落下
「真ちゃんはお人形さんみたいだね」
その言葉が軽い呪縛のように私の周りを漂い続ける。重く緩やかに、絡み付く。
普段こそ邪魔にはならないけど、時として私の首を閉めたり耳を塞いだりしてくる。重なった言葉は力を持ち、私の神経を逆撫でしていた。
ただの言葉なら何時も通り吐き出せばいいけれど、呪縛の意味が含まれているこの言葉だけは毒として吐けない。吐き出せないの。
ほら、今日もまたあの言葉が私に嗤いかけてくるわ。
「ねぇ、あそこにいる子可愛くない?」
「ほんとだー! 人形みたいー!」
制服を見る限り他校生。同じ学校の人間でそんな事を言う人はもういない。いたとしたらその人の脳内が気になるわ。学習能力ないんじゃない?
聞きたくない賛美から逃げだした私は本屋の奥へと入っていく。
奥は外国文庫。英語のままのもあれば、翻訳済みのもある。何となく手に取った本のタイトルには“Alice's in Wonderland”と、日本語訳すれば“不思議の国のアリス”になるわね。
英語で書かれたそれの内容が全てわかるわけではないけど、ペラペラとページを捲っていく。
所々に挿絵があり、不思議な国を演出している。
ふとあるページで手が止まった。私の意図とは反して動く手。そのページから目が離せず、まばたきもできない。ようやく一回、できたと思うと私は落ちていた。
本屋にいたはずなのに何でここに!? 薄暗い穴のようなところ。空に飛び上がった綿毛が落ちるような緩やかなスピードで私は落ちる。
私と一緒に落ちていく淡く光ったクッキーの缶や重力のまま舞い散るトランプ。落ちていくと至るところに絵画がたてかけられてたり、椅子が浮いてたりとまぁ・・・なんて奇妙なところなのかしら。
何処かの家みたいに本が収納されてたりもする。
こんな奇妙で不思議な風景、何処かで見た事があるわ。落ちながら、スカートをひるがえしながら、周りの観察をしていく。
冷淡な性格がこんなところで役に立つとは思わなかったわ。
たまにランプが浮いてたりするから、尚辺りがよくわかる。わかるからこそ、思う。不思議の国のアリスに登場しそうな穴の中だと。
そうしているうちに地面が見えてきた。
まさか衝突とかしないわよね….?
刻一刻と近づく地面に恐怖を覚え、目を瞑りたくなる衝動が駆け巡る。けれども私は目を開く。瞑っていては何もできない。長く息を吐き、衝撃を予測し、万全の状態にする。あと少し。
曲げていた脚を伸ばせば届くぐらいの距離。
そのまま、そのまま私は降りた。強い衝撃もなく、ふわりと着地をした。私の体重が支えれるほどの風が下から吹いた。そんな感じ。
・・・さて、地面についたはいいけど私はこれからどうしたらいいのかしら。
今いる場所からぐるりと一周見回したら、扉を見つけた。水色と白の扉。
上へ戻る事もできないし、かといって他の出口らしき物はない。ここへ行くしかないのね。何が待っていようと私には関係ない。興味もないしね。
そんな相変わらず冷めた感情を胸に抱きながら私は扉を開けた。
『Welcome to the wonderland!』
ピエロは笑い、扉を閉めた。しっかりと鍵をかけて、誰も中からでられないように。
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