第四章 01
天の箱舟で、天使界から再び地上へと舞い戻った直後のこと。
「おい、いったいどうなってるんだ。オレ達はわざわざ遠くから転職に来てるんだぞっ!」
「んだんだ。なけなしの金はたいて旅してきたのに、転職出来ないってのは酷いでねぇだか!」
「わしゃあメイドさんになるために頑張ってここまで来たんじゃ! メイドさんになるまで、ここを動かんぞいっ」
戻って早々、事件の匂いがしていた。
ちなみにリタがいるこの場所は、転職をするために多くの人々が訪れるという、ダーマ神殿である。
青い木に導かれるままに地上に下りると、ちょうどそこは地図のど真ん中に位置するアユルダーマ島。
そして、これまた島のど真ん中に建つダーマ神殿は今、ただならぬ異様な空気に包まれていた。
「申し訳ありません、皆さん。ただ今、大神官様が不在でして。もうしばらくお待ちを……」
そう言ってペコペコと頭を下げているのは、どうやら大神官の補佐役をしている神官らしい。
どんなに頭を下げても、それでも納得できない漁師風の男は、なおも神官に野次を飛ばしていた。
「そう言って、もう何日経ってる?! いつまで経っても大神官は帰ってこないじゃないか!」
「本当に申し訳ありません。どうか、もうしばらくお待ちを……」
謝り倒す神官を罵倒したところで何も解決しないと悟ったのか、文句を言いつつ転職を希望する人々は散り散りに去っていった。
最後に残った神官は、疲れきったような溜息をつくと、自分も職務に戻ろうとその場を離れようとトボトボ歩きだした。そうとうお疲れのようだ。
「あ、あの……!」
思い切って声をかける。
げっそりとした顔の神官が振り返った。目の下にはクマも出来ている。眠れない日々が続いているのだろうか。
「おや、あなたも……転職をしに来られたのですか?」
「いえ、そういうわけではないんですけど……」
「あぁ違いましたか。良かった……」
目に見えて神官の肩が下がった。たくさんの人達とこのようなやり取りをしたに違いない。そして、その大半は転職を要求する者達だったのだろう。そのつど、事情を説明しなければならなかった神官の気苦労と言ったら、計り知れないものがある。
疲れているところを悪いのだが、しかしリタにはどうしても聞かなければならないことがあった。
「転職じゃないんですけど、お聞きしたいことがあって……。光る果実をご存じではありませんか?」
「光る果実ですか? ……むむ、そういえば大神官様がそのような果実を転職に来た者から受けとっていたような」
「本当ですか?!」
早速、果実に関する情報を得ることができ、リタの顔に喜色が浮かぶ。
意外と楽に果実を取り戻すことができるかもしれない。
「はい、その者はまだこの神殿に留まっていたと思いますので、話を聞いてみるとよろしいでしょう」
「はい! ありがとうございます」
上機嫌に返事をして神官にお礼を言うと、神官とはそこで別れ、早速女神の果実の情報を得るため神殿内を歩き回る。
もしかしたら、女神の果実を持っている人がいるかもしれないのだ。気楽に考え、探索しがてら人々に聞いて回っていたリタであったが……
「はい? 光る果実……? あぁ、それなら見たことありますよ。この間、お昼を食べに来た大神官様が持ってきました。デザートに食べるから、皮を剥いてくれって頼まれたので、食後にお出ししました」
しかし、そう簡単に上手くいくワケないのが現実であった。
決定打は神殿内に備え付けられた酒場の前にいるメイドの証言にある。
いろいろ聞き回ったところ、このメイドに訊ねるのがいいだろうと果実を拾った武道家に勧められたのだ。
そこで言われた通りメイドに果実について質問した後の、結果は後の祭りであった。
「えぇっ、食べちゃったんですか?!」
「はい、大神官様は果物が大好物らしいんですよ。もしかして、あの果実は食べてはならないモノだったんですか……?」
早くも前言撤回。物事はそう簡単に上手く運ぶことは無かった。
(女神の果実を食べちゃうとか……そんなこと、ある……?!)
これは、なかなか面倒なことになりそうな気がする。
そんな予感がしてならない、リタなのであった。
(ていうか、女神の果実って食べるとどうなっちゃうの?!)01(終)
―――――
食べると、とんでもないことになるんですね。
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