手を絡めて
▼ゆうしの
忍は何時も通り二人分の夕食を用意し、一人で食べていた。TVで興味のそそられる番組がやっているが、寂しさは紛らわない。時計を見てはため息を吐く。
「優ちゃん、今日は何時に帰ってくるのかなぁ。」
同僚であり、高校時代からの親友であり、そして恋人である優の事を思う。同僚と言っても、優はプログラマーで、忍はグラフィックデザイナー。おおまかな部署は同じだが、チームが違う。そんなプログラマーな彼は何時も仕事を溜めてしまう。予定通り進んでいたとしても、突然予定外の事が舞い込んでくる。チームリーダーという責任ある立場も優の帰宅を遅らす。忙しさは違うチームの忍でもわかっている。理解もしている。
それでも・・・。
「寂しいなぁ。」
二人では狭い部屋も、一人だと広く。二人では美味しい食べ物も、一人だと味気なく。全てが霞む。就職をして一人で過ごすのは今日が始めてというわけではない。何日も一人の日を重ねてきて、それでも寂しいという気持ちが薄れる事はない。寧ろ二人の思い出が深く、彼への愛情が募るほど寂しく感じてしまう。
ため息は下に沈み、少しずつ蓄積されていく。吐き出し溜まったため息が重々しい空気となり、忍の首元まで溜まった。また、ため息を吐き出す。少し量が増す。また吐き出す。増す。その繰り返し。重い空気は忍の口を塞ぎ、もう数回のため息で鼻も塞ぐ。もう一度、ため息を吐こうとして口を開ける。その時耳に届く扉が開く音。
「優ちゃん!?」
思わず立ち上がり、扉まで行く。忍を纏っていた重い空気は一瞬にして外の外気と混ざった。
忍が扉の前に向かうと、玄関で優が靴を脱いでいた。今は10時。優にしては早い帰宅と言えるだろう。忍の声に振り向き、優は一言言う。
「ただいま。」
「おかえり!」
思わず抱きつこうとする忍を優は止める。今汗臭いからと言う彼は確かに首元から汗がしたたっている。男にしては長い髪をかきあげ、うなじを晒す。それだけの動作でも忍にとってはとても甘美で、彼の汗すらも媚薬の効果を発する。
普段なら誘うのは優。けれども、寂しい思いをしていた忍にとっては今すぐにでも優という存在で心を満たしたかった。
「しのぶー。誘ってるわけ?物欲しそうな顔してる。」
優が一歩脚を踏み出して、鼻がくっつきそうな距離まで間合いをつめてくる。ご丁寧に片腕は忍の腰に回して。この行動をすれば彼は一歩下がろうとする。長年の付き合いで熟知した癖。
忍の事を離そうとしないくせして、自分と彼の間は少し空ける。顔は近いが、キスは出来ない。身体も密着しない。少し離された距離に、香る汗と優の香り。忍はもどかしい思いをしていた。
ほしいものは直ぐ目の前にあるのに、直ぐ前で香っているのに、お預けと言われているようで手が出せない。ただ自分よりも低い優を見つめる事しかできない。
「優ちゃん・・・。」
「わりぃわりぃ。ちょっと風呂入ってくるな。」
腰にあてがわれた手も退き、そのまま離れて行こうとする優の手を思わず掴む。そうしてから自分の行動に気がつく忍。咄嗟の行動故に何も考えておらず、少しの間が二人の間に流れる。その間も忍は考え、顔に出る。考え、考え、考えてようやく辿りついた答えは忍の気持ちには沿っていなかった。
「え、えっと、ご飯あるけど、食べる?」
恥ずかしさと後悔が混じった真っ赤な顔を見て、優は少し吹き出した。忍は更に顔を赤くして、拗ねたような表情を浮かべる。今度は吹き出すような笑いではなく、声を出して笑う笑い方で彼は笑った。
ひとしきり笑うと普段の不機嫌そうな顔からは想像ができないぐらい優しく笑う。自分の手首を掴んでいる忍の手を掴み、指と指を絡め、擦りあわせて目線が手に行っている忍の唇を奪う。ふいの事なので忍は目を開けたまま。
優の長いまつ毛が目に写った。唇と唇を合わせる軽い口づけ。普段はもっと深く濃厚なキスをするが、今の忍にはこれだけで甘くとろけさせる効果があった。
「飯、風呂に入ってからにするから暖めといて。」
唇が離れ、手の腹、指と離れ優の香りも離れて行った。思わず忍は廊下でうずくまる。
「うぅ・・・、優ちゃんの馬鹿・・・。」
この火照りを一体どうしようか。