かしゃん、なんて乾いた音をたててグラスが割れた。それは私がマツバへの土産に、と買ったグラスであった。ステンドグラス調に伝説のポケモンたちが描かれたそれが、まるで私たちの夢のように、それはもう呆気なく、砕けてしまった。
 ホウオウもスイクンも、あの子に捕まえられてしまったのは、ついこの間のはなしである。

「……マツ、」
「もう、いいよね」

 私の言葉を遮るようにそう言ったマツバは、髪と同じ色をした淡い色の睫毛を伏せていた。
 いつだか私はあのグラスをマツバに見せて、言ったのだ。いつか私たちにもこのグラスのように美しい、あのポケモンが舞い降りてきてくれるだろう、と。そうして新たな門出を祝して杯を交わしたのだった。
 だがそれは「もう、いいよね」というマツバの言葉とともに容易く壊れてしまった。

「……ここで終わろうよ、僕たち」

 ゆるり、と柔らかく笑みながらこちらに向き直るマツバ。私はまるでナイフでも飲み込んだように、胸元が痛くなった。何か不可解なものを燕下してしまったかのように、胸が、苦しい。身体まで鈍色にされてしまったかのように、ギリギリとした噛み合わない心臓の音が鳴っていた。

「それは、」
「さよならしなきゃ」

 さよなら、という言葉に心がざわめいた。マツバがそんなことを言い出す理由が分からなかった。割れたグラスを見遣ると見るも無残な破片と化していた。辛うじて吐き出せた言葉はあまりにも短くて滑稽だ。

「何故なんだ?」
「……何故って、」

 いつまでもこのままじゃ、僕たち可笑しくなっちゃうよ。それともなに、ミナキくんはこのままでいいっていうの?
 一気に言葉を吐き出した後、つらいよ苦しいよ、と取り乱し出してしまったマツバを、私は震えた腕で覆う。マツバはびくり、と驚いたように身体を跳ねさせたものの、大人しく私のなかで収まっている。
 暫くしていると落ち着いたのか、マツバは改めて、静かに言葉を吐き出した。それは気泡のように耳に届いた。

「さよなら、しよう、ね?」

 ――僕たちの夢と。
 そのフレーズに思わず安堵の息が洩れる。私はてっきりマツバに別れ話を切り出されているのかと思っていたがそうではなかったようだ。それを感じ取ったのかマツバは違うよ、と言わんばかりに首を振った。

「……やだな。ミナキくんとさよならなんてできないよ」

 その方が可笑しくなっちゃうでしょ、ね?
 そう言って目を細めるマツバ。まるで同意を促すような言葉尻が、私もマツバも考えていることが同じなのだろうと実感させてくれる。きっと私たちが今さよならをしたとしたら、行く先は黄泉路。けれど、そのようなイフは愚問だ。

「そうだな、私たちはさよならしなくちゃいけないんだぜ」

 いつまでも剥き出しの傷を舐め合って化膿させてしまうことはない。ここいらでいっそ、舐め合いは止めにすべきだ。
 そして今はまだ見えない新しい夢を、私たちは見つけなければならないのだろう。
 割れたグラスの破片が確かに、何処へも知れぬ明日を指し示していた。





で塗った明け





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2011.02.08
title:藍日
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