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「過去、各国の学者によって研究されたこの歴史書は、過去の不明確な史実を明らかにし、整合性をもたらした。未来の記述は様々な憶測が為され、未来をこの歴史書に書かれる通りにはすまいとしたが、神は運命の改竄を許さなかった。そして、この歴史書はこの世から姿を消した。あまりにも危険だから」
神父様は、そっとテオを離し、向き合った。
「これは原本ではない。複製本なのだよ。正確な複製本だということは保証するがな」
肩においていた手を下ろし、神父様は深緑色の本を見やった。
「我が教団は、ヴァーミリオンと名乗り運命を変えることを試みている」
視線をテオに戻し、神父様は言った。テオは目をそらさず、神父様を見返した。
「テオ、教団に入らないか」
「神父様……!」
神父様の言葉に、後ろにいたシスターがテオを心配するような表情で言い、テオと神父様を交互に見た。
「運命を変えてみようとは思わないか」
それでも尚、神父様は続けた。
テオは、ただただ驚いていた。歴史書を読み、一度は恐怖と絶望にうち拉がれた。けれど、
「運命を、変える……」
「ああ」
テオは、深緑色の本を見た。
物心ついた頃、既に母は居なかった。父は、争いの中テオを庇って死んだ。
避けられない、不変のものだと思っていた。それを、何度呪ったのかわからない。
「無理に、やろうとしなくても良いのよ」
そっと、シスターが言った。
「……僕、やるよ」
テオは、シスターを見て、それから神父様を見た。
「もし変えられるのなら、変えたい。僕は、この教会がなくなるのは嫌だ。みんなが、大切な誰かがいなくなるのはもう嫌だ!」
「よく言った、テオ」
神父様はそう言うともう一度テオを優しく抱きしめてから、地上へと促した。
一階の、近づいてはいけないと言われていた扉から出た三人は、そのまま神父様の部屋へ移動した。
神父様は机の引き出しから出した赤い色の宝石の付いた首飾りを出し、それをテオの首につけた。
「これは?」
「ヴァーミリオンの一員だという、証だ」
テオはそっと持ち上げ、光に反射するその石をじっくりと眺めた。
「不思議な石だろう。太陽の光に当たると、たまに黒くなるんだ」
窓の外から差し込む陽光に当てると、確かに所々黒くなるのをテオは見つけた。
「その石があれば、我らヴァーミリオンは全力で君をサポートする」
斯く言う私も、昔は運命を変えようとした一人なのだ。
神父様はそう言って、苦笑した。
「ただし、我らと正反対の志を持つものもいる。それはラザードと言う」
「ラザード?」
「歴史の改竄を許さず、運命を変えることを良しとしない。我ら教団が運命に抗おうとする朱き炎ならば、奴らはそれを守ろうとする蒼き氷だな」
「朱と、蒼。炎と、氷……」
「相反するということだよ」
「僕らの、敵」
「そうだ。気を付けなさい」
「はい」
「出発は、テオの心の準備ができた時でいい。支度は我々が整えよう。もし持って行きたいものがあれば、言いなさい」
「、はい」
そう返事をしたあと、神父様はテオを力強く抱きしめた。部屋を出る前に、泣きそうになっているシスターに優しく抱きしめられた。もし母さんが生きていたら、母さんはこんな感じなのだろうかと思った。
その晩、テオは父の背に刺さっていた敵の剣を抱え、教会の近くの小高い丘の上に座っていた。
夜空には星が無数に煌き、月は丸く自身の存在を主張している。
「父さん、母さん……」
膝を立て、テオは腕の中に顔を埋めた。
「……イージドール……父さんの、敵」
歴史書を読み、父を失ったのはイージドールとの内紛だとわかった。
そろそろ夜も更け、月は真上に登る。テオは寒さに思わず震えた。
顔を上げ、剣を抱えて立ち上がり、夜空を見上げて深呼吸をした。
「父さん、待っててね。僕が絶対、敵をとるから……」
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