夕暮れのエンジュに長い影。それを辿った先には、ミナキくん。彼が帰ってくるのは分かっていた。だから僕はこうして街の外れで彼が現れるのを、ただ待っていた。

「おかえり」
「……」

 逆光のせいで、ミナキくんがどんな表情をしているのかは僕にはよく分からなかったけれど、沈黙に含ませた感情は痛いほどよく分かる。
 なぜなら僕は、その気持ちを知っているから。心にぽっかり穴が空いたような、虚しくて何かが足りない、その気持ちを。
 依然として閉口するミナキくんとの距離を一歩ずつ縮めていく。一歩、また一歩と短くなる二人の距離が少し痛々しく思われた。そしてまた一歩。立ち尽くしたままのミナキくんを、そっと抱き締める。心臓の音が痛い、イタイ。

「……っ」
「分かってるよ」

 何かを言いかけて唇を噛んだミナキくんを、言葉とともに抱き寄せる。すると僕の背中にも彼の腕が回されて、もっと二人の距離が縮まった。

「マツバ……お前も、こんな気持ちだったんだな」

 やっとミナキくんが発してくれた言葉は少し震えていた。こんなミナキくんは、痛々しくて見ていられない。けれど今の僕には、無言で頷くくらいしかできなかった。何を言えばいいのか分からなかった。

「こんな気持ちのお前を、私は」

 ずっと今まで待たせていたんだな。
 申し訳無さそうにミナキくんはそう続けた。けれど別にそれはどうだってよかったんだ。ミナキくんが僕と同じ、こんな気持ちを味わうことがなければそれで、よかったんだ。
 だけどこうなることを、薄々気付いていたくせに、それでもそうならない未来に期待を抱きながら、僕は彼を待っていたんだ。

「……よかったんだ。別に、帰ってこなくても」

 君がこんな気持ちを味わうくらいなら、僕が君を待つのくらい何でもないのに。

「何がよかっただ、莫迦」

 そう言ったミナキくんの声は、やはり少し震えている。見上げると、彼は今にも泣きそうな顔で僕を見詰めていた。
 ぱちりと目が合うと、ミナキくんは先程の表情を、優しい微笑みで塗り潰して口を開く。

「ただいま」
「……おかえり」

 何もかも傷だらけ。だけど彼が笑うから、僕も笑う。
 その笑みは未だぎこちないけれど、いつか自然に笑えることを、祈る。





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還るべき場所、ただいまと言う





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10.09.11

スイクンを主人公に捕まえられちゃった後のミナキさんは一体どうなるんだろうって妄想の産物でした。
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