隣に引っ越してきたのは、男にしては線が細くて華奢な青年だった。
 おんぼろアパート(と言うと大家さんに怒られそうだが、どう考えてもそうとしか形容しようがない)の二階の窓からぼんやりと道路を眺めていたらふと目に映ったのが、そんな青年の姿だった。なぜ隣だと分かったのかと言うと、やはりちゃちな造りのせいでだだ漏れになっている隣から聞こえる騒音のためである。がたがた、と引越会社の人が何か運び込んでいる、そんな音だった。それからあれはどこだ、だの幾らかの話し声も聞こえていたからだ。

(にしても、)

 物好きだな、と思う。いかにも現代風といえる様相をした青年が、立地的にもあまり便利とは言えないこの街の、それもこんな古いアパートに引っ越してくるなんて不思議な話だった。そんなことを頭の隅で考えながら、私は相変わらず日が射し込んでいる窓辺でぼんやりとしていた。



   ※



 こん、こん。遠慮がちなノックが鳴ったのは、もう日も落ち始めようとしていた頃だ。いつの間にか隣から聞こえていた音も鳴り止んだので、放棄していた作業を再開しようとしていた矢先のことである。「ああ、今出る」なんて返事をしながら扉に向かう。
 ギィと響く軋んだ音の向こう側にいたのは、案の定、先程見掛けた青年だった。近くで見るとあの時感じた印象が余計に誇張されたように感じる。背は、僅かばかり私の方が大きい程度。そんな彼は、私と目が合うなり、徐に口を開いた。

「僕、マツバって言います。今日引っ越してきました。よろしくお願いします」
「……ああ、よろしく、マツバさん。私はミナキという」

 僅かに滲んだ訛りと簡潔な挨拶に呆気にとられながら、私も新しい隣の住人、マツバさんに挨拶をした。よろしく、という言葉とともに差し出した手を、マツバさんはきょとんと見つめてから私に目を向けた。差し出したままの手をくい、と振ってみせると彼は何を意図した手なのかを漸く理解して私の手を握った。

「ありがとう、ございます……ミナキさん」
「何か、困ったことがあったら私に聞いてくれて構わないから」

 マツバさんの手はすこし冷たくて、けれど「ありがとう」と伝えた表情はあたたかくて穏やかで、それに今度は私がすこしだけ戸惑いながらも彼に笑いかけた。
 一頻り挨拶や世間話をした後にマツバさんは帰っていった。ガタン、と扉の閉じる音がして嗚呼この壁の向こうにはあの隣人がいるのだと実感した。というのも、今まで隣の部屋が無人だったわけだから、やはりすぐ近くに誰かがいるというのは嬉しいものだった。加えて同年代ということもその要因のひとつなのだろう。

(今度何か持って行ってみようか)

 そんなことを思いつつ、私は投げ出していた作業に戻っていった。すでに日は落ちていて、すぐそばの商店街の灯りが満天の星さながらに輝いている。
 そんなあたたかさの中、遠巻きに聞こえた電車の音が今日に限って、妙に優しいくせにすこしだけ切なく軋んで私には聞こえた。











--------------------
11.02.28

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -