月曜日…場所は音楽室。
目の前には審査員の先生が数名。
オーディションはあっという間に終わってしまった。

やると決まったものはしょうがない。
そう思って、出来るだけの努力はした。
結果がどうかは分からないけど、それなりに上手く弾けた…と思う。

ちなみに明日にでも結果は出るそうだ。


オーディションの後、少し音楽室のピアノを借りた。
…少しと思って弾いてたら、かなり遅くなっちゃった。

急いで荷物を持って学校を出れば

「あ」
「あっ」

暑そうに手で顔を仰ぎながら向こう側から歩いてくる彼…
誰だかなんてすぐに分かった。

「名字、何で?」

伊月くんは私を見て、驚いたように目を丸くする。

「オーディションの後ピアノ弾いてたら遅くなっちゃった」
「そっか…お疲れ、オーディション」
「ありがと。伊月くん一人?」
「オレだけ委員会あってさ。皆居るらしいからこれからマジバ行くんだ」
「そっかそっか」


―…委員会。

その言葉に少しだけ胸がざわついたけど、知らんぷりしておこう。


「で、どうだった?オーディション」
「まあまあかな」
「結果は?」
「明日」
「そっかー楽しみだなー」

やけに聞いてくるなと思って、合点がいった。
そうだった。伊月くんが私をオーディションに放り込んだ張本人だった。

「ねえ、伊月くん」
「ん?」
「何で先生に名字もだなんて言ったの?」

第一…

「私がピアノやってた事、知ってたんだ…」
「ああ…」

ちょっと考える素振りをしてから、伊月くんは私を見た。


「お返し」
「へ?」
「名字指揮者推薦の時オレの名前書いたろ?その仕返しだよ」
「なっ…」

いたずらっ子のような目をして笑う伊月くん。

「伊月くんの名前書いたの私だけじゃないじゃん!」
「…っていうのは冗談として」
「えっ?」

冗談…って…
伊月くんはふと真顔になる。

「前さ…オレ聴いちゃったんだよ」
「え?」
「音楽室で、名字が友達にピアノ弾いて聴かせてた時…あったろ?」

記憶の糸をたどって…あ、と思いつく。
何ヶ月前だっけ…あれは。
友達*名前にピアノを弾いて欲しいとせがまれて、一度だけ弾いた事があった。

「あの時さ、ちょうど音楽室の前通ったんだよね」
「嘘…!」

まさか、あれを伊月くんに聴かれてたなんて…


「正直、びっくりして感動した」
「…え?」
「やべぇ名字ってこんなん弾けんだ…って」
「……」

「だからさ。挑戦して欲しかったんだよな、伴奏者」
「でも…」

私のクラスには、ライバル*名前ちゃんがいるよ。

そう言おうとした。けど、口をつぐんだ。

今だけは…少しだけ、ライバル*名前ちゃんの事、忘れていたい。


「名字のピアノ、好きだと思ったし」


伊月くんが、そう言ってくれたから。









07


[戻る]

prev next