Anklet・white



「お父様、お呼びですか」
「すまないね...練習中に」
くるりと椅子をこちらに向け、申し訳なさそうに微笑む男。僕の義父にして、夜泉國学園理事長、誘岐万象その人だった。
「その...今は、プライベートってことで...いい、ですか」
おずおずと切り出すと、わかっていたようにゆっくり微笑まれる。
「構わないよ。ここには私と君以外、誰もいないからね」
「良かった!」
学園ではお父様、雨光くんと呼び合う僕ら...。だが、二人だけの時は、違う。
「こらこら...成美くん、落ち着いて」
「パパ、最近忙しかったじゃない。同じ学校にいるのに、全然会えないし...帰ってくるのだって遅いし...」
パパ。成美くん。
僕達はチームのみんなが思うより、ずっとずっと親密で...特別な関係、なんだ。
だけど、もう13歳になるのに恥ずかしくて...みんなの前では、素直に振る舞えなかった。
だけど、パパは違う。
どんなに僕が甘えても、許してくれた。
だから...足元に座って、お腹にぴとりと顔をつけて甘える。控えめに髪を撫でてくれる手が、大好きだった。
「中々難しくてね。“あれ”は効力が強すぎる」
パパが理事長になってから、この学園のサッカーは飛躍的成長を遂げた。ここ数年はフットボールフロンティアで優勝することも増え、華々しい記録を飾っている。
しかし、その裏にあるのは...。
「削って使えば良いんじゃない?」
名案!と思ったけど、パパもそれは考えていたのだろう。神妙な面持ちで、語りだす。
「それも含めて調べている途中なんだ。削っても効果があるのか。副作用はないか。君達の身体に負荷がかからないボーダーを探っている」
「でもこんなに時間がかかってるなら、やっぱり...」
「無理、と言ったらそこまでだろう?諦めなければ必ず道が見えるはず...と、思いたいけどね」
困ったように微笑むその目元には、隈ができていた。
「それに、いつまでも黄泉戸喫に頼るわけには...あれは健康に良くない」
「今更...」
「この研究が進めば...もっと楽に...強くさせてあげられる筈なんだよ」
「そんなに大事かなぁ。強さって」
パパが強さや勝利にこだわるのは、今始まったことじゃない。僕が引き取られた頃には、既にそうだった。曰く、学生時代の先輩...僕もよく知らないけど、その人と何かあった。そう聞いてる。
「勝ち続けられれば、傷付かずに済む。心も、身体も。そうだろう?」
「そりゃ、そうだけど」
「私は、可愛い君達に同じ思いをしてほしくないだけなんだよ」
「そういうものかなぁ」
「そういうものだよ。親心、とも言えるのかな」
そう言って髪を撫でられれば、なんとなし納得できるような気がしてきた。
ー“あれ”というのは、半年前に見つかったものだ。
泉平坂に伝わる伝説...。
あの場所には近づいてはならない。あの場所にあるものを持ち去ってはならない。あの場所にあるものに口をつけてはならない。
そんな風に言い伝えられている古墳がある。
そしてパパは...そこから持ち去ったのだ。
「そういえばなんともない?呪い、とか」
「今のところは。レプリカが効いてるのかな」
「絶対、ヤバいと思うけど...」
「でも」
パパはまっすぐ僕を見つめると、静かに溢す。
「私にはもう、これしかないから」
そう語る瞳はどこか哀しげで...。
パパは、弱虫だ。
理事長なのに威厳があるどころか頼りなさげだし、決断も遅い。そのくせ考えることばかりスケールが大きくて、誰かに頼らなければ生きていけない人。だから、だから僕が、パパの夢を叶えてあげないと。
「僕もいるじゃないか!」
ぐいっと手を伸ばして頬をつねる。
僕だけじゃない、チームのみんな。研究を手伝ってくれる人達。お世話係のじいさま。
みんながパパの側にいるのに、あんな得体のしれないものしか自分にはないだなんて、傲慢だ。
「そう、だったね。君はいつでも私の側にいてくれる」
「あったりまえでしょ!」
「その...それは私が義父だからかな?」
「何言ってんの?」
あぁ、きっとこの人はこう思ってる。
自分を引き取ってくれた人だから、世話してくれたから、そこへの見返りにすぎない。誘岐万象という人間を好いている訳ではない、と。
「また暗いこと考えてる」
「し、しかし...」
「僕は誘岐万象が好きなの。意味、わかる?」
すくりと立ち上がり、椅子の背後にまわる。
パパの首元にゆっくりと腕を回し、顔を埋めれば、優しいシャンプーの匂いがした。
「誘岐家に引き取られなかったとしても、僕はパパのことを好きになったよ」
「...私にそんな魅力があるとは、とても...」
「そういうとこ!弱虫で...根暗で...偏屈で...でもそういうところが、好きなの」
「...物好き、だね」
「うん」
顔をあげると、パチリと目が合った。
わからせるようにキスをすれば、大人しく受け入れてくれて...そう、そうだよ。そうやって僕からの愛を素直に受け入れればいいの。そうすればもう、何も怖くない。
「...もう行きなさい」
恥ずかしげに目を逸らすところが、かわいかった。パパはいつまで経っても慣れなくて...いつもぎこちない。
「でも、結局何だったの?僕を呼んだ理由」
「あぁ、そうだった」
今思い出したようにパッと目を開いて、バタバタと奥の部屋に何かを探しにいった。
もう、抜けてるんだから...。
「これを、君に」
手渡されたのは、小ぶりな箱。
これがなんなのか全く検討がつかなくて、じ...っと見つめていると「開けてみてごらん」と促された。
「わ...綺麗」
「アンクレットというものなんだ。ミサンガのようなもの...と言えば、わかりやすいかな」
「アンクレット...」
真っ白なそれ。紐で編まれ、美しい宝石があしらわれていた。
早速椅子に座ってつけようとすると、優しく制されて...足元に跪かれた。
「私にやらせて欲しいな」
にっこりと微笑まれれば、断る理由なんてない。右足を支えられ、丁寧な手つきで着けてくれた。
「これが君を不浄なものから守ってくれる。...きっと」
「そう...なの?」
「ふふ...お守りだよ。白いアンクレットは浄化と健康を意味するんだ。ずっと側にいられる訳じゃないからね」
「パパ...」
僕のこと、大事なんだ...温かな気持ちが溢れて、やっぱり、この人がパパで良かったと思う。
「大切にする...肌身離さず着けるから。その、ありがとう」
ぎゅうって抱きつけば、優しく背中を撫でてくれた。大好き...。
「じゃあ...戻るね。今日は家に帰って来れそう?」
「正直なんとも言えない、かな。先に食べてて良いからね」
「わかった...」
「必殺技の完成、期待してるよ」
「うん...」
「さ、成美くん」
後ろ髪を引かれる思いで、部屋を後にした。
ほんの10分程の短い時間。
それなのに、こんなにも心が満たされて...不思議。だから僕は頑張れる。フットボールフロンティアを勝ち進めるために、必殺技を完成させて...まだ1年生だけど、チームを引っ張っていくんだ。そうすれば、パパの夢だって、いずれ。きっと。
僕は強い足取りで、みんなが待っている練習場へ急いだ。




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