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華蓮+双月+侑+深月



 机の上には2枚の写真が置かれている。
 同じ服装の違う人物が2人。一方の写真に写っている人物は今にも泣きそうな形相で逃げ出そうとしているが、もう一方の人物はばっちりカメラ目線でピースをしていた。
 同じようで正反対のようなその写真を前にして、現在進行形で白熱した議論が繰り広げられているのである。


  


 机の上に広げられている2枚の写真には、それぞれ秋生と春人が写っている。
 2人の服装は制服でも私服でもなく、普通に生活していればまず身に着けることはないであろうメイド服だ。この時点でこの写真がいつ撮られたものであるかは明白であろう。
 無理矢理撮らされた感が満載の秋生の写真とは打って変わって、春人の写真は自分からカメラ目線でピースをしている。
 誰がいつの間にこんなものを撮ったのかということは不明だが、この写真を持参したのは侑だった。新聞部の部室に入って来るや否や「いいものあーげる」とにやにやした顔つきで華蓮と双月にそれぞれ秋生と春人の写真を手渡したのである。

「絶対春人の方が可愛い」
「どう考えたって秋生だ」

 双月がずいっと春人の写真を華蓮に向かって差し出すと、華蓮はその写真に見向きもせずに言い返した。
 先ほどから、もう幾度となくこのやりとりの繰り返しである。

「秋生はウィッグだろ。春人はそのまんまでこのクオリティーだからな」
「髪の長さ如きで何を偉そうに。春人は正面カメラ目線だが、秋生は嫌がって逃げてこのクオリティーだ」
「如きってな、髪の長さでどんだけ印象が変わると思ってんだよ?てか、逃げてるっていっても正面から撮れてるし」
「印象がどう変わろうとそれが秋生であることに変わりはないし、対照的に被写体がどういう状況下に置かれているかということは全体の印象に大きく関わる」

 最初は軽いノリだったのだ。
 時間つぶしの話題提供がてらに「春人の方が可愛いな」と双月が言うと、華蓮が「お前の目は節穴か」と冗談交じりに返してそれで終わっていればよかったのだ。それなのに、華蓮の言葉に双月が言い返し、その言葉にまたしても華蓮が言い返し、そうしていくうちに最初は軽いノリだったそれが段々と本気の言い争いに変わっていった。
 どちらも言い出したからには自分の恋人の可愛さを譲りたくないのだ。周りからしてみれば飛んだ迷惑話であるが、本人たちにとっては周りへの影響などどうでもいいものとなっている。

「まぁまぁ、どっちも可愛いくってお互いの一番なんだから、それでいいでしょ?」

 写真を持って来た張本人である侑が声を出すと、双月と華蓮が同時にそちらに視線を向ける。どちらも決して睨み付けるような敵意を向きだした視線ではなかったが、それでも威圧感は凄まじく、ただでさえ苦笑いだった侑の表情が更に引きつった。

「どっちも可愛いのは分かってるんだよ、侑」
「問題はそこではなく、どちらの方が可愛いかという点だ」
「うん、そうだね。ごめん」

 割って入るだけ無駄のようだ。早急にそう判断した侑はこれ以上余計な口出しはしまいと心に決めて、さっさと威圧感の中から身を引くことにした。
 このままではきっと埒が明かないままだろうし、議論が円満に終わることもないだろう。しかし、いくら本人たちに終わらせる意思がなくても放っておけばそのうち終わりが来るであることは目に見えている。例えば、悪霊が出現して華蓮が呼び出されるとか、双月に大鳥家から世月出動要請が出るとか。もしくはその他の何なりかの理由で、いつかは終わりが来るはずである。
 つまり変に口を出してややこしいことになるよりは、静かに終わりがくるのを待っている方が正解だということだ。

「侑、お前はどうだ?」
「どっちか選ぶなら可愛いと思う?」

 どちらも譲らないことは明白で、どんな理屈をつけても自分の恋人が一番可愛いのは当たり前だ。つまりこのまま主観的に見ていても埒が明かないと判断した華蓮と双月は、第三者目線を頼ろうと侑に声をかけた。
 たった今静かに終わりを待とうと思っていた侑からしてみれば、迷惑以外の何者でもない。だが、先ほどにも述べた通り当の本人たちは周りの迷惑などどうでもいい領域に達してしまっているため、侑が心底嫌そうな表情を浮かべ、その表情がどんな感情を意味しているか理解してもその質問を撤回することはなかった。

「選ぶならって…どっちも可愛いから選べないよ」
「そんなことは分かっている」
「分かった上で選べって言ってんの」

 どちらも可愛いという話は先ほども聞いたし、そんなことは華蓮も双月も分かりきっていることだ。

「そんな無茶な…!」

 選べないと分かっているけど選べというのはあまりに無理難題だ。
 一体どうやってこのピンチを切り抜けたらいいものか。いっそ窓から抜け出してしまおうか。一瞬そう考えた侑であったが、きっと華蓮が逃がしてはくれないだろうと早々に諦めた。
 華蓮と双月が侑の返答を今か今かと待ち構え、侑がこの場をどう乗り切ろうかと必死に悩ませていると、部室の扉がガチャリと音を立てた。

「何でお前ら、当たり前のように俺の部室にいるんだよ…?」

 そう言いながら入って来た深月は、文句を述べつつもこの常用にさほど驚くことも苛立つこともない。何せ、このような状況になっているのは今日が初めてのことではない。今ここに居る人物たちを前にして部室の鍵など何の意味もなさないことなど重々承知なのだ。

「みっきー!ナイスタイミング!」
「何が?」
「どっちが可愛いか、僕の代わりに答えて!!」
「はぁ…?」

 いつもならばすかさず、深月の部屋ではなく自分の部屋だと切り替えしてくる侑であるが今日は珍しくそうではなかった。それどころか、心の底から深月を歓迎して出迎えるものだから、深月は思わず怯んで一歩後退りをしていた。
 侑としては、完全に行き止まりまで追い詰められたところに逃げ道を見つけたような感覚だった。華蓮と双月の視線から逃れたい一心で、机の上に置いてあった写真を手にするとすぐさま深月に押し付けた。

「…いつ撮ったんだ?この写真」
「そこは今問題じゃない」
「春人と秋生、一番可愛いのは?」

 自分の質問を華麗に跳ねのけられ、剰え質問を返してくる華蓮と双月。その真剣なまなざしと入って来た途端の侑のおかしな態度から、深月は事の経緯を把握した。


「一番可愛いのはコイツだろ」


 深月は侑を指差しながらそう言うと、押し付けられた写真を再び机の上に戻した。
 しばらく静寂が流れる。
 そんな中、深月はまるで何も気にしていないという様子でいつもの自分の定位置に腰を下ろした。

「え?そうくる…?」
「お前が一番なんて聞き方するからだろ」
「俺のせい?ていうか、今はメイド服の話をしてるんであって…」
「そんなもん着てなくて一番可愛いんだから、着ても一番可愛いに決まってる」

 双月の言葉にそう返す深月は、自信満々というよりは話にもならないと言っているという様子だ。段々とヒートアップしていた華蓮と双月とは違い、まるで当たり前のことをきくなと言わんばかりに落ち着き払っている。

「なんか腹立つけど、でもメイド服着てなくても春人が一番可愛いから」
「秋生だ」
「どう考えたって侑だろ」

 華蓮と双月だけでなく、深月まで参加して再開された。
 深月の落ち着きはらった様子から一瞬事態は収拾に向かうかのように思われたが、どうやら物事はそんなにうまくはまとまらないようだ。

「侑、お前はどう思う?」

 またしても埒が明かないと判断した双月が、会話に参加していない人物に向かって視線を向ける。
 双月がそう問うと、華蓮と深月の視線も同じ方向に向いた。


「いや、僕もう第三者じゃなくなってるから…!!」


 視線の先にいた侑は心の底からそう叫び声を上げた。
 せっかく変化を迎えるかと思われた言い争いは深月を加えた状態で冒頭まで戻っただけだ。それどころか、しばらくして秋生と春人が部室にやって来ても変化が起こることはない。
 こうして、この議論は答えの出ないままに無限ループを繰り返すのである。


 fin.




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