「知ってましたか?」

 目の前でにこりと笑う少女の姿にデンジはゾッとした。幼かった見た目とは裏腹の言葉の流れに。それから細められた目と微笑を湛えた口元に。
 ねえ、知ってましたか? 少女はもう一度繰り返す。
 ミネラルウォーターってキレイな水っぽいですけど実際は必要以上の金属イオンが含まれていて、水道水の方が断然キレイで安全なんですよ。それから、コラーゲンってあるじゃないですか。大人の女の人はコラーゲン入りっていうとすぐ飛び付くけれど、あんなもの経口摂取したって結局分解されるからほとんど無意味なんですよ。ねえねえ、デンジさんは知ってました?
 さぞ楽しそうに事実を並べるヒカリにデンジは言葉を失ったまま、ただただ少女を見つめるばかり。その表情は、呆けているようにも少女を畏怖するようにも思われた。

「なんだか世界って、きたないですよね」
「……それ以上、」

 何も言って欲しくなかった。これ以上今の少女から吐かれる言葉を聞きたくなかった。絞るように出した声は自分でも驚くほどに掠れていた。
 少女は世界を知ってしまった。このきたない世界を。
 純真無垢だった少女はもう世界の真実にころされてしまった。今ここにいるのはまさに世界に汚された天使のようだった。

「……ずるいですよね」

 疲れたように少女は笑う。それから幾らかうんざりしたような声で呟いた。

「おとなって、ずるい」
「……ちが、」
「違わないですよ」

 本当の世界はきたなくて、でもそれをおとなたちは塗り潰して綺麗に見せようとする。知らないことを良いことにきたないことを平然とする。

「デンジさんも、」
「ちがう……そんなんじゃ」
「それが、ずるいんです」

 真っ直ぐに向けられた瞳は嘗ては無垢という色彩が光り、綺麗だった。けれど今や少女のそれは世界で濁っていた。
 デンジはヒカリに腕を伸ばそうとして、止めた。結局自分には何もできないということが分かっていたから。
 よごされた少女はきっともう、どんなに磨いても純白にはならない気がした。





さよならワールド
イデアの世界には、きっともう還ることはできない。





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2010.10.10
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