※暗めです注意!
 丕(→)甄前提の丕←司馬





「――憎いだろう、殺したいほどに」

 眼前でそう囁く貴方に私は返す言葉が見つからなかった。喉元を絞めるよう促された腕には力など入るはずもなく。嗚呼殺したいほど愛しいのです、とそう言えるならばどれだけ救われるだろうか。けれど現実は無慈悲なまでに異なるもので。
 虚空を見つめる貴方の双眸はこちらを捉えようともせずにただ彷徨うだけ。何を映すのですかと問えば、何も映してなどいないと掠れた声が返ってくる。その声音すらぞくりとするほど愛おしいなんて。
 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
 どうしてだなんて分かってるではないかそんなこと。そんなもの、初めからだ。貴方を愛しいと感じたそのときから何もかもが狂っていたのだ。
 試しに添えた腕に弱々しく力を加えると細めた目がこちらに向いた。やっと私を見てくれるのかと思うとその行為に似合わず表情が綻ぶ。けれど貴方が口にするのは私の名ではなく。

「  、」

 分かってはいた。所詮私など都合の良い代用品なのだから。貴方を想うだけ無駄だということも、貴方が本当に愛しいと思うのがあの人であることも。ぜんぶ、ぜんぶ。それでも愛しくて愛しくてしょうがないのに。嗚呼零れる名は私のものではないのだ。
 「殺してくれ」と貴方は言ったけれど貴方はただの利己心で死にたいだけ、あの人のところに逝きたいだけ。そんなの不条理ではありませんか。私だけをおいていくのでしょう? だから言うのだ。殺せませぬ、憎すぎて、と。
 視界が潤んで世界が歪んだ。そして私は自分に言い聞かせる。この感情は憎悪なのだと。愛しいわけがないではないか。私の何もかもを奪って興味本位で遊ばれて飽きたらおいていかれて。愛しいなんて、そんなの。
 はらはらと生温い液体が手の甲に零れ落ちる。きっと貴方はこんな私を見て嘲笑うのでしょう? 歪みきった世界の中で温かい何かが弱々しく私の頬に触れた。
 分かっている、分かっている。お前が私を憎んでいることなんて、と貴方の声がした。ひどく優しくて甘美な声。でも、けれど。こんな言葉が欲しいのではない。「愛しい」と。その一言だけがどうしようもなく欲しくて、そして捧げたかったのだ。けれどその想いは行き場がなくて結局叶うことはなかったし、これからもないのだろう。
 首に添えた腕も向かう先を失いだらりと貴方の漆黒の髪に触れた。さらりとした触感が指先から伝わって、どくんと拍動が強まり妙な気分になる。
 こんな、想いなど。
 悔しくて涙すら拭えない。この涙を拭えば泣いていることを認めてしまう気がするから。そして貴方に、負けた気がするから。





立体
(最初から行き違うだけのふたり)





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2010.10.16

以前書いた文章を丕←司馬風にアレンジ。ずっと甄姫には勝てない仲達がすごくすき。
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