Clap
要と大晟「もし明日地球が滅ぶとしたら…
お前は、今からの時間をどう過ごす?」 例えば、もしも。 今回の盗みでは、龍遠たっての希望で大量の本を持って帰った。どんな種類の本でもいいからとにかく大量にと言われたので、少しだけ遠出して看守しか入れない図書室に行き本棚4つを2度に分けて運んだ。
すると、以前に没収された煙草6箱とゲームがいくつか戻ってきた上に、次回の抜き打ち検査はスルーしてくれるという最高のおまけ付きだった。
「…明日、地球が滅ぶとしたら?」
「そう。正確には、今から明日にかけてだな。……どうする?」
「何だよ、急に」
龍遠から大晟も気に入ると思うと合鍵を渡されたので、たまたま一緒になった労働終わりに立ち寄ってみた。「残業がないなんて」とお決まりの文句を言われた件はいつものことだからいいとして。この部屋を見た大晟はチョコを見せた時程ではないにしろ、かなりテンションを上げて本棚を漁り始めた。
帰ろうかとも思ったけど、楽しそうな大晟を眺めてるのも悪くないなと思って。だから部屋の隅に座り、煙草に火を付けようとしたら頭を叩かれ…やっぱり帰ろうかと思ったところ。何故か、そんな訳の分からないことを聞かれた次第だ。
何を言い出すのかと思って繰り返すように問い返すと、また問われた。どうしてそんなことを言い出すのか本当に意味が分からなくて、俺は顔をしかめる。
「大昔に、ノストラダムスの大予言っていうのがあってな」
大晟はそう言いながら、一冊の本を差し出してくる。それはいつも大晟が読むような漫画や小説とは、大きく印象の違うものだった。それになんだかペラペラで薄く、文字の大きさもまちまちで絵や写真がいっぱいある。
中身を開いてみてもそれは同じで、文章は文章なんだけど…やっぱり絵とか写真が多くて。文字の大きさもページによって違うし、同じページでも違うところもあるし、凄くごちゃごちゃしてる。
「これは雑誌ってんだけど」
「雑誌…へぇ」
「それでほら…これ」
何枚かページを捲り、あるページで大晟の手が止まる。開かれた両面のページをふんだん使って「ノストラダムスの大予言は果たして本当なのか!?」と巨大な文字が、凄く主張の激しい書体で書かれていた。
ちなみに、大晟が言ってたから「大予言」って文字が分かったけど。他に書かれてあることはほとんど読めない。だからぶっちゃけ、こうして見せられても分からない。
「このノストラダムスって人が、1999年の7月に地球が滅ぶって予言したんだと」
「……滅んだのか?」
「いや、滅んでたら俺たち生まれてねぇだろ」
ああ、そうか。そりゃそうだな。
つまりこのノストラダムスとかいう大層な名前の奴の予言は実現しなかったってことだな。こいつが予言者だったのか占い師だったのか知らないし興味もないけど、こんだけ大きく取り上げられてて実現しなかったなんてな。評判はがた落ちだったに違いない。
「つーか、地球が滅ぶって時に呑気なもんだな」
「そりゃあ、こんな根拠のない予言なんて本当に信じてる奴はごく少数だったろうからな。殆どの奴は面白可笑しく取り立ててただけだよ」
「なるほど…。確かに、読めないけどこれも雰囲気的にそんな感じがするもん」
この雑誌には、地球が滅ぶかもしれないという緊張感が丸でない。この書体のふざけた様子といったら、大晟の言葉通り正に「面白可笑しく」といった感じだ。
それが読めない俺にまで伝わるって相当だと思うけど。まぁ、そんなことはどうでもいいか。
「ただ…基本的に信じてはないとしても。これだけ取り立ててられたら、もしかしたら……くらいは思うかもしんねぇけどな」
「…確かに。ちょっとくらい気にはなるかも」
「それで…仮にまぁ、今日が1999年の7月30日だとして。明日中に地球が滅ぶとしたら、何しようかって思ったんだよ」
1999年7月に地球が滅ぶ。つまり7月のいつかは分からない状態で、今日、いよいよ1999年の7月30日までやってきた。残すところ1日。予言では、今日か…もしくは明日中に地球が滅ぶ。
もしも、本当に地球が滅ぶとしたら。
それは1時間後かも、10時間後かも、もしくは明日の23時59分までの時間かも…分からない。そんな状況を前にして、一体今から、何をして過ごすのか。
「ぶっちゃけ、もうすぐ地球が滅ぶってんだからよ。何してもいいんだからな」
大晟は付け加えるようにそう言った。
そうか。どうせ何やったって今日か明日には終わりなんだから、やりたいことなら何でも出来るのか。
看守に喧嘩売って独房に入れられそうになっても1日くらいなら逃げ切れる。ていうか、夜中に盗みに入らなくても殴って気絶させて好きなだけ盗めるし…盗む必要もないか。看守棟や検体施設をぶっ壊すって手もあるな。ああ、本当に何でも出来るじゃねーか。
―――そうだ、何でも出来る。
それはこの牢獄内だけのことばかりじゃない。
だから、ここで出来ることばかりを考えなくてもいい。
「……脱走してもいいのか」
「そうだな。どこにでも行ける」
「どこにでも…」
大晟の言う通りだ。わざわざ壊さなくても、こんな場所さっさとおさらばすればいい。
外に出らればもっと色んなことが出来る。旨い飯だって食べられるし、行ったことない所だって…時間の許す範囲なら行ける。海とか、それくらいは見といてもいいかな。あと遊園地な。ジェットコースターとか乗ってみたいし、観覧車とかも。お化け屋敷…は怖いからいいや。それから水族館にも行きたいし、映画ってのも観てみたい。
もうすぐ地球が滅ぶって時にそれら全部がいつものよう存在してるかは謎だけど。一流は時と場所を選ばないと言うからな。きっと大丈夫だろう。
勿論、思い付いたことが全部出来るわけじゃないから、選ばなければならない。でも、優先順位を付けてやることを選んでいる時間も勿体ない気もする。何だこれ、考え出したら切りがない。
「随分と真剣に悩むな」
読めない雑誌を見つめながら考えを巡らせてると、大晟がそう言って少し笑う。顔を上げると、大晟の顔がすぐ目の前にあって。そして目が合った。
その瞬間。
今まで色々な場所を思い描いていた全てがどうでもよくなった。…正確には、どの場所に行っても意味がないことに気が付いた。
「………どこにも行かない」
「は?何で?」
俺が呟くと。
大晟は少し驚いてから、そして怪訝そうな表情を浮かべる。
「だって……どこかに行って、それで何してもさ。最後の時に大晟がいないなんて、嫌じゃん」
ここを脱走して、どんな場所に行っても。そこにどれだけ楽しい時間が待っていたとしても。最後の最後に、大晟が横にいないなんて…そんなの絶対に嫌だと思った。
もしかしたら、それこそ大晟は俺との約束なんて放り投げて逃げるかもしれないけど。それでも絶対に追いかけて、捕まえて、絶対に一緒にいる。……あれ、なんか俺、ヤバイ奴みたいだな。…でも、本当に最後の最後なら。
それだけは、譲らない。
「バーカ」
「いてっ、…うわっ」
バシッと、強めに頭を叩かれた。
そして、そのままわしわしと髪の毛を掻き回された。
「お前、ペットの癖にご主人様を置いて行こうなんていい度胸だな」
「……いや、大せ…」
「俺はこの手綱は離さない。お前がどこに行っても、絶対にな」
俺が何か言おうとするのを無視して大晟は力強く言い放ち、自分の首にある首輪を指差した。それこら、また俺の頭を掻き回す。それはまるで、本当にペットをあやすときみたいな感じだった。
……大晟が首輪付けてんだけら、手綱握ってんの俺じゃね?てか、そもそも大晟の方がペットだっていうのは、もう言うだけ無駄なんだろうか。いやでも、そこを譲ったら俺の立場ってもんが…もうそんなものはないのか?…待て待て、こんなこと考えてちゃダメだ。こんなこと思い始めたら、きっと大晟の思う壺だ。
……まぁ、ぶっちゃけた話。もしも地球が滅ぶんだったら、どっちがペットだっていいような気もする。
だって、どっちにしたって。
「…じゃあ、何だっていい」
もしも。
明日、地球が滅ぶとして。
俺にとって大事なのは何をするかではなくて。
誰と一緒にいるかってこと。
だから、
「大晟が隣にいるなら、何だっていいよ」
ほら、こんな風に。
向かい合って、意味もなく笑って。キスをして。
そんなことすらなくても、ずっと隣にいる。
ただ、それだけあれば。
俺はきっと、何の後悔もしない。
例えば、もしも。今この時に、地球が滅んだとしても。(あ、でも最後に一発…)
(今すぐ野に放してやる。消え失せろ)
(ひどっ。大晟の嘘つき)
(ああ?)
(ごめんなさい調子に乗りました)end.
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