あれから数日。
痛めた足も、すっかり良くなった。
今なら全力で走っても全然平気って感じ。

「名前ちゃん、今日のピアノ教室ってあたしの前だよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃああたし15分くらい遅れるって先生に伝えといて」
「了解」
「あ、ライバル*名前ーこれあげるよ」
「何よこれ」
「昨日私のお母さんが焼いたクッキー。いらないならいいけど」
「貰うわ…ありがとう」
「どーぞ」

ライバル*名前ちゃんとは前以上によく話すようになって。
どうやら友達*名前とライバル*名前ちゃんも、いがみ合いはなくなったみたい。

一見今までとほとんど変わらない…だけど前よりもずっと楽しい毎日を私は送ってる。


「名字」

伊月くんが私を呼んだのは、そんな昼休みだった。

「あ、待って」

ちょいちょいと手招きをする伊月くん。
友達*名前にちょっと行ってくるね、と言えば、何故か笑顔で手を振られた。

歩き出す伊月くんの後を追って―…


付いた先は、あのバスケのゴールがある場所だった。

「ここ…」
「ちょっと待ってて」

ゴール下まで走って行って

「あったあった」

影の方からボールを取り出し、またこっちに戻ってくる伊月くん。


「伊月くん?」
「この前…途中だったし」
「え?」
「行きます」

言葉と同時に、伊月くんが走り出した。
それと同時にダムダムと心地よく響くボールの音。

…まさか。

そう思った時には、もう伊月くんの体は浮いていて。

ふわり。
吸い込まれるようにボールはゴールをくぐった。

全てが、流れるような綺麗な動作。


「終了」

気付いた時には、ボールを持った伊月くんが既に目の前に来ていて。
ハッと我に返れば…私は無意識に、伊月くんに拍手を送っていた。

「すごい…すごいよ伊月くん!」
「まあバスケ部なら普通だって」
「覚えてて、くれたんだね」

私がレイアップシュート見たいって前に言ったの…
絶対に忘れてると思ったのに。

「当たり前じゃん」

それこそ当たり前みたいに言う伊月くんは…

…やっぱり、優しいよ。


「突然呼び出してごめんな。これだけやりたかったんだ」
「ううん。ありがとう…見せてくれて」
「いいって」

優しく笑う伊月くんを見て…

今までの事が蘇ってくる。

オーディションに勝った事。
だけど怪我のせいでせっかく勝ち取ったピアノ伴奏が出来なかった事。
ライバル*名前ちゃんと対立した事。
屋上のフェンスから落ちた事。

そして突然…伝えたくなった。

ライバル*名前ちゃんは既に伝えた、この想いを。

「名字…もう足は何ともないのか?」
「全然大丈夫だよ!」


伊月くんが呼ぶ私の名前はまだ“名字”のまま。

伊月くんが好きな人が誰かなんて分からない。

だけど…私の気持ちを、知ってて欲しいから。


「それなら良かった」
「伊月くん…」
「ん?」


伊月くんのおかげで、頑張れた。

伊月くんのおかげで、元気を貰った。

私の幸せの中には、いつだって伊月くんがいるから。


「あのね―…」



この想いを―…今、君に。










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