Clap
皆さん、ご機嫌麗しゅう。 毎日気が狂いそうなほどに暑いけれど、ちゃんと水分補給はしているかしら?
熱中症は怖いわよ、自分は大丈夫と甘く考えずしっかりと対策を取りなさい。
あ、自己紹介がまだだったわね。
私は世界のアイドル、この世を統べる月の申し子。
そう、誰もが知っている大鳥世月よ。
このキャッチフレーズ凄く悩んで考えたの。素敵でしょう?
ちょっと中二病っぽいとこも堪らないわよね。さすが私としか言いようがないわ。
それだけじゃないわ、お気に入りの服で可愛さも三倍ましよ。
え?服なんて見えないって?
固いこと言わないで、美しい私を想像なさい。
ほーら、見えてきたでしょう?
「世月…、何一人でぶつぶつ言ってるの?」
「あら侑、来ていたのね。今日も可愛くて何よりだわ。…今はちょっと、皆さんに自己紹介をしていたのよ」
「自己紹介?皆さんって誰?」
「……何でもないわ。それより、侑が来たということは全員揃ったわね」
侑を連れてきた深月もいるし、眠そうに欠伸をしている李月もいる。その不服そうな顔は、特別に見なかったことにしてあげるわ。
ちなみに、今後誰かが芸能人にでもなった際に高く売り捌けるように、常に隠れてこの子たちの写真を撮っている影の存在もスタンバイはオッケーよ。
「…で、何でこんな朝っぱらから学校に来なきゃいけねーんだよ?」
深月が李月と同じような顔で面倒臭そうに聞いて来たところで、今の状況を説明しましょうか。
今深月が言った通り、今私たちがいるこの場所は小学校の中庭ーーの近くよ。
中庭の様子がよく見えてかつ中庭からは見えないという絶妙な場所…平たく言うと庭木の影ね。
「あなた、今日が何の日か知らないの?」
「1年の中で数少ない学校に来なくてもいい日の内の貴重な1日だ」
深月の代わりに答える李月の言葉には、嫌みがたっぷり籠っているのが聞いてとれるわね。
本来なら地団駄を踏むところだけれど、そんなことするとせっかくの楽しみがなくなってしまうからここは我慢よ。
「黙りなさい李月。捻り潰すわよ」
「…すいません」
けれど言葉で牽制することは忘れないわ。
あなたが私に勝てる日なんて一生来ないのだから、こういう時は素直に従っておけばいいのよ。
「何の日なの?」
侑、あなたは本当に可愛いわね。
この純粋無垢な瞳がいつまでもそのままであればいいと思うわ。
そのためにはあなたがしっかりしないといけないのよ、深月。あなたの手に侑の今後の愛らしさの運命がかかってるの。
「水やり当番の日よ」
学生生活を送ったことがある人なら大抵は体験したことがあるでしょう?
もちろん、学生生活を送ったことがない人も言葉くらい聞いたことがある人は少なくないでしょう。
「水やり当番?」
「夏休み間に生徒が順番に学校に来て植物に水やったり、動物に餌やったりする当番のことだよ」
「へぇー、そんなのがあるんだ」
深月の説明はずばりその通り。
餌やりも含めているけれども、その大方の作業が水やりを占めているから誰もが水やり当番と言っているーーその水やり当番よ。
「あ、今日は双月と華蓮の日だったっけ?」
李月あなた、毎日喧嘩ばかりしているくせに、かーくんのスケジュールは全て頭に入っているのね。
…あなたのことだから、きっと全員分把握しているのでしょうね。そういうところは兄として尊敬しているわよ。
「まさか、手伝いに来たとか言うんじゃねーだろうな?」
「それならこんなところに隠れたりしねぇよ。大方、珍しい組み合わせだから面白いかもとか思って覗きにきたんだろ?」
あら、私の考えそうなことはお見通しってことね。
誰のこともよく観察しているところとか、やっぱりあなたは兄に向いていると思っているわ。力では絶対に負けないけれど、その点は敵わないわね。
「さすが李月お兄ちゃん。長男だけのことはあるわ」
「誰がお兄ちゃんだ」
「いやお兄ちゃんだろ。そこは否定すんなよ」
恥ずかしがっちゃって。
深月の言うように、素直にお兄ちゃんしておけばいいのよ。
「あ、2人とも来たよー」
来たわね。ここからが本番よ。
侑が指差す方向には、お目当ての2人…双月とかーくんが並んで歩いているわ。
さぁ2人とも、楽しませてくださいな。
「餌やりは終わったから、後はここと、あそこと、あっちと、それから向こうの水やりで終わりだ!」
思いの外多いわね。
自分の当番の日は心して挑まないといけないわ。
「くそみてーな範囲だな。2人でやる量じゃねーだろ」
「そう思うならジョウロじゃなくてホースを持ったらどうですか?華蓮さん?」
確かにそれはそうね。
まさか、この広範囲をするのにホースが1本しかないということもないでしょう?
「ボク非力だからホースとか重いもの持てませーん」
「ぼ…ぼくって!キモ!」
「うるせー。笑ってる暇があったらさっさとホースで水撒けよ」
「だから華蓮もホースでやれっつってんの!」
かーくんてば、どうして頑なにホースを持たない気なのかしら。
2人でホースの方が絶対に早いのに。
「分かる分かる。やった後にホース巻くのが面倒なんだよな。地味に面倒くさいし、あれ意外と手も汚れるし」
「ああ…、そういうことなの…」
私たち四つ子よりも、あなたたちが双子だと言った方がしっくりくるほどに思考回路が似ているだけのことはあるわ。
つまり、私と水やり当番が同じあなたも同じ手を使い兼ねないということね。そうはさせないように、しっかりと対策を取っておかなくちゃ。
「どんだけ面倒臭がりなんだよ。時間が掛かる方が面倒だとは思えねーのか」
「とにかく自分で動きたくないんだろうね」
かーくんはあれね。
休みの日は布団から一切出ないタイプの人間ね。…ゲームがないと生きていけないから、そうでもないかしら。でもそれなら、そのうちリビングのソファで生活し始めるに違いないわ。
そうならないように、私が毎日家から引きずり出しているわけだけれど。
もっと誰か他に、かーくんの極度の面倒臭がりをも凌駕するほどの何かがあるか、もしくは誰かがいないものかしら。
「華蓮ー!終わんねーよ!このままじゃ俺たち熱中症で死んじまうよー!かーれーんー!」
あら、ちょっと雲行きが怪しいわよ。
双月の周りの空気が不穏になってきたわよ。
「うわっ!お前なんか寄って来てんじゃねぇか、こっち来んなッ」
「ホース!」
「分かったやるから!やるからとりあえず落ち着け!」
どうやら双月の粘り勝ちのようね。
あのまま負のオーラを撒き散らして悲惨な状況を産み出すと、より面倒な結果になるのは目に見えているし当然の結果かしら。
「はいホース!」
「俺がホースを手にしたからには速攻終わらせて帰るからな。サボんじゃねぇぞ」
「華蓮じゃないんだから真面目にやりますー」
やっとまともに作業が始まるみたいね。
最初から2人でホースを持っていたら、今頃もうそのエリアは終わってるのでしょうけど。
「普通に水やりし始めたな」
「かーくん、真面目にするとテキパキしてるからやっぱり早いわね」
「最初からやっとけよという一言に尽きるだろ」
「それに比べて双月へたっぴー。足にホース絡まりそう」
侑の言うとおり、双月が使っているホースは今にも足に絡まりそうだわ。
それだけじゃなく、ちゃんと伸びてないから水の出も悪いったらないわね。
「かれーん。見てみてー、にじー!」
か…可愛いわね。
私と同じ顔なのだから余計にとても可愛いのだけれど。
あなた、真面目にやりなさいよ。
かーくんに怒られるわよ。
「サボんなっつったろ!何が虹だぶっ飛ばすぞ」
「でもほら、虹!きれーじゃん!」
ええ…綺麗よ。確かに綺麗なのよ。
そしてすこぶる可愛いわ。少なくとも私なら許しちゃうほど素敵な笑顔ね。
けどね、かーくんはあなたの可愛さなんて微塵も分からないのよ?
「真面目にやるって言ってたお前はどこに行ったんだ?ああそうか、取り憑かれたのか。よし一発殴って追い出してやるからこっち来い!」
「さっきは来んなって言ってたくせにー。てか殴られるってのに行くわねー…ギャーー!!」
あー。
「やるんじゃないかとは思ってたけど」
「最初に怒られた時にやめときゃよかったのにな」
「あーあ、双月。びしょびしょだね」
呆れたように覗き見る他3名に私は全面同意よ。
多分、同じように呆れた顔をしていると思うわ。
「あははは!!何やってんだよお前!ばっかじゃねーの!」
あなたは少しくらい心配なさいよ。
お腹抱えて笑ってる場合じゃないでしょう。…まぁ気持ちは分からなくもないけれど。
でも早く助けてあげないと、双月が濡れるくらいじゃ済まないわよ。
「笑って、ないでっ、たすけろよ!うわあぁっ」
ガシャンッ!
「あーー!!割れちゃった!!」
ほーら、言わんこっちゃないわ。
「あそこまで暴れるホースは見たことねぇな」
「最初に水の出が悪いからって水量マックスにしたのが裏目に出たんだろ」
「ホースが生きてるみたいだね!おもしろーい!」
つまり全て双月の自業自得というわけね。
「あははは!お前マジでバカだな!」
普段なら双月を擁護するところだけど、今日ばかりは言葉がないわ。
「華蓮が助けてくんねーからだっ。これでもくらえ!」
「うわあっ!?」
あらあら。
これはろくな展開にならない予感ね。
「双月てめぇ…!」
「おーおー、水も滴る男とはこのことだなぁ」
「調子に乗んなよ。靴の中まで水浸しにされてぇのか」
「その言葉そっくりそのままお返ししますね!!」
予感は的中ね。
全く、李月とかーくんじゃないんだから。
かーくんは私たち兄弟とは全員喧嘩しないといられないの?
…確かに、双月と喧嘩しているところは見ないけれど、李月は毎日だし深月ともたまに揉めてるわね。
やっぱりそういう生態系なのかしら?
まぁ、私相手じゃあ喧嘩にもならないでしょうけれど。
「おい、教師が来たぞ」
「あいつら気づいてねーな」
「これは100%怒られちゃいますね」
そうこう言っている間に天下の教師様のご登場ね。
あら、生徒指導じゃないからよかったじゃない。
「彼は自分の失敗を棚にあげて俺に水をかけるどうしようもない子です」
「はぁ!?華蓮が助けてくれないからだろ!」
「そもそも自分が水を被るようなドジするから悪いんだろ。俺は真面目にやってました」
「ジョウロでサボろうとしてたくせに!」
「でも改心して真面目にやってただろ。せんせー、悪いのは全部大鳥君です」
素直に2人で謝ればいいのに、どうしてそういう態度なのかしら?
私が言えたことではないけれど、教師に反抗しないと気が済まないの?
「あー、すげぇ怒られてる。これは華蓮のせいだな」
「素直にごめんなさいって言ってりゃ先生も手伝ってくれたかもしんねーのに」
「先生行っちゃったね」
深月の言う通りだわ。
せっかく相手が生徒指導じゃなくてラッキーだったのに、全部パーね。
「…この植木鉢どーするよ?」
どうやら、教師がいなくなって喧嘩モードも落ち着いたみたい。
割ってしまった植木鉢が結構大きいものだったことを再認して、ちょっと「やっちまった」って顔になってるわ。
うふふ、そういう顔も可愛いけれど。
「片付けろって言われても、直せねぇしな」
「焼却炉にぶちこんで闇に葬るとか?」
双月あなた何言ってるの。
やっぱりちょっと何か憑いてるんじゃないの?
「そんなことしちゃダメだよ!」
……これはまずいわね。
「うわっ、びっくりした!…侑?」
「…お前こんなとこで何してんだよ」
「えっ…あ、えーと。とにかく、焼いたりしちゃダメ!」
「冗談だって。いくら何でもそんなことしねーよ」
しなくてもそういう案が出ることが問題なのよ。
この子はちゃんと見張っておかないと、どこで悪い霊に感化されるか分かったものじゃないわね。
「で、お前は何でここにいるんだ?」
「え、いや…その…えーとですね」
あらぁ。
しどろもどろしている侑も可愛いわぁ。
もうきゅんきゅんしちゃう。
「言わないと殴るぞ」
「えっ」
「華蓮てめー!侑に手ぇ出したらぶっ飛ばすぞ!」
ああ、これはもうダメね。
「やっぱりお前もいたか」
「あっ、しまった!」
まんまとかーくんの作戦に嵌まったわね。
思いきり出ていく所を見られたから、いる場所まで丸分かりじゃない。
「てことは、李月も世月もいるよなぁ?…双月!」
「準備はオッケーだぜ、華蓮!」
さっきまであんなに喧嘩してたくせに、仲良くホースをこっちに向けるんじゃないわよ!
ああ、こんなことならお気に入りの服なんて着てくるんじゃなかったわ!
「逃げれるかしら?」
「時間稼いでやるからさっさと逃げろ」
「…私だけ?李月は?」
「お前その服気に入ってんだろ。似合ってるし、わざわざ濡らすこともないだろ」
……やっぱり。
やっぱりあなた、お兄ちゃんよ。
あなたがなんと言おうとお兄ちゃんだわ。
だから、ずっと皆の近くでちゃんとお兄ちゃんしてなさいよ。
「…いいえ。私だけ逃げるなんて、言い出しっぺとして失格よ」
「なら大人しく迎え撃つか」
「ええ、全力でびしょ濡れになるわ!」
***
世の中思い通りにいかないものね。
しっかりお兄ちゃんだった李月は家出をしてただの李月になってしまったし。
可愛かった双月は双月ではなく私になってしまうし。
深月はひねくれてちっとも侑に優しくしないし、そのせいで侑はすっかり意地の悪い笑みを浮かべるようになってしまったし。
かーくんは名前を呼ばれることもなくなって、そればかりかすっかり笑わなくなってしまったし。
そして私は死んでしまった。
本当に、何が起こるか分からないからこの世は難しいわ。
「ぎゃーー!!ちょっと双月、なにすんの!?」
「いや、だって…!このホースが…!!」
「おい洗濯物にかけんじゃね…ああーー!!」
そうね…でも。
「うるせぇな…」
「いちいち騒がないと何も出来ないのかお前らは…」
それが全部、悪いことだったわけじゃないわ。
例え皆が変わってしまっても、それで全部なくなってしまうわけではないもの。
「何で庭の水撒きするのに勢い全開にするの!?」
「さっきまで水が出なかったんだよ!」
それはね、双月。
あなたがホースを踏んでいたからよ。
「僕水浸しなんだけど!」
「んなことどうでもいい!それより、洗濯物まで水浸しにしやがって!」
「僕の水浸しがどうせもいいって何!?」
あなたたち、喧嘩を始めてる場合じゃないんじゃなくて?
「喧嘩なら他所でやれ」
「水を止めろ」
そうそう、李月とかーくんの言うとおりよ。
そしてあなたたち、口は出しても絶対に手は出さないのね。絶対に濡れない場所から動こうとしないのね。
「貸して!その前にみっきーを水浸しにしてやる!」
「うわっ!?…侑お前何してんだよ!!」
あら、これはあまりよくない展開なんじゃないかしら?
事故ならともかく、故意にやりだしたら止まらなくなるわよ。
「わー、水も滴るいい男ですこと!」
「あーあ。深月、びっしゃびしゃじゃん…」
「ふざけんな…。つーか、元凶が無傷ってのはどうなんだよ!?」
「あっ、ホントだ!双月もそれ!」
「ええ!?」
ほら言わんこっちゃない。
悪意が少しでも垣間見えたら、こういう展開になるのは分かりきってるもの。
「うえー…ずぶ濡れ…」
「水も滴るいい女って感じだよ」
「あら、そう?」
双月ってば、ノリノリじゃないの。
でも、いくら私の真似をしてもやっぱり本物の美しさには負けるわ。
「お前らも高みの見物なんてさせねぇからな!」
いよいよそこまで矛先を向けるのね。
それは自殺行為じゃないかしら?
「深月てめぇ…」
「血祭りにあげられてぇのか…」
あら、いい男が血祭りなんて言葉使うもんじゃないわ。
せっかくなんだから、もっと楽しみなさい。
「そう…、楽しまなきゃだめよ」
私はもう、その輪に参加することはできないけれど。
でも、とっても楽しいわ。
だから、これからも例え皆が変わっていてしまっても。
ずっと、みんなで一緒に笑っていなさいよ。
夏の日に思い出を(今、世月の声が……)
(ま…まさか。冗談だろ…)
(お、俺は何も聞いてない…)
(そう言いながら2人とも真っ青じゃねぇか)
(世月!いるなら一緒に水遊びしようよ!)
(あらそう?それなら、ポルターガイストを駆使して全力で水浸しになろうかしら?)
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