自分の律動に合わせてマツバの身体がびくびくと跳ねる。まるで陸に上げられた魚のような、痙攣にも似たその動きは、確かに彼が絶頂に上り詰めていく証。
 幾度となく重ねた行為。けれど微かに洩れる彼の吐息と自分の荒い息以外には厭な水音しか聴覚を侵すものは存在していないそれは、静かな違和感だった。

「っ、……!」
「マツバ」
「な、んだ、い?」

 動きを止めてマツバに呼び掛ける。彼は目から溢れた涙も等閑に、苦しげに首を傾げた。言葉を吐くその下唇からは赤色が滲む。覚えた違和感の原因は、これだ。

「唇、」
「……あ、切れてる、ね」

 目で唇を示すとマツバは、手を口元に添え、滲んだ血を確認してそう言った。指先に染みた赤色など、別段気にする様子もなく頬の筋肉を弛緩させる彼が、どこか痛々しく見えた。

「噛むなって、言ってるだろう?」
「だって」

 いやなんだよ、とマツバが小さな声で吐き出して目を伏せる。主語も目的語もない言葉に、今度は私が首を傾げた。彼の切れた唇に沿って、じわじわと痛ましく赤色が溢れていた。
 マツバ。もう一度呼んでみたが目を合わせてくれる様子はない。いやなのは、この行為なのか或いは私自身なのか。目を合わせないのは私がいやなのか。

「違うよ、僕の、声、が」

 不安な心を見透かしたように(否、実際に見透かしているのだろう)告げるマツバの声。痛さのせいか絶頂手前の苦しさのせいで細切れにされた言葉に、はッとする。僕の声がいやなんだと、目の前の唇が形作る。それを吐き出すマツバの瞳がひどく悲しい色を呈しているように見えた。
 そんなことを、思わないでほしい。少なくとも私はマツバの心も身体も声もいとおしく思っているのだから。
 思考するよりも早く、自分の唇が触れたのは、いとおしい彼のそれだった。愛情を表現するように、食むように口づけるとそれは微かに鉄の味がした。





ルージュの味





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10.09.21
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