Clap

newinfomainclap*res




要と大晟


 日本には四季という季節があって、それぞれ春と夏と秋と冬って呼ばれている。俗にいう春夏秋冬ってやつだ。
 それくらいは知ってたけど、季節にはそれぞれ風物詩っていうのがあるってことは初めて知った。その言葉の意味はもう忘れたけど、まぁとにかく春に桜とか、夏に花火とか、秋に紅葉とか、冬に雪とか、そういうのを風物詩って言うらしい。







「さくらもち?」
「そ。桜みたいな色してるだろ?」
「うん」
「だから、桜餅」

 看守室から拝借してきた、みたこともない食べ物を手にとって大晟はその食べ物の名前を繰り返した。
 看守室に無造作に置かれていたそれは、今は珍しいプラスチックのパックに入っていた。とりあえず食べ物だってことは分かったから、大晟に聞けば分かるだろうと思って持って帰ってきて正解だった。
 大晟はなんといっても優秀だ。ちなみに、プラスチックのパックっていうのも、さっき教えてもらった。今はあまり生産されていない、貴重なものらしい。

「うまい?」
「んなもん、自分の舌で確かめやがれ」

 大晟はそう言うと、手にしていた桜餅を自分の口に運んだ。
 それからすぐに少し頬を綻ばせたところをみると、どうやら美味しい食べ物のようだ。しかし美人ってほんと、何してもも絵になるんだから凄い。

「つーか、何で当たり前のように食ってんの?」
「桜餅が食ってくれって訴えてたからだ」
「んなわけあるか!」

 桜餅がそんなこと訴えるわけねぇだろ。
 一体どんな見方したらそう見えるようになるんだ。

「まさか、牢獄にぶちこまれて桜見ながら桜餅が食えるとはなぁ。囚人も捨てたもんじゃねぇな」

 まるでどこかのじじぃのように、大晟は感慨深げにそう言葉を漏らした。
 その視線の先には、満開の桜の木がゆらゆらと風に枝を揺らしている。薄い桃色の花が視界が一面埋まるくらいに咲き誇っているのは実に凛として逞しい。そんな中にいくつもひらひらと舞う花びらは、こんな俺にも綺麗だと思わせるのだから、桜って凄い。

「普通は食えないけどな」
「ああ、そうか」
「そうだよ。あ、うま…っ」

 なんだこの、もちっとしててしっとりしてる食べ物は。おまけにすげぇ甘い。チョコレートよりも甘い。
 こんな甘くて美味しいもの、絶対に囚人が食べられるものじゃない。

「だろうが」
「大晟が威張るところじゃないだろ」
「うめぇ」
「無視すんなっ」

 俺の言葉なんて丸っと無視して、大晟は二つ目の桜餅を手に取った。俺が苛立った声をあげても、大晟は全くこっちを見ない。桜を眺めながら、もくもくと桜餅を食べている。
 一体誰がこんな綺麗な桜がある穴場に連れてきてやって、こんな旨いもんを食べさせてやってると思ってんだ。もう少し俺の相手をするか、それでなくても感謝くらいすべきだ。

「むかつくっ」
「イライラしてんじゃねぇよ。うっとうしいな」
「誰のせいだと思ってんだ!」
「俺のせいじゃねぇことは確かだな」
「お前のせいだよ!!」

 この状況で俺が声を苛立つ相手なんて、大晟しかいないだろうが。

「せっかく綺麗な景色の下で旨いもん食ってんだから、もう少し静かにしてろよ。風情も何もあったもんじゃねぇ」
「ふぜい?なにそれ」
「あー、もういいからとにかく黙っとけってこと」

 こっちを向きもしないで、諦めたような声を出す。餅を食べる手も休めない。桜餅が旨いのはわかるけど、そんなに桜ばっかり見てて一体何が楽しいのか。
 じっと視線を向けていてもそれほど何かが劇的に移り変わるわけでもない。ひらひら舞う花びらは綺麗だけど、ずっと見ていても飽きるだけのように思う。

「なんだよ、ばーか」

 飽きる以前に、大晟の視線を独占している桜に理不尽な苛立ちが芽生えた。
 こんなの、年に一時だけしか咲かないから特別視されてるだけで、よくよく見ると大したことないじゃねーか。なんて思いながら改めて桜の木を見上げたが、やっぱり大したことあった。
 綺麗だ。だけど、その美しさが無性に腹立たしかった。



「要」

 ふと名前を呼ばれて、桜から大晟に視線を移す。
 すると、こちらを向く瞳と目が合った。
 ああ、やっぱりこっちの方がよっぽど綺麗だ。

「お前、桜似合わねぇな」
「は?」

 やっと俺の方を見たかと思ったらこれだ。
 大晟はそう言って少し笑うと、俺の頭に手を伸ばしてきた。

「ついてた」
「………ありがと」
「ん」

 大晟は手にした桜の花びらに視線を向ける。
 せっかくこっちを向いたと思ったのに、もう桜に目線が戻ってしまった。

「その髪に桜は映えねぇな」

 そんなこと言われなくても分かってる。金髪に桜の淡い桃色なんてどう考えたって合わない。
 逆に、大晟のブロンズの髪にはこの淡い色が合いそうだ。綺麗なものに綺麗なものが合わさると、より綺麗なものになるのは当たり前のことだ。

「むかつく」
「何が?」
「べっつに!どーせ俺は桜にも見劣りするし?桜の色だって似合いませんよーだ」
「見劣りするとは言ってねぇだろ」
「似たようなもんだろ」

 俺の髪は人工的で機械的な色だから、お世辞にも綺麗とは言えない。いくら桜が綺麗でも、綺麗じゃない俺の髪とは合わさるとそれは綺麗とは言いがたい。それに、綺麗な桜からすれば綺麗じゃない俺の髪は見劣りする。それも、当たり前のことだ。

「全然違ぇだろ。んっとに馬鹿だなお前」
「うっせーなっ!何がどう違うってんだよっ?」
「お前の髪も桜と同じくらい綺麗じゃねぇか」

 恥ずかしげもなくそう言い放った大晟は、再び俺の髪に手を伸ばす。今度は花びらを取るのではなくて、その手はそのまま俺の髪を梳いた。
 髪の毛がさらさらと大晟の手の中を流れていくのを感じる。少しくすぐったくて、でもどこか心地いい。

「さっきから桜ばっか見てたくせに」
「そら今の季節にしか見れねぇんだから見とくだろ。なんだお前、桜に嫉妬してんのか」
「しっ…!?んなもんするか!」

 馬鹿だな、と笑う声に反論を返すと大晟は更に笑った。
 人が怒ってるってのに、それを前にして笑うとは何事だ。馬鹿にするのも大概にしとけよ。

「ま、桜は年中見てたら飽きるだろうが。お前は年中見てても飽きねぇからな」
「へ……?」
「桜よりも見応えがある。まぁ、桜餅には少し劣るか」

 少し目を細めて笑うその顔は、桜なんか見えなくなってしまうくらい綺麗だった。
 いくらずっと見つめられてても、桜はこんな笑顔は向けてもらえないだろう。けれど俺は、この笑顔をむけてもらえる。そう思うと、桜への苛立ちがすっと消え去ったような気がした。

「何だよ?」
「 んーや、俺の勝ちだなーって」
「やっぱ嫉妬してたんじゃねぇか」
「ちげーよっ」

 次に視線を向けたときも、桜はやっぱり綺麗だった。でも、もう腹立たしさを感じることもなかった。むしろ、優越感できたいっぱいだ。
 俺が気分よく桜を眺めている間に、大晟はまた新たに桜餅を手に取って口に運び始めている。最後の1個が、プラスチックのパックの中から消えてしまった。

「……ん?ああ!?…大晟、それ俺の!!!」
「早いもん勝ちだろ」
「どう考えたって2つずつだろ!」
「普段の感謝を込めて譲っても損はねぇだろ」

 普段の感謝って何だよ。それを言うなら、ここに連れてきてやって、桜餅を食べさせてやってる時点で十分感謝になってるだろ。それに加えて俺の桜餅をやるほど感謝することなんて……いや、まぁ、あるかもしんねーけど。感謝っつーか、迷惑って点では桜餅4個じゃ事足りないかもしんねーけど。
 いやでも、それとこれとは話が別だよな。
 大体、悪びれるどころか、指摘してなお当たり前のように食べ続けるっていうのもどうだよ?
 俺が睨み付けているのもお構いなしにあっという間に桜餅を平らげた大晟は、満足そうな表情でまた桜に視線を向けた。

 桜に腹が立たなくなった今、改めて桜と大晟の組み合わせを目にすると、思った以上に綺麗で息を呑んだ。
 花より団子なんて言葉があるけど、この組み合わせを前にしたら団子なんて放り投げてずっと花に見とれてしまいそうだ。
 いや、俺の場合、大晟は花ではなくて団子の立場だ。だったらやっぱり、花よりも団子だな。

「しょうがねーな」
「あ?」
「桜餅ごと大晟を食べる」
「はぁ!?ふざけんな冗談じゃねぇ!」

 大晟は俺の言葉に血相を変えて後ずさった。
 しかし、俺はそんなことお構いなしに詰め寄っていく。

「いやぁ、桜も、桜餅も大晟もまるごと楽しめるなんてふぜーだな!」
「風情の使い方はそうじゃねぇ!」

 詰め寄る俺と距離を取りながら、苛立った様子で言い放った。
 俺ががっつくともう後には引けないって分かってるだろうに。いつも以上に潔くないのは、ここが外だからだろうか?まぁ、俺にはそんなこと関係ないけど。

「じゃあ桜に、桜餅に、大晟が春の風物詩ってことで」
「ふざけっ、んっ、っ!」

 うるさい口をキスで塞いで、そのまま地面に押し倒す。桜の花びらが絨毯みたいになってて、それに埋もれる大晟は壱も以上に色っぽく見えた。

「うん、やっぱりこれこそ春の風物詩。じっくり堪能しとかないと」
「風物詩なんて微塵も関係ねぇだろ。お前は年中性欲じゃねぇか」
「んじゃー俺には年中無休で大晟が風物詩だな」
「あのな、季節特有だから風物詩であって……あー、もういい。後で教えてやるからさっさとしろ」

 どこか諦めたようにそう吐き捨てた大晟は、俺の首に腕を回して今度は自分から唇を寄せてきた。
 なんだかんだ自分だって普段とは違うシチュエーションにのりのりなんじゃねーか。っていう言葉は飲み込んで。キスに応えながら大晟の体を引き寄せると、ふわりと桜の花びらが舞って綺麗だった。
 この分だと今日の夕飯には間に合いそうにない。でもまぁ、桜餅食べたし、今からもっと美味しい風物詩をいただくわけだから別にいいかな。
 大晟はきっと凄く怒るだろうけど、これも春の風物詩の一貫ってことで。



end.





[Top]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -