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華蓮×秋生

「先輩はどれがいいです?」
「どれでもいい。好きにしろ」
「うーん、じゃあ赤で」

 リモコンを手に四色ボタンの中から赤色を押すと、ピロンという音と共にテレビの選択画面の赤色だけが残り後が灰色に変わった。
 これでこの後にあるおみくじが赤色に辿り着けば、最新コードレス掃除機が当たるチャンスをゲットだ。

「ねぇ」
「うわっ!」

 おみくじが始まって、さぁどこに向かうとかとわくわくしていたら…突然視界からおみくじが消え、別の何かが映り込んだ。
 突然の出来事につい声を上げてしまったが、視線の先にいたのは幼いながらに着流しを着こなし、しかし行儀悪くガラステーブルに胡座をかく先輩にそっくりな…言わずもがな、亞希さんだ。

「ど…どうしたんですか?」

 亞希さんが昼間に、それも縁側以外の場所に顔を出すことは珍しい。
 それも、その立ち位置(座ってるけど)的に、どうやら俺に話しかけているようだということもまた、珍しい。

「君にとってこいつはずっとただの“先輩”なの?」
「…はい?」
「せっかく俺がこいつの契約を完遂させてやったのに、結局何も変わりないから」
「え」

 そこまできて、ようやく亞希さんの言わんとしてることが分かった。
 しかし、俺が言葉に詰まるまでもなく、亞希さんが再び口を開く。

「いや別にね、仲を不安視してるわけじゃないんだよ?ほぼ毎週デートに外出してるんだから、たまには仲良く家で過ごすのもいいと思うよ?デートでも家でも結局家電かよって突っ込みなんてしないよ」

 それはもうしてる内に入るんじゃないでしょうか。
 あと、今はゲームをしようとテレビを付けたらたまたま家電特集をやってて見せてもらってただけで、寝ても覚めても家電のことしか考えてないわけじゃないんですよ。
 なんて頭の中で言い訳をしていたら、亞希さんは「そうじゃなくて」と言ってから今度は先輩の方に向いた。

「お前はそれでいいのか?」

 それは疑問系だったが、先輩が口を開く前にまた俺の方に視線が戻った。

「君はそれでいいの?」
「え…あの……」

 最初に一度。それから二度だけ、呼んだ先輩の名前を。
 最初は学生証の名前を無意識に読み上げて、危うく殺されるところだった。
 その次は小さかった先輩に、どうしても自分の気持ちを伝えておきたくて口にしただけで…。


 改めて、呼びたいのかと聞かれると。



「おい、詰め寄るな」

 睨むように見つめられ答えに困っていると、先輩が亞希さんの肩を掴んだ。

「……まぁ、君は例え呼べと言われても3年くらいはかかりそうだけどね」
「え」
「違いないな」
「そ…そんなことないですよ!」

 何で先輩まで確信してるみたいな言い方するんですか。
 そりゃまぁ確かに未だに先輩と一緒にいると頻繁に心臓は爆発寸前ですが、名前を呼ぶくらいなら俺にだって出来ますよ。

「なら呼んでみたら?」
「えっ、そ…そんな急に……」
 
 いくらなんでも唐突すぎやしませんか。
 同じような顔でほらみろみたいな表情浮かべないで下さい。


「せっかく取り戻した名も、これじゃあないのと変わりないな」


 最終的に亞希さんはどこか呆れたようにそう言って、その場から消えた。
 再び視界に入ったテレビにはもうおみくじの画面は映っておらず、掃除機をゲットするチャンスを得たかどうかすら分からなくなってしまっていた。




 




 じっと見つめる先に、ゲームをしている先輩の横顔がある。見ていて何が解決するというわけでもないが、先程からずっと見ている。
 しかしいつまでも見ているだけというわけにもいかないので、テレビの中で先輩の使う機体が勝利宣言をしたタイミングで口を開くことにした。

「……………だめだ」

 なんだこれ。思っていた以上に口に出すのが難しいんですけど。
 その理由は今まで禁止されていたから口にするのが怖いとかそんなんじゃなくて。呼び方に悩んでるとかそういうんでもなくて。

 いや、だって。

 そもそもこういうのって呼べって言われて呼ぶもんじゃなくね?自然な流れで呼ぶもんであって、意識的に呼ぶもんじゃなくね?
 だってほら、意識すると逆に言いにくくなるだろ?
 つまりそういうことなんだ。

「何に向かって言い訳してるんだ?」
「……あれ…声に出てました?」
「いいや、顔に出てた」

 顔に出てたって。
 顔に出てたってなんすか。しかもずっとゲームしてて全然こっち見てないのに、何でどんな顔してるか分かるんですか。
 大体言い訳してる顔って一体どんな顔なんだろ…て、自分の顔触ったって分かりゃしねーよ。

「はぁ」
「いい加減諦めたか?」
「いいえ」

 絶対諦めないけど。それは即答するけど。
 これは所謂パパから父さん(あるいは親父)へ移行問題と同じだ。ずっと父親をパパと呼んでいた少年が思春期に入り周囲の目を気にしてパパと呼びにくくなり、いかに自然に父さん(あるいは親父)に移行していくのかという、とても重要な問題だ。
 そもそもパパって呼ぶのが恥ずかしいから移行するのに、父さんって呼ぶのも恥ずかしいなんてどうすりゃいいんだよ。どっちにしても恥ずかしくて呼べなくて、結果的に完全に詰みじゃねーか。
 俺の父さんは思春期を迎える前に死んでしまったから、俺がその問題に直面したことはない。ていうか、元々父さんだったから直面することもなかっただろう。
 今の問題も最初から父さんパターンだったら、こんな風に苦労しないかったんだろうけど。残念ながら、俺にはその選択肢は与えらなかった。

「…ずるくないですか?」
「何が」
「李月さんと睡蓮と、兄貴は今はいないけど…深月先輩たちも、知ったらきっとすぐに呼び始めますよ」

 もしかしたら、深月先輩たちはブランクがあるからパパから移行問題に直面する可能性がなくもないけど。
 いや…やっぱなさそうだな。知ったら用もないのに話しかけそうだし。しつこく話しかけて最終的にキレられそうだもんな。

「それがどうした」
「みんな経験者なのに…俺だけ初心者だから」
「ゲームやスポーツじゃあるまいし、経験もくそもあるか」

 そんなことないです。
 すっごく重要だから経験値ほぼゼロの俺はこんなにも苦しい展開を迎えてるんです。
 先輩にも分かりやすく言えば、レベル1の初期装備状態でラスボスに挑むような気分ですよ……ああ、それでも初見で勝つんだよな、この人は。

「……はぁ」

 たった一言なのに。

「別にそこまで無理して呼ぶ必要ないだろ」
「……でも、亞希さんは呼ばなきゃ名前がないのと同じだって」

 李月さんも、睡蓮も、それからそのうち深月先輩たちも呼ぶようになれば…きっとそんなこともなくなるんだろう。
 けど、先輩がもう二度と無くさないように名前を呼ぶなら、自分がその中心にいたいと……エゴのような気持ちがある。
 だから、これまではそんなに気にしてなかったけど、亞希さんの言葉を聞いてどうしても呼びたくなった。



「別に呼ばれなくても、お前がいる限りなくなりはしない」
「え?」

 いつの間にか俯いていた顔を上げると、テレビ画面が一時停止状態になっていてコントローラーが机に置かれるところだった。
 ずっと会話をしながもこちらを見ることがなかった視線が、ぶつかる。

「それに俺はお前をどこにもやらないから、二度となくなることもないだろ」

 不意討ちに、腕を引かれる。

「っ……」

 急接近した顔がまた少し離れ、その顔を伺う。
 俺の顔はまたどんどん茹で蛸みたいになっているのに、先輩はまるで普通に挨拶程度のことを口にしたみたいに涼しい表情だ。


 ―――普通に。



 そうだ。

 本当に、その通りなんだ。


 別に何も特別なことではなくて。
 本当に、挨拶をするみたいに。



「かれん…せんぱい」



 当たり前に、その名を呼び
 振り向く顔もきっと
 ずっと当たり前に、そこにある

(随分とぎこちないな)
(ま…まだ実力を出しきってませんのでっ)







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