Clap

newinfomainclap*res




華蓮と秋生


「冥土の土産は、何がいいですか?」


 窓から差し込む木漏れ日。
 美味しそうな朝食の匂い。
 テレビから聞こえる賑やかな音。

 唐突に耳に入ったその言葉は。
 そんな情景にはとても似つかわしくない、悪役さながらの台詞だった。



 冥土の土産に、欲しいもの



  さて、転びすぎていよいよネジを数本ならず殆んど撒き散らしてきたか?
 そんなことを本気で考える。しかし、最近はそうならないようにいつも注意してる。だから少なくとも、俺が見ている範囲では転んではいない筈だが。
 そうはいっても、24時間監視している訳じゃない…そんなことしてたら、流石に気持ち悪いしな。だから、見てない所で転んでネジを飛ばされている可能性もなくはないが。

「……凄い顔ですね」
「お前がそうさせてるんだろ」

 冥土の土産は何がいいか?
 そんなこと、リビングに顔を出して開口一番に言う台詞でも。あまつさえ聞く台詞でもない。
 俺の起床が遅いことに痺れを切らしたか?と、一瞬考えるも、そんなことは今に始まったことじゃない。というか、もしそうなら俺の起床時間ピッタリに朝食を出しはしないだろう。
 ならば他に何か冥土に送られるようなことをしたかと考えるが。寝起きで頭の回転が鈍いことを踏まえても、全く思い浮かばない。

「さっきまで睡蓮がゲームしてたんですけどね。それに出てきたキャラが言ってたんですよ、冥土の土産に教えてやるって」
「よく聞く台詞だな」

 アクションが関わってくるアニメやゲームで必ず1回は…というのは言い過ぎかもしれないが。お決まりのようによく出てくる台詞ではある。
 今から殺すぞという相手に、自分の秘密を冥土の土産に持たせたがる。そして結局殺し損ねてバレるか、もしくはその秘密が第三者に伝わるよう何らかのメッセージを残して死に結局バレる。本当によく見る光景だ。

「ですね。で、それを聞いた睡蓮が…何となくニュアンスで感じ取ってたけど実際はどんな意味なんだろう?って言い出して」
「それで調べたのか?」

 冥土の土産。
 その名の通り、死んであの世に持っていくもののことだ。その多くは、死に際に得たものや知ったことを差す。
 そして、それを手に入れたことで安心して死ねるようになるもの…でもある。
 例によって、ウィキペディア情報だ。

「それについては先輩は知ってると思うので割愛しますが。それでまぁ、冥土の土産には何が欲しいかって話になって…色々話してるうちに、後で華蓮先輩にも聞いてみよーって思って」
「それで開口一番にあの台詞ってわけか」

 理由は分かった。納得もした。
 しかし、せめて挨拶くらいしてからにすればいいだろうと思う。そうすれば、秋生が苦笑いする程の「酷い顔」にはならなかった筈だ。

「すぐ言わないと忘れると思って。挨拶したらまずそれ聞こうって決めてたんです」

 そうだな。忘れてるな。
 忘れまいとして挨拶の方を忘れてるな。そしてそれを忘れてることすらも忘れてるな。
 もういちいち面倒臭いから指摘はしない。放っておけば、そのうち思い出すだろ。

「…あれ?挨拶しましたっけ?」

 ほらな。

「おはよう」
「あ、おはようございます」

 凄く間抜けなやり取りに思えるかもしれないが。秋生を相手にすると誰でもこうなる。ここで馬鹿かと悪態を吐く方がもう馬鹿らしく、仕方ない事だと諦めた方が早い。
 そして、忘れまいとした挨拶を思い出したことで、今度は話の話題を忘れてしまうのは目に見えている。そうなって呆れる前に、自ら話を元に戻す。

「それで、お前と睡蓮は冥土の土産が決まったのか?」

 そもそも、老い先の長い小学生と高校生が死ぬ時に何を手にしたら安心して死ねるかなんて考えても、現実味がなさすぎてピンとこないと思うんだけどな。
 今何を思うかにもよるが、将来が長いことを考えると死ぬまでに手に出来る可能性も十分にある。それに、長く生きていれば今とは全く別のものが欲しくなるかもしれない。
 まぁ、それを踏まえた上で今の時点ではということなんだろうがな。

「睡蓮はネオジオングがいいって。あれがあれば、どこでもでかい顔出来るから」

 ………あのな。
 お前たち、ちゃんと意味を調べたんだよな?
 確かに睡蓮の言う通りではある。ネオジオングを持っていけば、閻魔大王にだろうとでかい顔が出来るだろう。実際にでかいしな。
 けどな、そういう意味じゃないだろ?
 娘の花嫁姿を見て、これで安心して死ねるとか。そういうことだろ。
 それとも本当にそっちの意味なのか?物理的に持っていきたい物の話をしてるのか?
 いやまぁ、冥土の土産という言葉にはそういう意味もあるが。
 違うだろ。
 特にゲームで見た方は違うだろ。明らかに娘の花嫁姿の方だろ。だからやっぱり、お前たちが考えてる方もそっちなんじゃないのか。
 ……まぁいい。睡蓮は小学生だからな。さっきも思ったように、先が長すぎて現実味がない故に、そういう物理的なものしか思い浮かばなかったってことでいい。

「秋生は?」

 これでお前、ウイングゼロとか言い出したら殴るからな。
 というのは、言い過ぎかもしれないが。さっきもよりも酷い顔を向けるかるな。

「ウイングゼロ」

 よし。

「……っていうのは、冗談です。さっきよりも酷い顔ですよ」
「だろうな」

 そういう顔をしようと思ってやってるからな。冗談だと言われても、まともな答えを聞くまでは戻さないからな。
 もし仮に次にまた変なこと言い出したら、今度は本当にひっぱたくぞ。

「俺はいまいち、思い付かなくて」
「…どうして?」

 取りあえずひっぱたかなくてもいいみたいだが。
 それは睡蓮よりは意味を理解していて、まだ現実味がないということなのか。他の意味があるのか。それとも単に、死に際に得て安心するよのうなものなどないということなのか。


「俺ってほら、ストーカー予備軍じゃないですか」

 さも公然の事実のように言うが、お前が勝手に言ってるだけだ。そしてあらゆる場でそれを口にして多方面から若干引かれてるが、俺はそう悪くはないと思ってる。
 …ということをわざわざ言うつもりはないので、それについてはノーコメントだ。
 あと、それと冥土の土産と何の関係があるんだよ?

「だからもし仮に先輩が天国に…は行かないか。地獄のどこに行っても、必ず見つけられる自信があるんです」

 おい。
 俺が天国に行かないってのはどういうことだ。しかもそれを、そりゃそうだみたいな顔して言いやがって。
 その後に割と可愛く思えるようなことを言ってたけどな。最初のその発言で、その全てが台無しになってるって分かってんのか。

「で、俺にとって一番譲れないのは華蓮先輩でしょ?」

 ……それは本人相手に問いかけることか?

「だから死に際に言われて安心することは、死んでからも絶対に先輩に会えるし、一緒にいられるってことなんです」

 ……秋生。
 お前、今自分が割と小っ恥ずかしいことを平然とした顔で言ってることに気付いてるか?気付いてないだろうな。
 聞いてて悪い気はしないから、指摘はしないけどな。どうぞ、続けて。

「でも、そんなこと言われなくても自分で見つけるし。そうなると、別に冥土の土産なんていらないかなって」

 それで、先輩にも聞いてみようと思って。

 って。そんなことを言われた後で、俺に何て答えさせたいんだ?
 いや、当の本人は深く考えちゃあいないんだろうが。ハードルが高いとかじゃなくて、それ以上の答えがあるのか。

「……そうだな…」

 間を持たせてみても、似たような答えしか思い浮かばない。けれどそれを先に言われて、同じだと言うのは何だか癪だ。
 ただ、答えとは別に、ひとつ分かったことがある。
 さっきは、今思っていることでもこれから手にするチャンスがあるとか。生きていく中で全く別のものになるかもしれないとか。そんな風に思ったが。
 逆に、決して変わらないものもある。
 ……それなら。

「来世の保証だな」

 それは、今もう手にしてるものであり。
 そして、これからも変わらず在り続けるもの。
 絶対に、手放さないもの。

「って、どういうことですか?」

 不思議そうに首を傾げる秋生に、俺は何も答えずに手招きをした。秋生は不思議そうな顔のまま、それでも側にやって来る。
 つまり、こういうことだ。

「来世がどんな世界であっても、こうして隣にいて、下らない会話ができる保証」

 死んでからも一緒にいられると豪語するのなら、俺はその先まで豪語してやる。
 それさえあれば安心して死ねるどころか、安心して生まれ変われる。……そもそも、地獄に落ちて転生できるのかとか、そんなことは置いておくとして。
 とにかく。俺が死ぬ間際に言われて安心するのは、必ず隣にいられる保証だ。
 ………あ、でも。

「そんなこと保証されなくても、自分で見つけるか」

 それがどれだけ離れた場所でも、どんな場所であっても。
 どんな姿でも。どんな形でも。
 必ず見つけて、そして一生離さない。

「よ、よくそんな、恥ずかしいことを平然と……」

 いや、それはこっちの台詞だろ。自分のこと棚にあげて何言ってるんだ?馬鹿なのか?……聞くまでもなく馬鹿だったな。
 全く。
 だからお前は馬鹿なんだ。と、悪態のひとつでも吐いてやりたいところだが。
 最近思うのは。
 それで変に注意するようになって、さっきみたいな不用意な発言が聞けなくなるよりは。気付かないまま喋らしておいた方が、俺としても気分は悪くないってことだ。

「秋生」

 そんな風に思うと、無性に甘やかしたくなって抱き寄せる。
 前までは心臓がどうとかと騒いでいたが、最近は素直にそれに応えてくる。騒がれるのも面白くはあるが、素直になられるとそれはそれで悪くない。

「来世でも、俺の方が早く見つけちゃいますからね」
「それないな。むしろ、地獄でも俺の方が先に見つける……ああ、そうだ。いっそ」


 もう、いっそ。


「秋生を持っていけばいいな」

 そうして地獄だろうと。
 来世だろうと、どこだろうと。
 ずっと離さずいればいい。



それ以上のものも、それ以下のものもいらない

(……結局物理的だな)
(でも、先輩がいれば閻魔大王もネオジオングも怖くないですよ)
(流石にネオジオングは蹴散らせない)
(何で閻魔大王は蹴散す気でいるんですか、ダメですって)




end.




[Top]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -