「こんばんは」
「はい、こんばんはー」

放課後。
帰宅してご飯を食べてから、ピアノ教室へと向かう。
子供の頃から通いなれた教室。

私が教室に行くと、ピアノの先生は私を見て顔を輝かせた。


「名前ちゃん、やったわね!」
「え?」
「合唱コンクールのピアノ伴奏に選ばれたんだってね!」
「あ…」

驚いた。

まさか先生がその事知ってるなんて、思わなかったから。

「去年伴奏やらなかったって聞いて、今年はやれば良いのに…って先生思ってたのよ」
「そ、そうなんですか…?」
「そうよ!だから先生嬉しい!おめでとう!」
「ありがとうございます」


そうそう。と言いながら、先生は不意に何かを私に手渡した。
それは、分厚い楽譜の本だった。

「これは?」
「ライバル*名前ちゃんの楽譜。名前ちゃんの前だったんだけど、忘れて行ったのよね」
「ライバル*名前ちゃんの…」
「だから名前ちゃんから学校で渡しておいてもらえる?ないと困るだろうし…」
「あ、はい。分かりました」
「ありがとう」

これで納得した。
ライバル*名前ちゃんが…先生に伴奏の事教えたんだ。


私がピアノ伴奏に選ばれた。

それは同時に、ライバル*名前ちゃんは選ばれなかったという事で…


ライバル*名前ちゃんは、どんな感じだったんだろう。
聞きたかったけど、何となく聞けなかった。


「よし、それじゃあ始めましょうか」
「はい」

先生の言葉に頷いて、とりあえずライバル*名前ちゃんの楽譜を私の鞄に入れる。

…と、本の間から一枚、ひらりと楽譜が落ちてきた。
何の楽譜だろう?そう思って何気なく手に取ると…


「……っ、」


それは紛れもなく、オーディション用の曲の楽譜。

そこには“f”とか“>”とか…
丁寧なライバル*名前ちゃんの字で、色々な書き込みがされていた。
一目見ただけでも、相当工夫して練習していた事が分かる。

だけど私の視線は、楽譜の右端…力強く書かれている文字に釘付けになった。



“絶対に伊月くんの指揮で伴奏をする!”



それは当然、オーディション合格を強く誓うもので。

それと同時に―…気付いてしまった。
ううん、薄々気付いてはいた。
だけどこの楽譜のおかげで、改めて思い知らされてしまった。


多分…いや、絶対―…




ライバル*名前ちゃんは、伊月くんが好きなんだって事に。







(その後のレッスンは、集中出来たもんじゃなかった)







09


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