも…」

「それは脅迫されてるうちに入る。瑞希は何にも悪くない。」

「……え…。」

「むしろ、俺の方が汚い。」


いつになく強い口調の悠眞に驚いて、
瑞希は顔を上げた。


「汚いって言うなら俺の方だ。
聞いてたくせに助けもしないで逃げて、
挙句 話を持ちかけるのすら怖くて
瑞希から言うのをこの歳までずっと待ち続けて。

いつまでも気づかないふりをして相談にものらないで。

…さっきも逃げた。
知らないって突き通そうとした。」


どちらのものかわからない涙が
ぽたっ、と零れ落ちた。


「…ごめん、瑞希…。…わかってる…。
俺に瑞希を好きになる資格がないことも、
ましてや好きになってもらえるはずがないことも…。」

「悠眞…。」

「でもね、ごめん。……好きなんだ…」


まるで心の奥底から絞り出すかのように力なくそう告げると、
瑞希が目元の涙を指で拭ってくれた。


「何で謝るんだよ。」


赤い目をした瑞希が優しく囁く。

「お前の方こそ汚くもなんともねーって…。
そんなこと安易に言いだせるもんじゃないし、
それに…」

瑞希が悠眞の髪を梳いた。

「お前はずっとオレに優しくしてくれた。
一緒にいるだけで、オレは嫌なことも全部忘れられたんだ。
お前のおかげだよ。」


悠眞は自分の唇が細かく震えるのを感じた。


「瑞希…」

「ん?」

「好き。」

「…うん。」

「好きだ。」

「うん…。」


何度も好きと繰り返す悠眞の顔に、瑞希の手が添えられた。

何事かと思って俯いていた悠眞が顔を上げると、

瑞希が優しくキスをしてきた。



突然のことに驚いていると、
恥ずかしそうに眼を伏せた瑞希が小さく呟く。



―多分オレは、お前がいないと生きていけないよ…



それは告白の答えなのだろうか…

そう思って尋ねてみたが、瑞希は口を開かない。



答えの代わりに返ってきたのは、
さっきよりも甘ったるい口付けだった。


――――――――――――――



自分からキスをしておいて、
こんなことを言うのはどうかとは思うが…


まさか押し倒されるとまでは思っていなかった。


「悠眞…あの…っ…んっ」

ふんわりとした口付けが瑞希の言葉を塞ぐ。
その甘い味に、くらくらしている自分がいる。


「あ、ごめん…瑞希。怖い?…怖いなら、止めるよ。」


悠眞が心配そうにこちらを見ながら尋ねてくる。
その少し熱っぽい目に見つめられ、体が熱くなった。


「…瑞希?どうする?」

「……いいよ…。」


小さく呟くと、悠眞がまた唇を落としてくる。

今日の悠眞の唇は熱い。

それが自分のそれと重なるたびに
そこから溶けていってしまうようだ。

悠眞が唇をゆっくりと離してからもう一度聞く。


「本当に…?正直に言っていいよ?」

「うん…大丈夫。」

そう言うと、悠眞が優しく微笑んだ。


(―駄目だ…もうなんかおかしくなる…)


「瑞希…どうして欲しいか言って…?」


低く甘い声が瑞希の耳を掠めた。


「どうして欲しいとかは…その…任せる…けど…」

「…けど?」

「…乱暴にしないで…くれる?」

「…もちろん。」

「優しく……して…?」


その言葉がどうやら悠眞のスイッチを入れてしまったらしい。


すっ、と顔が近付いてきたかと思ったら、
噛みつくようなキスをされた。


髪を触りながら、
何度も何度も深い口付けが繰り返される。


髪を触っている手すら気持ちよく感じる…

そんなことを考えていたら、
歯列を割って悠眞の舌が忍び込んできた。

「……ん…っ……ぅん……」

舌を絡め取られ、キツく吸い上げられて、上顎を舐められる。

閉まらない口からは、
どちらのものかわからなくなってしまった唾液が
飲み込めずに垂れていく。

瑞希はそれすらもがとてもいやらしく感じた。


腰を引きよせていた手が、
瑞希のシャツを捲りながら背中を撫でまわしてくる。


「……っ。」

「くすぐったい…?」

「ううん…っ」

「もしかして…肌触るだけで感じる…?」

「…………!」

悠眞は一度体を離して、
赤面した瑞希の顔をまじまじと観察してから
嬉しそうにまた抱きしめた。

瑞希がシャツ越しの悠眞の体温にドキドキしていると、
今度は背中に回していた手を腰まで持って行ってそこを撫でまわす。

「ここでも…そんななの?」

そう言いながらまたシャツを捲り上げる。

「じゃあ…こっちは?」

「……っ!」

悠眞の手が瑞希の胸の尖りに触れた。

すでにそこが固くなっていることに気がつくと
悠眞は少し卑猥な言葉を囁きながら、耳を噛んでくる。

胸の先端を弄ばれるたびに
ちり、と痛痒いような感覚に襲われて、息を詰めた。


「指と口だったら、どっちがいいの?」


そう言って、熱っぽい視線で煽ったかと思うと
瑞希の胸の尖りに舌が絡まった。


「……っあっ…」

「ね、どっち?…右?左?」

右は悠眞の手が、左は舌が、
尖りを引っかけるようにして弄んでいる。


「……っく…ぅ……」

「ん?どっち?」

「…ひ、ひだ……り……っあ…!」


答えた瞬間、
胸の先をキツく吸い上げられ上擦った声が上がった。


「…気持ちいい…?」


上目づかいで尋ねてくる。


「…っき…もち…良いけど…っ」

「…けど?」

「なんっ…か……エロい…ゆうま…っ…」


そう口にした途端、足の間を撫でられた。

電流に似たものが体中に走って、
瑞希の口から自分のものとは思えない甘ったるい声が上がる。


「そういうことしてるんだから、そうなるのは当たり前。」


淡々と喋りながら、
瑞希のズボンを下ろしていく。


「やっ、ちょ…ゆうまっ……」


恥ずかしがっても、悠眞は手を止めない。
あっという間に下肢に身につけているものを全て取り去られてしまった。


「……なんか…恥ずかしい…」

瑞希がそう言うと、
悠眞はまたふんわりと笑って髪を撫でる。


「どうしたの?瑞希らしくない…」

「らしく…って……っ……言われても…っ… ……っ!」

性器に指を絡めた悠眞が
それをゆっくりと擦り上げ始めたので
瑞希は息を詰めた。


「…可愛い。瑞希。」


顔を覗き込みながらそう言われ、
更に恥ずかしくなって手で顔を隠す。


「は…はずかしっ…い…から……っ…
でんき……けしっ……んんっ……」


顔を隠していた手をどけられて
キスで口を封じられ、それ以上は言えなかった。

唇が離れた瞬間にうっすらと目を開けると
瑞希の全身を舐めるように観察する悠眞の姿が目に入る。


「やぁだ……見ないで………」

「どうして?」

「……や…なの」

「なんで…。こんなに…綺麗なのに…」

「……きれぃ…じゃ…なっ……ぁ…っ!」

悠眞が全身に口付けをし始めた。

熱を帯びた柔らかいものが瑞希の肌を吸い上げるたび、
ぞくぞくとしたものが這い上がって来て
瑞希の喉から甘い声が漏れる。


「ここ、触るの…駄目?」

ひた、と瑞希の昂ぶりの先端に湿った舌が当たった。

「え…?…ちょ……っ」

「…嫌?」

「そうじゃなくて…その、
そんなこと…っ…しなくて良いよ…」

「俺がしたいんだけど?」

「や…でもっ…そんなの…したことない……」

微かな舌の感触に羞恥を感じながら瑞希がそう言うと、
悠眞は驚いたような顔をした。


「え、嘘。本当に?フェラ初めて?」

「ふぇ…!? そ、そゆことをさらっと言うな…っ!」

「何で。一般用語でしょ?」

「やっ、も……手ッ…」

会話の合間にも悠眞の手は一度も休まない。
規則的な手の動きが瑞希を甘く痺れさせ、
腰の奥に熱が溜まっていく。

「くち、ダメ?…嫌い?」

「きっ…きらいじゃ……ない…と、おもう…」

「…そ?よかった。」


そう言って悠眞は瑞希のそれを口に含んだ。

「…っう……っ」

粘膜が絡みつく感覚に、瑞希は唇をかみしめた。

その快感と羞恥に
頭が煮えたぎってしまいそうだ。

「……っは…ぁ…」

悠眞の口内の熱が移ってくるようで
頭の芯がジンジンと痺れる。

悠眞はそのまま丹念に舌を這わせていく。

時折速くしたり遅くしたりと強弱をつけてくるので
瑞希は快感の波にどんどん巻き込まれていった。


「や…っ!ちょ…っと!」


口で瑞希の屹立を咥えこみながら、
同時に後ろに指を埋め込み始める。

こういう行為には慣れているはずなのに、
悠眞が触ると何かが違う。

恥ずかしくて、やめて欲しくて、
でもずっとこのままでいたくて。


「あ……っ、ゆうまっ…!
…そこ…っ!……だめぇ…っ…」

「吸われるの、いいの?」


悠眞が先端部分を集中的に吸い上げ始めた。

瑞希が声を上げるたびに
上下する手は速度を増し、愛撫には熱がこもっていく。


「…ゃ…も、もう…くち…はなし…て…っ!
…でる、から…っ…!出るからっ……!」

「いいよ、出して。」

「や…!ぁ…ぅあ…っ………っあぁっ!!」


瑞希はあっさりと達してしまった。

過剰な快感に支配された頭では、
自分が何をしたかさえ想像がつかない。

しかし
悠眞がその屹立から放たれた熱を嚥下した時、
瑞希はやっと正気を取り戻した。


「え…?嘘…。お前、何やって…」

「良かった?」

唇を舌舐めずりした悠眞がじっと目を見つめて尋ねてくる。

「え…う、うん。」

「本当?」

「うん…。」

そう答えると、悠眞は満足そうに笑った。

しかし
急にその表情が硬くなって、
その視線が瑞希の鎖骨のあたりに注がれる。

表情の変化を見て怪訝な顔をすると
曇った顔が瑞希の方を向いた。

「これってさ…」

言いながら、右手が瑞希の鎖骨を つい、となぞる。

「これって、キスマークだよね。瑞希。」

瑞希の心臓が大きく脈を打つ。

忘れていた。
前回圭吾とした時、鎖骨のあたりを噛まれたのだった。

「あ、あの…」

「誰がやったのか、ってのは聞くまでもないんだろうけど…」

瑞希から視線を外して、悔しそうに顔をしかめている。
その表情に不安を覚えた瑞希が そっと悠眞の髪に触れると
薄い唇から弱々しく震えた声が滑り出た。


「…もう、俺以外にこんなことはさせちゃ駄目だよ。」

「ゆうま…」

「わかった?」

うん、と答える前に唇が重なる。

舌を絡める濃厚なキスに、
またしてもくらくらと酔ってしまいそうになる。


―酒よりも全然効く…


そんなことを考えていると
悠眞が躊躇った様子を見せた。

ここまで来て何を躊躇っているのだと思い、
悠眞の腰に足を絡める。


「み、瑞希…?」

「…来てよ。」

「え、でも…いいの?」

「いい。」

「だって…なんか、トラウマとかになってたりとかしない?」

「…大丈夫。」


瑞希がそう言っても、
悠眞は一向に決心した様子を見せない。


「…欲しいから…」


気がつけば瑞希はそんな言葉を口にしていた。

こんな風に誘ったことは今まで一度もない。
けれど、口にしたのは紛れもない本心だ。

熱に浮かされた頭はもうほとんど機能していない。

何も考えず、求めるままに
もう一度「ゆうまが欲しい…」とうわ言のように呟くと、

同じく熱に浮かされたような顔をした悠眞が
小さく息を吐いてから激しいキスをしてきた。

口腔を悠眞の熱い舌が蹂躙していく。

その間に聞こえるのは、
ベルトの金属音と衣擦れの音。


唇が離れた瞬間、
さっきまで指でかき混ぜられていた所に
熱いものが押しつけられる。

その感触に、背中がぞくりとおののいた。

悠眞は喉を鳴らすと、
少しずつ自身をその中へと押し進めていく。

その圧迫感に声にならない悲鳴を上げた。


うっすらと目を開けてみると
全てを収めきった悠眞が、
余裕のない目をしてこちらを見ている。


(―そんな目するなよ…)


まるで何か思いつめたような目が愛おしく思えて、
瑞希の胸が酷く痛んだ。



次の瞬間、
瑞希は無意識のうちに悠眞の首に手を回し
顔を引きよせてキスをしていた。



「動いても…?」

「うん…。いいよ…」

瑞希の言葉を聞いた悠眞は
詰めていた息を吐きだしてからその腰を動かし始める。

最初はゆっくりと、しかし だんだん箍が外れて強くなっていく。

「…ぁっ……い…いいっ……!」

もはや何を口走っているのかなどと言う事は
全くもって自覚していない。

穿たれるたびに頭の中がぐずぐずに溶けていくようで
おかしくなる。


「み、瑞希…そんなに腰…動かさないで…」


苦しそうな悠眞の声を聞いてはじめて
その動きを追って自ら腰を使っていることに気づいた。

しかしもう自分の意志ではどうにもならない。


ガクガクと不規則に揺すられ、
抽挿はやがて突き上げに変わっていった。


悠眞の猛々しい欲望が奥の方を穿つたびに
瑞希の喉からは甘い嬌声がこぼれる。


しまいには
滅茶苦茶に追い立てられて、
振り落とされないように必死に悠眞の背中にしがみついた。


「…あっ…もぉっ…やば……い…!」


意思とは関係なく零れる甘い声の合間に限界を訴えると
悠眞は一層強く腰を打ちつけてきた。

そしてひっきりなしに喘ぎ続ける瑞希の耳に軽く口付けをし、
甘い囁きを落とす。


「好きだよ…瑞希…」

「…っ……ぁああっ!」


一際強く打ちつけられた瞬間に、瑞希の欲望が爆ぜ、
それを追うように悠眞も瑞希の奥をじわりと濡らした。


絶頂の衝動をやり過ごして、どさりと悠眞が落ちてくる。

そして汗ばんだ瑞希の額の髪をそっと触り、
愛おしそうに唇を落とした。

「なんか、夢みたいなんだけど。」

「…え?」

「まさか自分が瑞希とこんなことになれるなんて思ってもみなかったから…
本当にもう…死にそうだ…」

掠れた声が瑞希の耳を甘くくすぐる。


「好きだよ、瑞希。…もう離さないから…。」


悠眞の心の底から絞り出したような言葉が
胸を痛いくらいに締め付けた。



あの日、あの時…
もう会えないと思っていた。


会いたくて会いたくて堪らなかった。


その優しい手が髪を梳いて慰めてくれるのを
いつまでもずっと夢見て。


やっと、
胸の中にあったモヤモヤしたものの正体が露わになった気がした。


(―悠眞、オレも同じだよ…)


そう言おうとは思うのに、
涙を堪えて唇を閉ざしていたせいで
それに答えることはできなかった。





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