::えーうそーやだーほんとーすごーい


 『ナマエ嬢に緊急任務。飲み物が不足しているので至急購入してこちらに来られたし』

 スマートフォンを確認すると、ノエル・シャルトーからそんな内容のメールが送信されていた。

 『了解致しました』

 返信をしながら、この集まりは彼是何回目になるだろうと考えた。
 今回は料理教室を兼ねたホームパーティーのような会とのことだ。メニューはカレーライスに、豪華なフルーツポンチ。あとは酒のつまみが少々。
 私はどうしても片づけたかった仕事があったので、一人遅れての参加となった。
 足早に現場に向かう。ほどなくしてとある高級マンションにたどり着く。そこが会場だ。うちの財団が貸し切ったものなので、勝手は知っている。エレベーターに乗って、最上階へ。降りて部屋の前でチャイムを押す。

 「やぁ、ナマエ嬢。お疲れ様」

 扉を開けて出迎えてくれたのはメールの差出人のノエル・シャルトーだ。今日はギャルソンのような格好をしている。すらりとした体型の彼女によく似合っていた。

 「到着が遅れてしまい申し訳ありません。ノエル・シャルトー様」

 出迎えの言葉に返事をすると、ノエル・シャルトーは困ったように唇を歪ませて苦笑した。

 「いい加減その呼び方は止めてくれよ、ナマエ嬢。フルネームに様づけなんてむず痒いったらないよ……」

 「では、シャルトー様」

 「大して変わらないよ」

 やれやれといった様子で肩をすくめる彼女を横目に、私は靴を脱いで部屋に上がる。

 「相変わらずのお堅さだよね、君は。まるで超合金だよ」

 「強そうでいいじゃないですか」

 「私は女の子はやわらかい方がいいなぁ。色んな意味で」

 「……ご理解下さい、シャルトー様。これは私なりのけじめです。皆様がジョースター家の関係者、協力者である以上、SPW財団の人間としては、おいそれとお名前をお呼びになるわけにはいかないのです」

 彼女の何か含みのある冗談はこの際スルーして、真面目に返答させてもらった。元々こういう会話は得意な方でもない。

 「…………つれないねぇ」

 ノエル・シャルトーは眉を下げ目を細めて溜め息混じりにそう言いながら、リビングダイニングキッチンへ通ずるドアを開け、私に先に入るように促した。レディファーストという事なのだろう。

 「おー、熊ちゃん! 遅かったじゃないの」

 部屋に入ってすぐ声をかけてきたのはラン・ヴェストルである。声で判別しなくとも、私を熊ちゃんだなんて呼ぶのは彼女しかいないのだが。

 「どれどれ……あ、さすが世界的財団の秘書。いい酒仕入れてくるねぇ」

 ご機嫌な様子で紙袋の中身を物色する彼女は黄色いバンダナに若草色のエプロンを身に着けていた。まるで小学校の調理実習のようなアイテムだったが、見事に着こなしていて、そのような野暮臭さは感じなかった。

 「まぁ、これくらいは。何か手伝うことはありますか?」

 「いいよいいよ! ナマエちゃんはくつろいでて!」

 「お仕事のあとでお疲れでしょう?」

 「あとはカレーだけなの。材料もほとんど切ってあるし、心配ないわ」

 「驚くようなスペシャルカレー作ってあげるから待っててね」

 細場綯子、タッツィーナ、仁環碧、嵐堂伊緒が順番にそう答える。そして、それに繋げるように力強く頷いたのは伊瀬要だった。調理場ということでいつもの筆談のための道具は持っていないようである。彼女らもラン・ヴェストルと同じような格好で調理を行っていた。

 「はぁ……では、お言葉に甘えて」

 私に気を使ってくれているのだろう。それを無下にすることはない。私はひとまずリビングのソファーに腰掛けて出来上がりを待つ事にした。
 すぐに後ろからカレーを作りながらの会話が聞こえてくる。

 「カレーってちょっとチョコレート入れるといいんだよ」

 「トマトはどうですか? 従弟に頼んで送って貰ったんですよ」

 「りんごも入れようか。すりおろしてさ」

 「牛乳入れてクリーミーにしようよ!」

 「要ちゃんどう? 要ちゃんからOKサイン出ました! 全部入れよう!」

 …………急に不安になってきた。スペシャルカレーじゃなくて闇鍋の間違いではないのだろうか。

 「心配するなって、熊ちゃん。綯子は料理が上手だし、要はカレーにうるさい上に味見係だから、変なもんなんて出来たりしないよ」

 「出来たとしたら、それも一興」

 銀髪二人組はどこ吹く風といった様子だった。こんな状況では私がやかましく騒ぎ立てても意味はなさそうである。

 「では、飲み物ぐらいは私に用意させて下さい」

 クラッカーにチーズ、ドライフルーツにナッツが並ぶテーブルに持ってきた酒やジュースを並べる。

 「ナマエ嬢の本日のおすすめは?」

 「良いミントが手に入りましたので、それを使ったカクテルはいかがでしょうか?」

 「じゃあモヒート頂こうかな」

 「私も同じやつ」

 「かしこまりました」

  氷が溶けて味が薄くなっては困るので手早く用意する。

 「……未成年とは思えない程の手際の良さだよね」

 「SPW財団代表の秘書たるもの、この程度のことが出来ないでどうします?」

 「いやいや、そうではなくて……」

 「今は、飲酒していませんよ。ボスの顔に泥を塗るわけにはいきませんから。持って来たものも財団で用意したものですし」

 「今は、って熊ちゃん昔は飲んでたんだ〜、悪い熊ちゃんだね〜」

 「否定はしません」

  会話を交わしながら、マドラーで酒を混ぜる。

 「出来ましたよ」

 「…………」

 「…………」
 何故か難しい顔をして黙る銀髪二人組。

 「どうしました?」

 「どうしましたって……ねぇ……」

 「ねぇ……」

 また二人は同じような顔で苦笑して顔を見合わせていた。
 そしてラン・ヴェストルは頭の後ろに手を回す。

 「なーんか、熊ちゃんってさ。クソ真面目っていうか、仕事バカっていうか、素直じゃないっていうか、頑固ちゃんっていうか、お利巧ちゃんっていうか……友達いないでしょ?」

 「まぁ、必要に感じたことはないですね」

 「これだもんなぁー!」

 何が気に入らないのかオーバーリアクションをして露骨に残念そうにするラン・ヴェストル。
 …………私に何を望んでいるというのだ。

 「お二人が言いたいことって、そういうことじゃないと思いますよ。ナマエさん」

 「そうそう」

 ソファーの背もたれが僅かに沈んだので振り返ると、タッツィーナと仁環碧が肘をついて寄りかかっていた。

 「そういうことじゃない、とは、どういうことでしょうか?」

 「うーん、私達もつい忘れがちになってるけどさ。ナマエちゃんって実はこの中だと一番年下だったりするじゃない?」

 「…………1部の人間なので、本来ならば皆様の中で誰よりも年長なのですが」

 「メタい。メタいよ。ナマエちゃん」

 まぁ、この際細かいことは置いといて、と仁環碧は続ける。

 「私達、お姉さんの身としては、もっと素直になって欲しいというか」

 「はしゃいで欲しいというか」

 「甘えて欲しいというか」

 「からかい甲斐のある反応が欲しいというか」

 「それはヴェストル様だけでしょう」

 明らかに一人だけ要望がおかしかったのでつっこんでしまった。というか、何だ、この四人の妙なチームワークは。

 「でも、もっと気軽に楽しんで欲しいと思ってるんですよ。例えばあの三人みたいに」

 タッツィーナがのんびりとした優しい声でそう言いながら、キッチンを指さした。彼女の示す先にはカレーが煮えるのを待ちながらわいわいと何やら楽しげにしている嵐堂伊緒、細場綯子、伊瀬要の姿。

 「ねぇ、パプリカを星型にくり抜いてカレーに乗っけようよ」

 「星型? ひとで型じゃなくて?」

 「どっちでも同じじゃん」

 「いや、自己暗示で大分違って見えるよ……要ちゃん、クッキー型あった?」

 随分と可愛らしい会話だった。いや、実際にかわいいのだ。彼女等は。
 その年に相応しい、振る舞い、可愛らしさ。
 そこで自分は、と考える。比べる。そして、悟る。自分にはあのような振る舞いは不可能だと。

 「……申し訳ありませんが、私には、とても」

 と、そう言いかけた時。

 「ねー! ナマエちゃん! 小さいナイフってどこ!? 包丁じゃパプリカ綺麗に星型にならなくってさぁー!」

 嵐堂伊緒が大きな声で話しかけてきた。

 「え、あ、あぁ、はい……ナイフですか」

 これ幸いと、私はソファーから立ち上がり、キッチンに向かう。
 この部屋はSPW財団が提供したものだから、なんでも揃っているはずである。
 なんでも揃っている、ということは数が多いということなので、探し出せないのだろう。
 ならば、私の持っているナイフを貸す方が早い。私はいつものように裾に隠してあるナイフを取り出す。

 「嵐堂様、どうぞ」

 「…………」

 彼女は黙ってナイフを凝視している。

 「……何か?」

 不安になって呼びかける。すると。

 「すごい! すごいよ! 今のどうやったの!? 手のひらから突然出てきたよ!?」

 目をきらきらと輝かせてはしゃぐ嵐堂伊緒に、私は正直戸惑っていた。眩しい彼女を直視出来ないので目を逸らしてしまう。

 「どうも何も……私は仕舞っているものを取り出しただけですから……」

 「ちょっと待って! 悔しい! もう一回! もう一回やって! 今度は仕掛け見抜くから」

 「そんな大したことじゃないんですよ。皆さんの能力とかの方がよっぽど……」

 「能力じゃないからすごいんじゃない! ねぇ!」

 嵐堂伊緒は後ろを振り返って細場綯子と伊瀬要に同意を求めた。二人ともうんうんと頷いた。

 「ナマエちゃんはね、自分を過小評価しすぎなんだよ。私も、もう一回見たいな!」

 同じ意見だ、と言うように細場綯子の言葉を聞いて伊瀬要は微笑んでいる。

 「そ、そこまで言うなら僭越ながら……」

 私は何回かナイフの出し入れを披露した。その間中、斜め後ろからの4つの生暖かい視線を感じて非常にやりにくかったが。

 「う〜ん」

 眉間に皺を寄せて腕を組んで嵐堂伊緒は唸る。その次に一瞬目を瞑って空を仰いだ。

 「あー、もー全然分かんない! 何回見ても手の平から召喚されてるようにしか見えない!」

 「何度も言うようですが、裾から出してるだけなんですよ」

 「分かってるのに分かんないから悔しいんじゃない。私こういうの得意なのになぁ……でも、ありがとう! 珍しいもの見れて楽しかったよ!」

 そのように礼を言う彼女が余りにも屈託のない笑顔を私に向けるので、なんというか、気持ちが緩んでしまった。

 「いえ……私も、正直悪い気はしなかったです。ありがとうございます。伊緒さん」

 そう。気持ちが緩んだのがいけなかったのだ。
 その所為で自分が守っていたけじめをあっさり破ってしまい、あまつさえそれに数秒間気付かなかったのだ。気まずい沈黙が訪れたことによって私は己の失態を自覚した。

 「…………あっ! ……あ、あの、今のは、ちょっと空気に流されてっ……気の迷いというかっ……すいません、忘れてくださ……」

 「やれば出来んじゃん、熊ちゃん!!」

 「そうそう! そういうことなんだよナマエ嬢!」

 「そうですよ! いきなり変われなくても少しずつ距離を縮めればいいんですよ!」

 「大きな前進だね、ナマエちゃん!」

 「止めて下さい! 気の迷いだと言ってるでしょうが!」

 生暖かい視線を送っていた四人が急に騒がしく話しかけてきたため、ますます羞恥心がこみあげてきた。
 ふとキッチンにいる三人を見ると、また違った意味で気まずい視線を私に送っていた。詳しく言うとさっきよりも眩しい視線だった。

 「ナマエちゃん! 嬉しい! やっと名前呼んでくれたね! もう一回! もう一回呼んで!」

 「も、もう一回はさっきのナイフで十分でしょう!」

 「伊緒ちゃんばっかりずるい! ナマエちゃん私の名前も! な・え・こ! ほら、言ってみて! な・え・こ!」

 「その知能指数が少し高い雪男に出会って自分の名前を言わせるような促し方はやめて下さい。細場綯子日本人学生様」

 「MAX他人行儀! ひどい! つらい!」

 「まったく、もういいじゃないですか、私の人の呼び方なんて…………?」

 細場綯子の対応をしていたら、突然服の裾を引っ張られた。
 振り返ると、伊瀬要が、私をじっと見つめていた。

 「…………」

 視線で何かを訴えている。
 彼女の表情や行動は、時より筆談、いや、人間の言葉以上に雄弁に語る。
 今度は少し目を潤ませて、小首を傾げてきた。

 「…………はぁ」

 私は諦めた。声を発さない彼女の頼みは、ことさらに断りづらいのだ。

 「…………要、さん」

 要望通り彼女の名を呼ぶと、ぱあぁっと表情が明るくなってにこにこし始める。
 とりあえず一安心……というわけにもいかず、今のやり取りを見た細場綯子が再び私に名前呼びを要求してきた。

 「ねぇ、ナマエちゃん! 私は!? 私は!?」

 「い、今のは、特例です。諦めて下さい……」

 「あんなやり取り目の前で見させられて諦めろなんて酷だよ! ナマエちゃん一回! 一回でいいから!」

 「っ……もう! しつこいですよ、綯子さん! なんで私がこんな恥ずかしい思いを何度、も………………」

 私はまた感情に流されて墓穴を掘ったようである。顔が赤くなるどころか、青くなっていそうなほど、自分の血の気が引いていくことが分かった。

 そんな私とは対照的に、にやぁ〜っと嬉しそうに細場綯子は笑う。

 「うふふ。ナマエちゃんに名前呼んでもらっちゃった。うふふふふ」

 「いや、ちが……い、今のは、貴方が、その、なんというか、勢いで、本意ではっ……」

 「ねぇ、ナマエちゃん。ツンデレって言葉知ってる?」

 「私に変なキャラ付けをするのは即刻お止めなさい!!」

 「いや、熊ちゃんって割と最初からそんな感じだったよ」

 「ヴェストル様は黙ってて下さい!! 本当にもう、いい加減にっ……」

 あとほんの少しで堪忍袋の緒がきれそうだった。が。

 「みんな、やばい! カレーが吹きこぼれてる!」

 嵐堂伊緒のその一言で、ほとんどの人間が慌ててキッチンに駆けてきた。今ので名前を呼ぶ、呼ばないの問題もうやむやになったらしく、正直助かった。私はそっとキッチンから距離をとって壁に寄りかかる。

 「いやぁ、面白い。面白かったよ、熊ちゃん」

 出来れば放っておいて欲しかったのだが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。ラン・ヴェストルがくっくっと笑いながら横に並んで壁に寄りかかってきた。

 「…………忘れて下さい」

 「やだね」

 「そう言うと思いましたよ……」

 私は溜め息をつく。慣れないことをして精神的に疲れた。

 「……あのさ、ごめんね」

 「?」

 いつも勝気な彼女が急にばつが悪そうな表情でそう言う。

 「さっき、友達いないでしょっていうの……あれ、言い過ぎた」

 「あぁ……別に、気にしてませんよ」

 「それと、もう一つ」

 ラン・ヴェストルはにぃ、と笑って、私を見つめる。

 「あの、『友達いないでしょ』っていうの、私達以外の友達って意味だからさ」

 それが、言いたかっただけだから。そう付け足して、彼女もキッチンに向かってしまった。
 一人残された私はむず痒くて、恥ずかしくて、どこにもこの感情をぶつけることが出来なかったので、誰にも聞こえないように。

 「もちろん、そんなこと……わかってましたよ」

 と、呟くしかなかったのだった。




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まず、長くなってしまって申し訳ありませんでした……。夢主さん達の会話を書くのが楽しくてついつい……。
今回のお題の話を書くに当たって、皆さんの小説を読み返させて頂いたのですが、ふと、うちの夢主が誰かの名前を呼んだ描写が一回もないことに気付きまして……あぁ、これはうちの奴だけ微妙に距離があるぞと……。そんなわけで、お題を意識したシーンをきっかけに距離をつめて頂くというような話になりました。
世界観はまり子さんの旅行話、みょんさんの海水浴話と同じ世界観をイメージさせて頂きました。
とても楽しく書かせて頂きました。また機会があればよろしくお願いいたします。