幕間-ガイア団モニター室にて-


ガイア団本部にある一室...モニターが壁一面に並ぶ、いかにもハッカーらしい部屋。
そこでいつものように監視や情報収集の作業をしていると、バタバタと足跡がしてパームが押しかけてきた。
「シャガ!仕事!」
こちらの都合などお構いなしに、グイグイとモンスターボールを押しつけられる。
「なんだよ....いきなり...」
「さっきラカンが任務から帰ってきてさぁ。それで渡されたんだよ、これ」
聞くに、ツルバミタウンのジムリーダー...アズマのルカリオを奪ってきたと言う。
そ...それって...窃盗なんじゃないのか...?
「.....はぁ?人のポケモン盗ったらドロボーだろ。ちびっ子でもわかるぜ。ボスの指示?」
「そーだよ」
なんてことないと言った様子でパームは答える。変なところで肝が据わってるのは良いのか...悪いのか...。
「中々しつこいからってさぁ...最初は放っておこうって話だったんだけど、ちょっと流石に...ね?妙に勘も鋭いらしいし...」
「だからって...」
「でもでも、すぐ返すって話だから!大丈夫大丈夫!」
「全然大丈夫じゃないだろ。ほんとヤバいこと平気でするなあの人......」
ガイア団の連中は....大体の奴がボスに心酔してる。
まったく馬鹿らしいと何度思ったかわからない。どんなに綺麗事を並べても、やってることは非道でしかないと...それがどうしてわからないのかと、思わずにはいられなかった。
自分は給料が良いからここにいるだけだ。
「ボスだって別にやりたくてやってる訳じゃないって」
「どうだか...」
「なんにせよ、傷付けるつもりはないんだから。ボスはそういうの、ちゃんとわきまえてるもん」
”ボクはわかってる“という顔で、パームはこちらを見る。真っ直ぐに。ボスを信じて疑わない...そういう目であった。
「あ...それで仕事なんだけどさ、盗聴器かなんか付けられる?折角だし探偵事務所の場所暴きたいじゃん」
「あー...それだったらGPSも付けちまおう。そんで事務所に盗聴器付ける方が手っ取り早い」
トントン拍子に話が進んでいく。
別にこちらとしてはアズマのルカリオを傷付けるつもりなんてないのだ。こっちの都合で拉致されて、可哀想に...。
「そういえばこの間、マイカで遊んでた時にさ、うちのしたっぱがあの...シェンとリケって子達にちょっかい出しててさ。
うわー!やってるよー!って思って声掛けたら、たまたまアズマもいてさー。なんかボクがシェン達を助けたみたいになっちゃってー...」
「へー」
早速作業に取り掛かってるにも関わらずお構いなしに喋るので、話半分で聞いてたら「聞いてないでしょ!」と噛みついてくる。
よくもまぁ、ボスはこれに付き合えるものだ。
「てかなんでマイカ?」
「スマホロトムでコンテストの中継見てたらエネコがウズウズしちゃって....それで会場に行ってきたんだよ」
「コンテスト会場ならシンガンにもあるだろ?なんでわざわざそんな遠いとこまで...」
ガイア団本部のあるジンライシティは、縦に渡ればマイカシティにはそう遠くない場所であったが.... バハギア地方の中心には、ホシカゲやまを始めとする山々が連なっている。
その連峰に遮られている為に、鉄道でかなりの大回りする必要があった。
そらとぶタクシーも、連峰を守護すると伝えられている伝説のポケモン...スイクンのこともあり、その一帯を飛ぶものはいないのであった。
「ほら、マイカのジムリーダーいるでしょ?そのフォセって人にエネコがメロメロになっちゃって...コンテストにでも出れば会えるかなーって。ボク...コウエンのバッジも取ってないからさ」
資格や称号...そういったものには特に興味がないらしいパームは、今日までどこのジムにも挑戦したことがないらしい。
一応トレーナーなのだから、取っておいた方が良い気がするが....本人は「なんかヤダ」の一点張りだった。
「それで結果は?」
「ん?そもそも出てないよ。ダブルエントリーって知らなくてさ.....あ、でも結局観客席から観れたから、エネコ的には満足したっぽいよ」
床でプラスルやマイナンとじゃれていたエネコはフォセのことを思い出したのか、テレテレと顔をあからめていた。トレーナーによく似てわかりやすい子だった。
「そういえば、ルカリオは?」
「ラカンが監視してる。それ、空だよ。
ボールに細工されるってわかったら出てくるだろうから......あ、でも拷問とかしてないからね。流石に」
「当たり前だ。可哀想だろ」
意味もなくむやみにポケモンを傷付けるなんて、いくらボスでもやらないだろう。
ラカンだってそんな男じゃない。
「でもだいぶ抵抗されたみたいで...それでボクが呼ばれたんだよ。ルナトーンのさいみんじゅつで眠らせてくれって。今はふかふかのベッドで寝てるよ。ね、全然大丈夫でしょ?」
「うーん........」
ボスはそうなのだ。
酷いことをしたかと思えば、途端に優しい手付きで頭を撫でてくれるような人だ。
今も...窃盗には変わりないのに、ふかふかのベッドに寝かせ、温かい毛布をかける。そのうち高級なポケモンフードでも食べさせるつもりだろう。
「ま、ボールに細工してさっさと返しちまおう。とりあえずはな」
作業に集中する。こっちもまだ仕事が残っているんだ。さっさと終わらせないと徹夜することになる...。
そもそも本来依頼されていたのは、せきばんを持っていたというシェンとリケ...と一緒にいたポケモン博士、マロウのパソコンにハッキングすることだった。
マロウという男はポケモン博士であるだけでなく、バハギアに広く普及しているFFサービスの管理者でもあった。その上どうやらチャンピオンとの繋がりもあるようで...。
この情報の塊のような人物に日々ハッキングを仕掛けているのだが....これがまた抜け目のない男で、何度やってもある一点から通れなくなるのだ。
その上、マロウがFFサービス内でロトムの姿をしているところまでは特定したのだが...これが警備ロトムと全く同じ姿なため、ハッキングは難航を極めていた。
もし会うことがあれば一発殴ってやりたい。俺の時間を返せと。
「おい、出来たぞ」
出来上がったボールを手渡す。
GPSと盗聴器といっても、極小サイズだ。
探偵業を営む相手ではすぐにバレてしまうかもしれないが... パッと見ではわからない仕上がりだった。
「うわー仕事早!じゃ、これボスに渡してくるね」
「早いとこルカリオ返してやれよ。人のポケモン盗るなんてマジで犯罪だからな」
「言うけどシャガのも犯罪だからね。じゃ、おつかれ
そう言ってパームはこちらを振り返りもせず、エネコを連れてさっさと出て行ってしまった。
まったく...この態度が癪に触る...。
やれやれと肩をすくめて、身体を伸ばした。
「プラスル、マイナン。飯にしようぜ」
2匹は嬉しそうに両肩に乗ってくる。
かわいい。小さいポケモンはかわいい。特にでんきポケモンは...。
この後のしかかってくるであろう激務...マロウとの戦い...に気を重くしながら、キッチンを目指すのであった。




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