Clap

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要×大晟


「すげぇ雨だな」

 トタンで出来ている天井を見上げ、ゆりちゃんが呟いた。先程からバチバチと今にも屋根が抜けてしまいそうな音が耳に響いている。特に気にしてもなかったけど、あれは雨の音だったのか。

「こりゃ稜海はずぶ濡れで帰ってくるね」

 ゆりちゃんの言葉を聞いて、同じように上を見上げた龍遠が呟いた。どうやら稜海は今日外の作業場らしいのだが、それを心配するならともかくどうして少し嬉しそうなんだ。

「何でちょっと嬉しそうなんだお前。気持ち悪ぃな」

 どうやらゆりちゃんも同じことを思ったらしく、引きぎみに容赦ない言葉を投げつけた。

「きっと寒いだろうから、ぎゅーしよって言ったら素直にしてくれそうでしょ?」

 あー、なるほど。
 今日はこの季節にしては珍しく肌寒いからな。その上濡れたら相当寒いだろうし、最近龍遠に塩対応の稜海の心も動くかもしれない。

「………純にも言ってみようかな」
「便乗するならさっきの気持ち悪い発言撤回してよね」

 ゆりちゃんの口ぶりからするに、どうやら純も外の作業場らしい。だからさっきから雨の様子をずっと気にしてたのか。
 さっきまではゆりちゃんがまともに見えてたけど、あの発言を聞くに龍遠と換わりゃしない。そして、いつもの俺ならもれなく右に同じなんだけど、今日に限ってはそうじゃない。

「…大晟も外だけど、俺はだめだな」

 だって俺には、誰かを温められるほど体温がない。

「まぁお前だと更に冷やすだけだからな。諦めろ」

 ド直球ストレートに教えてくれてどうもありがとう。
 でもさ、いくら俺がバカでもそれくらいわかるんだぞ?もう少し気遣いとかしてくれてもいいんじゃないの?

「てか、大晟さんはどっちにしても嫌がるでしょ?」

 いやまぁ、確かに龍遠の言う通りかもしんねーけど。そういう問題じゃなくてさ。
 嫌がられるとかそういうんじゃなくて。
 なんかこう、誰でも当たり前にできることなのに。それがそもそも出来ないってのがなんか嫌なんだろ。

「龍遠のばーか」
「はいはい、拗ねない拗ねない」
「拗ねてねぇし!」

 龍遠に向かって声を荒げると、少し遠くの方にいた看守がこっちを向いた。只でさえ遅れぎみだというのに、看守の目について残業なんてさせられたらたまったもんじゃない。
 そんなことを思いながら一度龍遠を睨み付けて静かに作業に勤しもうとした途端、作業場のPCが一斉にバチンと音を立てた。

***
 
「ただいま」
「遅ぇ。何してたんだよ、てめぇ」

 なんとまぁ、ずいぶんと酷いおかえりコールですこと。
 ベッドに座って小説を読んでいた大晟が顔を上げて吐き捨てた。頭が濡れていることから、土砂降りを回避できなかったことが伺える。

「いや、早いだろ。まだ11時だぞ」

 原因不明の故障で作業場のPCが全て使えなくなってしばらく待たされ、土砂降りで外の作業場に移すこともできず、結局自宅待機になった。
 いつも残業ばっかさせられてる俺を思えば、むしろ早すぎてビビるくらいだろ。
 
「1時間も前にウイルス拡散したのに何してたんだ」
「いやそれはだって、その場で30分くらい待機させられて、解散になってからも他の奴らが出ていくの待ってたし…って、え?」

 ちょっと待て。
 怒りに圧倒されてつい言い分を口走っちゃったけど。
 なんか今大晟、すごいことサラッと言わなかったか?絶対言ったよな?ウイルス拡散したって言ったよな?

「うだうだ言ってねぇでさっさと来い」
「何、どうしたん、うわっ」

 来いと言われるがままに近寄っていくと、腕を引かれてベッドに引きずり込まれた。

「た、大晟…まじどうしたんだ?」

 本当に一体全体何があったんだ。
 大晟が俺をベッドに引きずり込むなんて。

「寒いんだよ」
「は…?」

 理解の追い付かないままに問うと、更に理解の追い付かない返答が帰って来た。
 大晟の顔を見上げたいのに、ベッドの中でがっつりホールドされて身動きが取れない。これじゃあ本当にいつもと真逆だ。

「せっかく土砂降りで作業中止になったっつうのに、てめぇがいねぇから寒くて寝れねぇんだよ。せっかく夜の分取り返せると思ったのにふざけんな」

 いやまぁ、夜に関しては完全に俺のせいだ。そこは否定しない。
 でも、昼寝の有無はそれは俺がキレられることじゃなくね?完全にとばっちりな気がするんだけど。
 そして、それ以前の問題がある。寒くて寝られないのに俺がいてなんの意味があるってんだ?

「俺がいたら余計に冷たくなるだけじゃね…?」

 すでにキレ気味の大晟は何言っても怒られそうだったけど、気になって恐る恐る聞いてみた。
 てか、そもそも何で主従関係が上であるはずの俺がこんなに伺うように聞かなきゃなんねーんだ。もっと堂々としてろよ、俺。

「表面が冷たいだけで体温がないわけじゃねぇからな。布団の中つっこんどきゃ湯たんぽくらいにゃなるだろ」

 そう言って俺を抱き締める大晟の体温は、寒いと言うだけあっていつもよりも冷たく感じられた。
 それでも、俺が多少なりと温かいと感じるということは、やはり俺の方が冷たいはずなんだけどな。
 それでもいいってことなのか。

「ほんとに?俺の体温でも、大晟の役に立ってる?」

 そう聞くと、大晟は突然くつくつと笑いだして俺の頭をかき回した。
 さっきまで怒り心頭って感じだったのに、本当に今日はどうしたんだ。風邪でも引いておかしくなってしまったのか。

「俺はお前の体温を使いこなす天才だからな。役に立たせないわけないだろ」

 なんだか俺が所有物みたいな言い方で、それも凄いドヤ顔をしていそうな口ぶりだな。そんなこと言われると、いつもなら俺が飼い主だってことを分からせてやるんだけど。
 今日はそんな気分でもなくて。

「じゃあ、大晟は俺専用だな」
「逆だろ。お前が俺専用なんだよ」

 大晟はそう言うと、「夕飯まで起こすなよ」と完全に就寝体勢に入ってしまった。仕方がないので、俺も夕飯まで昼寝を決め込むことにするかな。


(なぁ大晟、このまま寝るよりも動いたらもっと熱くなるんじゃ…?)
(次口開いたら外に投げ出すからな)
(……おやすみなさい)





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