天恵物語
bookmark


第八章 17

地下水路の奥の奥――。
リタは更に地下へと続く梯子を見つけた。
梯子の周囲は水に濡れており、アノンの通った跡があった。この下にいることは間違いない。
意を決して梯子を下ろうとしていたリタに、サンディがぽそっと不安そうに小言を言った。


「あのさ、今更なんだケドさー……一人で突撃したりして大丈夫なワケ? アルティナもカレンもいないのに」


「うっ……それは、」


はっきり言って、かなり不安である。もしも戦いにでもなった時、リタ一人で対処出来るかどうか。それも、戦う相手は果実を食べて魔物化したドラゴンもどきな巨大トカゲである。


「大丈夫……だよ。多分……」


「……いや、だったらもっと自信持って言いなさいヨ!」


心もとなさすぎる。


「ご、ごめん……。でも、二人を待ってたら女王様が……」


ぽろりと零れた言葉にふと気付く――アルティナ達がここへ来てくれることを前提に考えていた。
憶測ではない、確信である。無謀にも一人でアノンを追うリタを、アルティナとカレンは追いかけて来てくれるだろう。二人はいつだって頼りになって、リタに力を貸してくれる、大切な仲間だ。リタが天使だと知っても敬遠せず、信じてくれている。だから、だろうか……天使の自分が、人間と隔たりを感じたりせずに接することが出来るのは。
梯子を下りきると、そこは今までの水路とはうって変わって簡素な構造となっていた。道は二つに別れており、片方は崩れて瓦礫に行く手を塞がれていた。瓦礫の奥からは女王の助けを求める声がかすかに聞こえてきて、焦ったリタはもう片方の通路へと急ぐ。こちらの道は崩れていることもなく無事に通れるようだ。
奥に、女王とアノンの姿が見える。「女王様!」とリタが叫んだのとほぼ同時に、アノンが喋っているらしい声が聞こえていた。


「……なぁ、ユリシスはん。わてと一緒にこれからスウィートな人生を……」


「……?!」


一瞬、声すら出なかった。


(す……スウィート?)


いや、違う。他に驚くことはもっとある。


「と……トカゲが喋った!!」


「あー、まぁ……女神の果実食べちゃったんだもん、ネ……」


隣で、サンディが苦々しい笑みを引きつらせていた。
女神の果実は、動物が人間の言葉を喋ることも可能にしてしまうのか。もはや、女神の果実に叶えられないものはないように思える。
だが、果実には確実には大きな落とし穴がある。場合によっては、果実を口にした者の願いを歪めて叶えてしまうこともあるのだ。
――今回も、そんな気がする。


「た、助けて……。ア……アノンがものすごい勢いで言い寄ってくる……」


女王がすがるような目でリタに助けを求める。すると、女王を口説く(?)のに夢中だったアノンもこちらに気付き、「あっ」と声を上げた。そして怒濤のごとく、喋り出す。


「お前はっ! わてを草むらから連れ戻した、あのけったいな旅人やないか! お前のせいで、あの木の実を使ってわての夢を叶ようっちゅう計画が台無しになるとこやったんやで! 全く、カンケーない旅人のくせに前触れもなくぽっと出て来たりするなっちゅーねん!」


びしぃっと指差したつもりなのだろうが、実際は鋭い爪を向けられた。アノンを捕まえたのは正確にはアルティナなのだが、発見したのはリタだったので、アノンからしてみればどちらも“計画を邪魔した旅人”であろう。
アノンの訛り混じりの追及に圧倒され、リタは困惑するばかりだった。


「木の実って……え、女神の果実のこと?」


「つーか、何でアノ果実に願いを叶える力があること知ってんのヨ」


「そこはアレや、動物的ホンノーっちゅうヤツや。あの木の実を食べたら人間になれる、っちゅうな! そんでわては人間になったんや。どやっ、イケメンやで〜」


「……えぇっと、」


……イケメン?
こんな時であるのに、リタはウォルロ村のニードを思い出してしまった。元気でやっているだろうか。そういえば、最近ウォルロ村に顔を出せてなかった。今度、ウォルロ村に行くついでにニードの宿屋にも寄ってみよう……じゃなくて。


(人間……って、言った?)


アノンの願いは、人間になることだった。そして、果実に願った結果がこの訛り言語を操る巨大トカゲである、と。


「まっ、ちょっとカッコ良くなりすぎて、ユリシスはんもタジタジやけどな」


得意気に語るアノンは冗談を言っているわけではなさそうで、どうやら本気でそう思っているらしい。
そんな様子を横目に、サンディがひそひそと耳打ちしてきた。


「……や、ヤバイよリタ。コイツ、このカッコで自分のこと人間だと思い込んでるって……」


「う、うーん……」


どこからどう見ても人間ではないと断言出来るのだが……言い出しにくい上、どう説明したものか。


「ハ〜ン? 何か言うたか? そんなことよりもな、お前ら何しにきたんや? 長年想い続けてきたユリシスはんと一緒になろうっつう、わてのジャマしに来たんか?」


アノンの目的は、女王を襲うことでもさらうことでもなく、口説き落とすことであったようだ。気抜けしたリタだったが、女王が何ともないことにひとまず安心した。
後はアノンをどうにか説得すれば事は収まる……はず、だが。


「ハァ? あんた、女王サマのことが好きだったってわけ? トカゲのくせに?」


「さ、サンディ……!」


なぜそこでアノンを刺激するようなことを言うのか……。
片眉を上げたサンディは「何言ってんのアンタ」とスッパリ言い切った。トカゲが人間の女王と結ばれると思っているのか、と言外に言っているようなものだ。
その一言が、アノンの逆鱗に触れたらしい。地雷を思いきり踏んづけたようだ。


「じゃかぁしいっ! ようやく人間になれて、そのチャンスが巡ってきたんや! わてのジャマするヤツは許さへん……許さへんぞーーーーッ!!」


アノンが腕を振り上げた。あの鋭い爪で引っ掛かれれば一巻の終わりだとすぐに分かる。さっと脇に避けたものの、リタのいた壁際は腕を叩きつけられたことにより壁が壊れ、瓦礫が崩れ落ちた。えぐれた部分からは地中の土の壁が見え隠れしている。


(あれをまともに喰らったら……死ぬ、かも)


その破壊力を目の当たりにして、ぞっとする。
どうしよう、と頭を悩ませる。今回は話し合い次第で何とかなりそうなのだが、頭に血が昇った今のアノンには何を言っても無駄だ。女王は動けそうにもない。戦うしかないのだろうか。
扇を構えてはみるものの、攻撃を与えるのはかなり難しそうだと思った。トカゲ特有の鱗に覆われた皮膚が、魔物化した今は強固な守りと化している。この扇で、巨体のアノンにダメージを与えることなど出来るだろうか。


(それでも、やるしかない)


扇を握り直し、アノンに挑む。










(人間になりたいトカゲ)
17(終)



―――――
アノンの表皮は固いんだと信じてる←


prev | menu | next
[ 215 ]


[ back ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -