祈りは届かない


パウンダル社の地下にあるガイア団本部。
それを更に下ると、トビシマと3人の幹部、そして私...コットンが使う専用のフロアがあった。
何者からも隠されるように作られたそこは子供の秘密基地のようであり、そして一番大事なものを護るゆりかごのような場所であった。
「センシの森を....焼いた?」
リビングで静かに告げられた言葉。
信じられないという目でトビシマを見る。
まさか。そんな。
だってあそこには沢山のポケモンちゃんが........。
「本当の...こと...なのか?」
「えぇ」
私に背を向け、静かに肯定する幼馴染。
心臓のバクバクという音だけが、自分に聞こえる唯一の音だった。
「どうして........ッ」
絞り出すように問いただす。
何故?何故?何故......?
怒りのような、しかしそれでいて悲しいような....何か真っ当な理由があるんじゃないか....だって私の幼馴染は...そんな感情がぐるぐると頭の中を満たした。
「ポケモンちゃん達は...?!ちゃんと逃げられたのか...?!なぁ...!」
思わず肩を掴んで振り向かせる。
そこで見たトビシマは.......
ただ、その鋭い眼で冷たく私を見るのみだった。
「大いなる夢には、大いなる犠牲がつきものですよ。コットン」
トビシマの言葉に、おおよその察しはついた。察しがついてしまった。
じゃあポケモンちゃん達は.......。
ポケモンちゃん......達は.....................。
視界を涙で滲ませながら、トビシマを見る。
森はきっともう、焼けた後なのだろう。
そしてポケモンちゃんも、助からなかったのだろう。どうにもならない。その事実だけが、今の自分に突き刺さる。
「.....悲しくないのか?お前は..........」
「まさか...私は父程非道ではありませんよ」
トビシマの父、ゼンテイはバハギアを牛耳る大企業の会長であり大変優秀な人物であったが、昔から...虐待と称しても差し支えないことをトビシマや自身が所有するポケモンに行っていた事は、随分前に彼の口から聞いていた。
だから、それに心を痛めていたトビシマがこんな...森を焼きポケモンの命を奪っただなんて...いや、それは事実なのだろう。私が気掛かりだったのは、何故そんな行動に至ったのかだった。
「じゃあ尚更、何故こんなことしたんだ....ッ。言ってたじゃないか....もうポケモン達が傷付かなくていい場所にするって...!父親の支配から逃してあげたいって...!違うか?!」
「......その想いに変わりはありません。
私は今も...ポケモンとヒトとが傷付け合うことなく手を取り合い、共に歩む世界を目指す...そう想っていますよ。ただ....」
「....ただ?」
「父の支配下から逃れるのは、そう簡単なことではない....選べる手段も限られている....そしてどんなに非道であっても、実行できなければ何も変わらない....と」
そう語るトビシマの目は、先程の鋭く冷たいものではなく...悲しみを帯びた目であった。
会社を継ぐために作られ、勉強に不必要なものは削ぎ落とされ、年相応の子供らしいことはほぼ全くと言っていいほど...許されなかった。かつてポチエナだった相棒のグラエナが...唯一の心の拠り所であった。
彼の中には、愛されたかったと泣いている小さな子供がいるように...私には見えた。
「センシの森のことも、計画のためならば必要不可避だった....そういうことか...?」
「..........」
「本当に...他に手段は無かったのか....?」
「えぇ」
「仕方がない...ことなのか...?」
「..........」
仕方がない訳がない。命が消えたのだ。
どんな理由があっても、赦されてはならない。正当化など、できないのだ。
「....パウンダル社から投資し、センシの森の復興事業を手掛けるつもりです。罪を消すためではなく....罪と責任を背負う為に。そして犠牲となったポケモン達の死を、無駄にしない為に」
「そう...か................」
トビシマの中で覚悟はついているようだった。この赦されない罪を背負いながら、茨の道を進むのだろう。それを憐れむつもりはないが、この男は一体どうしてこんなにも一人で背負おうとするのだろうかと...ただ一人の幼馴染であり...友人として...やるせないのであった。私に相談という相談もせず、勝手に背負って一人で歩いていくのだから。
「昔からそうだな....お前は」
「...何のことでしょう」
「いつも一人で決めてしまう。何もかも....パームに出逢ってから、少しは柔らかくなったと思ったが....」
「あぁ...」
「何か言われたか?」
問うとパームに言われたことを思い出したのだろう。困った顔をしていた。
「『ボスってば流石ネジがぶっ飛んでるね』と..........」
「相変わらずだなぁ、パームは....」
想像に難くない。きっとパームのことだから、全くの本心を伝えただけなのだろう。
それが彼の面白さでもあり、困ったところでもあるのだが....。
「もう寝てるんだろう?」
「えぇ...エネコと私のベッドを占領して、すやすやと」
「それでお前はどうやって寝るんだ...?」
「壁際の...空いているスペースで」
「甘やかしすぎだな.....」
パームの部屋がない訳ではない。ちゃんと用意されている。しかしトビシマの部屋に入り浸っては、我が物顔でベッドを占領すると言う。それを容認しているトビシマもトビシマだと...何度か言っているが、困ったように微笑んではどこか嬉しそうな顔をするものだから、私もまぁいいか...と思ってしまうのであった。
「小さなポケモンが甘えているようで...つい」
「小さな......ポケモン........」
「それに、とても温かいですし」
何の言い訳にもなっていない。
「惚気だな.......」
やれやれと肩をすくめる。
話し込んでいるうちに、時計は夜中の3時を指していた。
「言っておくが...私はトビシマのやったことを正しいとは思ってない。どんな理由があろうとも、だ...。だが一人の友人として心配ではある。お前は...いつか誰も見ていないところで倒れてしまいそうだからな........」
「.......」
「だから....最後まで隣に居ようと思う。今度は引き止められるように。こんなこと...もうして欲しくないんだ........」
トビシマの手を取り、両手で強く握りしめた。祈るように額に合わせ、真っ直ぐに灰紫の瞳を見つめる。
「約束してくれ。頼む.......」
「.......善処しましょう」
それだけ言うと、自然に手を振り解かれる。
祈りは届いただろうか。
いつもこうなのだ。いくら心配しようとも、彼の一番奥深い場所に触れようとするたびにかわされてしまう。それが悲しかった。
「君も早く寝なさい」
トビシマはそう言い残し、自室に戻っていく。一人残されたリビングで、ドッと気が抜けたようにソファに座り込んだ。
「ダメだなぁ...いつも届かない」
時計の音だけが、リビングに響いていた。




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