いっぱい食べる君が好き



▼いろほたる荘の仲間たち






 大きな口を開けて噛んで飲み込む。また開けて噛んで飲み込む。頬を染め、時折口から漏らす吐息。口の中に溜まった熱を逃がすだけの作業だが、それは情事のそれを思い浮かべさせる。
 目の前の男は整った顔なんて気にせず好きなように振舞っていた。それを見て管理人と呼ばれる彼は彼女はため息を漏らす。

「レッド、折角顔整ってんだから、色々と気にしたら?」
「なにを今更。」

 幼馴染みな二人。小さい頃から一緒な事が多かった。勿論本名も互いに知っている。けれど、二人はここではそれを呼ばない。彼女は本名が嫌いで、彼は彼が本名を嫌ってる事を知っている。だから呼ばない。触れない。

「美味しい。」
「そりゃぁよかったねぇ。」

 前髪が長い癖っ毛のウィッグで顔を隠した管理人が口元だけ緩ませる。
ワンコインで買える安いハンバーガー、少しふにゃっとしたポテト、それに一番大きなサイズのジュース。それを大口開けて食べていくレッドは仮にもモデル。何個目かを数えているわけではないが、もう片手は越えただろう。ポテトも一つではなく複数。一つ一つが高いカロリーなのにこんなに食べたらどうなる事やら。もう一度言う、レッドはモデルだ。

「レッドさー、いっぱい食べるのはいいけど、ちょっとそれはカロリー摂りすぎだし身体に悪いよー」
「いいだろ別に。お金ないから仕方がないんだってば。」
「えぇー、貸して、あげない」
「貸してくれないのか!今の流れは貸す流れだぞ!」

 笑いながらそんな事を言うレッド。勿論管理人も笑っている。レッドは人と仲良くするのが得意だ。誰とでも少しの時間があれば彼に絆されている。喋りながらも食べ続ける彼を見ながらふと思う。そして薄く微笑んだ。管理人という人間は人を驚かせるのが好きだ。それは死ぬまで変わらないだろう。
 また大きな口を開けて、ハンバーガーを頬張ろうとしたその手を掴む。身を乗り出して食らいつく。あまり大口開ける事が得意でない管理人がつけた跡はさほど大きくない。

「あーーーー!!食うなよー!!」

 そんな小さな跡でも裕福とは言えないレッドにとっては大きな問題だ。ぷんぷん、などと可愛い効果音のつきそうな勢いで怒る。これでも彼は本気で怒っているつもりだ。気性の穏やかな彼は世間一般が認識する“怒り”という感情を表現したことがない。

「うわぁ、キッモ」

 可愛らしく怒るレッドに対して冷たい一言。けれど管理人の口元は緩んでいる。反応を楽しんでいる顔だ。

「キモいとはなんだ。キモいとは」
「お前今年何歳?ちょっとその反応はないわーーー」

 いち、に、さん、しと数をかぞえ、同じ数のポテトを食べていく。増えるごとにレッドの顔も崩れていく。しまいには両耳を塞ぎ、うずくまるという醜態。ちらりと管理人の顔を見れば楽しそうに口を動かしていた。
 全ての数のポテトを食べおえ、購入者の有無も聞かずにすすった大きなジュースはまだしっかりとした重みを持っている。素早く動かないジュースを、働く力のまま揺らしていた管理人が思いついたかのように一言漏らす。

「飯、食いに行こうか」
「え、突然すぎてあたしついていけなぁーい」
「うわ、キモ。オカマレッドだ」
「デートのお誘いかしらん?」
「ちげーよ。なんとなくだよなんとなく。奢るからさ」
「ひゃっほーい!!やったーー!!!」

 食べに行くにも今目の前にあるワンコインたちをどうにかしないといけない。放置して出かけるという手段もあるのだが、それをするような人間ではない。またハンバーガーにかぶりつく。
 管理人もそれを知っているから、何も言わずにまた楽しそうに眺める。

「飯、何時行く?つか何時暇なわけ?」
「んーー、明後日暇だよ」

 行儀が悪いなぁなんて呟きながら彼は了承をする。モデル以外の副業もしているレッドは思いの外多忙である。同じく他にも副業を持つ彼女だが、実は暇を持て余している。部屋でゲームをしたりしていてもいいが、気心知れた間柄の友達と何かをするのは20歳を過ぎても楽しい。だから管理人は定期的にレッドと遊ぶ。
 
「楽しみだねー」

 美味しそうに残りのものを片付けるレッドを見ながら、口角を上げた。

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