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「1688年、神聖ゴルダ帝国はローラント将軍率いるゴルダ軍一万三千、停戦条約を破り軍事境界線を越えイージドール自治区へ侵攻。ゼバスティアン王国が第三騎士団、第四騎士団各八千、をイージドールへ派遣、ゴルダ軍を相手に開戦。1689年、神聖ゴルダ帝国の劣勢に、セバスティアン王国と対立していたマルセーロ王国、セゴビア王国がゴルダ側で参戦を表明……」
神聖ゴルダ帝国とは、世界の北方に位置する広大だがそのほとんどが雪と氷、そして自然という国。イージドール自治区とは、聖戦時代に併合されたイージドール公国が、長い時を掛けてゴルダに独立を訴え、五年前に自治権を獲得した。
その時、イージドールに手を貸したのが、この世界で最も豊かな国と言われるセバスティアン王国。ゴルダには及ばないが、広く豊かな土地を持つ。その国力にあやかろうと味方も多いが、国王の強気で傲慢な性格から敵も多い。その敵の最たるものが、マルセーロ王国とセゴビア王国である。
マルセーロ、セゴビアは共に土地は小さいが、各々その土地特有の文化と技術を持ち、その技術や、その技術を利用して作ったものを他国に売ることで利益を得る国だ。だがその技術も、今はセバスティアン王国に負けそうになっている。
世界の主要な国が、ゴルダを中心に戦争を始める。それは、
「世界戦争が、始まる」
今テオがいるこの教会は、イージドールとの軍事境界線のすぐ近くの街にある。つまり、戦火の中心となりかねない場所なのだ。このことを、見過ごせるはずがない。
テオは、一ページ一ページ、一字一句逃さぬよう読み進めた。終戦や停戦、休戦など、とにかく戦争の終わりを示す言葉を探して。
しかし、無情にもその言葉は最後まで見つからなかった。あるのは崩壊、消滅、壊滅といった絶望的な言葉ばかり。
「1694年、何もなし……」
もはや、始めのようにはっきりとした声は出ず、口をほとんど動かさず、呟くような声でしかない。
「1695年、……」
最後の項目を見て、テオは思わず自分の目を疑った。唇は震え、うまく声を出せない。
「せ、……世界の終焉が、訪れる……」
そっと本の裏表紙を閉じると、テオは自分の手が震えていることに気が付いた。
「っく、」
力強く手を握り締め、口元へ持っていく。鼻の奥がツンとして、泣きそうになっていた。
「これ、は……」
本物なのだろうか。
昨日読んだ聖戦時代のものは、多少聞いた話と違うところはあったが、ほとんどは自分の知っている通りのものだった。そして、今日読んだ最近の出来事は、知っていることと同じことが間違いなく記載されていた。
父を失った、あの殺戮の日々がフラッシュバックする。
もしこれが本物で、未来の記述がほんとうであるとすれば、
「怖いっ……!」
膝を立て、本を自分の体と足の間に挟むようにして、テオは膝を抱え込んだ。
「誰か、居るのかね」
遠くから声が響いてきて、テオは腕に埋めていた顔を上げた。
「神父様……」
テオは急いで立ち上がり、本をもとの場所に戻した。そしてカンテラの明かりを消す。
「……テオ」
消した途端、別の明かりがテオを照らした。
「神父、さま……」
テオは最新の証明器に照らされ、眩しさに目を細める。照明器の明かりが絞られ、顔の高さから下げられた。「テオ、こんな所でなのをしているの」
「シスター、」
神父様の後ろから、この教会のシスターの長が現れた。
「地下へ入ってはいけないといってあったでしょう」
「ご、ごめんなさい……」
テオは一歩後ずさった。
「どうやってここへ入ってきたのだ。扉には鍵が掛かっていたはずだが……」
「中央塔の、一番上の部屋から……」
「ああ……あの部屋か……まさか、見つかるとはな……」
神父様はため息をついて、中指でメガネの位置を直した。そしてシスターに視線をやる。
「鍵を作らせておきます」
「頼んだよ」
神父様の眼鏡に、照明器の光が反射して白く光った。
「さて、テオ……その本を、読んだね」
そう言って、神父様はテオの読んでいた深緑色の本に視線をやった。
「この本だけ、埃が付いていない。全て読んだのだろう?」
テオは神父様に怒られるのを覚悟し、ゆっくりとした動作で頷いた。そしてそのまま、神父様の視線から逃れるように俯く。
「そうか……」
ため息を付くように、神父様は言った。
「……神父様、」
「なんだい?」
テオは、勇気を振り絞って、つま先を見つめていた視線を上げた。
「この本は、……この本に書かれている史実は、本当のことなのでしょうか」
神父様を見上げて、テオは訪ねた。そして、神父様の目が、思っていたよりも優しかったことに驚いた。
「テオ……」
神父様は照明器をシスターに預け、無骨な手でテオの目の下をそっと撫ぜた。涙の跡を、拭うように。
「泣いたんだね……」
そう言いながら、神父様はテオの頭を引き寄せ抱きしめた。
「あれらは全て、真実だ」
神父様は、テオが息を呑むのがわかった。そして、また涙を流し始めたのも。肩のあたりの布が、濡れるのがわかった。
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