歪んだそれとか、汚いそれとか、本当はいらなかったんだ。壊れちゃえって何度も願ってみたけど結局、ずっと消えなかったわけで。けれどひとつの気持ちに気づいてそれもまた悪くないな、なんて。ふかい、ふかい。その気持ちの名は、  。



「……ボク、心があって良かったと思うんだ」
「どうした、いきなり?」

 本を読みながら――というよりは眺めながら、というのが正確だろう――シークが呟いた。
 彼の本質は詩人である。だから時折、そういった詩的な言葉を吐くことがあった。けれど、知っていることと理解できることは別問題である。
 シークの本意を理解しかねたアイクは首を傾げ、それから声の主に視線を寄越すと、彼は窓際の壁に身をすっかり預けていた。彼はガラスの窓から射す陽光に手を翳して、ぼんやりと自分の手の甲を見つめている。

「別に、大したことじゃないんだけど」
「その割には随分と淋しそうな表情だと、俺は思うぞ」

 素っ気ない言い方だからこその淋しさ、というべきか。細められた瞳の憂いが、アイクにはひどく淋しげに思えた。

「……ボクに、」

 心があって、よかった。シークはそう、繰り返す。そう言って、今度はこちらを見つめてくる緋色の瞳の深さに、アイクは自分の奥深い場所が捕らわれていることに気付いた。

「ボクはね、アイク。少し前まで、心なんてもの……いらなかったんだ……少なくとも、そう思ってた」
「……」

 返答しかねたアイクはシークを見つめるだけ。きっと何か、彼にそう思わせるものがあるのだろう、とは察している。だからこそ、アイクには言葉を返すことができなかった。それを知ってか知らずか、シークは言葉を吐き出す。
 ボクはずっと、ゼルダを守らなきゃ影として支えなきゃって思う一方で、どうしてボクは影なんだろうとか、みんなボクを彼女の影としてしか見てくれないとか思ってた。それはずっと暗くて深くいところで歪みきってて醜くて、ぐちゃぐちゃしてたんだ。そんな気持ちを感じるくらいならいっそ、心なんていらなかったんだ。こんな、ボクになんて。
 一度に吐露された言葉は、宛などもとよりなかったのだろう。シークの視線も空を漂い、どこか虚しい吐息を後に残した。
 アイクは何か言おうとして、けれど意図的に口を閉じた。――何か先を述べようとする彼に気付いて。

「……だけどね、」

 もし心がなかったら、ボクは君とこうやって一緒にいても嬉しいなんて思えなかったし、みんなで笑ってても冷たいままだったんだよね。そう続けて、シークは淋しさに顔を歪めた。
 「そうだな」なんて短くて安直で簡素な言葉しかアイクには言えなかったけれど、恐らくそれで十分なのだろう。

「……うん、だから今、すごく嬉しくてしあわせだよ」
「ああ」

 再び細められた瞳は今度は憂いではなく、幸福によって彩られていた。





ハロー、ハロー
いらなかったそれに、向き合う



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2011.06.30
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