「トリックオアトリート!」

 盛大に扉を開きながら笑顔で高らかに声をあげたのは、普段とは対照的な黒いマントに身を包んだミナキだった。恐らくドラキュラの様相を真似ているのだろう。そんな彼をまじまじと見詰めるのは、そんな彼とはうって変わって涼しい表情をしたマツバ。
 あまりのリアクションの薄さに、ミナキの笑顔も少しばかり曇る。こほん、と咳払いをして気を取り直すと彼はもう一度、「トリックオアトリート!」と告げた。
 数秒待った後にその意味を解したようで、マツバは「ああ…」と呟いて手を叩くと、身近にあったビニール袋から買い置きしてあった飴を数粒取り出してミナキに手渡す。

「はい、トリートで」
「……」

 何の問題もなく手渡されてしまった飴とそれを寄越した当人を、ミナキはもの惜しげに見つめた。マツバは、その視線の意味になんとなく気付くと少し嬉しそうに柔らかく微笑む。

「ミナキくんてば、僕がお菓子を持ってないことを期待してたでしょ」
「……」
「で、悪戯しようとか考えてたりもしてたんでしょ」
「……!」

 無言ではあるが、推測を述べれば少しずつ変わる表情。ミナキはぎくり、という表現が的確な顔で立ったままだった。判りやすいなあ、と呟きながらマツバが笑う。

「……あ、」
「どうした、マツバ?」

 何かを思い出したように呟くマツバにミナキは首を傾げる。マツバはへらりと笑ったまま、ミナキを見詰めて一言。

「トリックオアトリート」
「……は?」
「だからさ、トリックオアトリートだよ、ミナキくん」

 先ほどの自分と全く同じ言葉を返されて、思わず素っ頓狂な声を出すミナキ。しかし先ほどとは決定的に違うことがひとつだけ。

「……ない」

 ミナキは自分がトリックオアトリートと言うことばかりを考えていたため、自分がそう言われることを全く想定していなかったのだった。突如返されたその言葉に、ない、としか返せなかった。

「じゃ、悪戯するよ」

 不本意だとは思いつつも自分が撒いた種である。ミナキは諦めて肩を竦めて承諾の意を示した。
 目を瞑っててよ、というマツバの声に促されるままミナキは目を閉じる。意図的に暗転した視野の中でふと、ミナキは考える。

(マツバがしそうな悪戯って……何だ?)

 ぎゅ。

 次の瞬間、胸元に確かなぬくもり。
 疑うまでもなくそこにいるのはマツバで。

「……悪戯」
「はは……困ったな」

 頬を緩めて笑うマツバに、髪をがしがしと掻きながらミナキは不覚にも赤面するのだった。





トリックシュガー
悪戯もまた甘味なり





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10.10.31

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