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華蓮と秋生


 小さい頃は、よく外で遊んでいた。
 いつからあるのかも分からないような遊びは、どうしてか皆が知っていた。
 どれも単純な遊びばかりだったけど、飽きずにずっとやっていた。
 それをしなくなったのは、一体いつ頃だっただろう。







 今年は暖冬で、だからそれほど寒さに凍えることもない。
 そんなことをテレビの天気予報でやっていたのは、思い違いじゃないはすだ。

「さーむーいー」

 今日は比較的気温が高く、過ごしやすい気候になるでしょう?
 おまけに天気は晴天で洗濯物を干すにはもってこいの日でしょうだって?
 
 それなら、

 壁にぶら下がっている温度計の「2℃」って数字はなんだ。
 温度計が壊れているのか?

 窓の外に舞っているこの白い物体はなんだ。
 ケサランパサランか?
 

 天気予報を信じでちょっと薄着してきたのが間違いだった。
 あんなもの、もう二度と信じない。


「死ぬ。多分死ぬ。そろそろ死ぬ、いい加減に死ぬ」

 自分の定位置である席に座って、俺は膝を抱えて窓の外を見ながら声を出した。
 喋ったところで寒さが紛れる訳じゃないけど、無言で雪を眺めているよりはマシだと思った。

「黙れそれ以上喋ったら死ぬ前に殺してやる」

 全然マシじゃなかった。
 むしろ冗談だった死が一気に近寄ってきた。

「ごめんなさいすいません殺さないでください」

 睨み付けてくる視線向かってそう言うと、先輩はどこか呆れたように溜息を吐いた。空気が白く濁って、この部屋の寒さを露見させていた。
 いつもだったら俺の下らない発言なんて完全に無視なのに、今日の先輩はよほど苛々しているようだった。それは多分、この寒さのせいだ。ゲームをするにも指が悴んでまともに操作できないからって、さっきPSPを床に叩きつけかけていた。ギリギリのところで思いとどまっていたけど。


「ねぇー、せっかく雪が降っているんだから遊びに行こうよー」

 幽霊である加奈子は温度を感じない。そのため、自分だけなんともないように俺と先輩の間を行ったり来たりしている。事実、なんともないのだが。
 生きている人間たちのこの状況を見てよくもまぁ、そんな能天気は発言ができるな。先輩がPSPを床に叩き付けかけていたところも、俺がさっき死ぬ死ぬって連呼していたところも、見ても聞いてもいなかったんだろうか。

「誰が行くか」
「俺も先輩に同じ」

 先輩と俺が立て続けに答えると、加奈子は怒ったような表情を浮かべた。
 お馴染みのポルターガイストで発火とかできないのだろうか。あの金切り声は聞くに堪えないノイズでしかないが、今なら許可する。


「もういいよばかー。クロと2人で遊びに行くもん」
「にゃー」

 クロは「人」とは数えない。
 口にするのは面倒くさいので、心の中でだけ突っ込んでおいた。

「あーあ、だらしないったらありゃしない。2人で押し競饅頭でもしけばいいんだわ」

 一体どこからそんな中年おばさんっぽい喋り方を覚えてきたんだろう。
 加奈子は呆れたようにそう言うと、クロと一緒に窓からすっと出て行ってしまった。




「押し競饅頭って…江戸時代からあったんすかね?」
「どうだろうな。あいつは色んな時代からどうでもいい言葉ばっかり覚えているから、当てにはならない」

 押し競饅頭がどうでもいい言葉かどうかは置いておくとしても。
 この間、「アベック」という言葉を知っていた時には流石に驚いた。そしてあれは正に、どうでもいい言葉の部類に分類されるだろう。

「おしくらまんじゅう、おされてなくな…あんまりおすと、あんこがでるぞ…あんこがでたら、つまんでなめろ」
「その歌…そんな歌詞だったのか」

 何の気なしに歌ってみると、先輩が意外そうな声を出した。
 無視されるか、また黙れとでも言われるか、そのどちらか以外の言葉が飛んできたことが意外だった。

「知らなかったですか…?」
「最初の一節だけは知っていたが、続きは初めて聞いた」
「ああ…まぁ、遊ぶときってそこまでしか使わないですもんね」

 俺はどうして知ってたんだっけ?
 いつ覚えたのかはよく覚えてないけど…多分、歌詞は間違っていないはずだ。

「押されて泣くな、までは明らかに人間をイメージさせる言い方なのに、あんこが出るって…内臓の暗喩か?」
「いやいやいや、怖いですって。何で冷静に分析してんすか、そんなに深い意味ないでしょ」

 確かに童謡や昔の遊びには怖い意味が隠れているものもある。その中でもはないちもんめとか、かごめかごめとかは有名だ。
 でもだからって、押し競饅頭が内蔵の暗喩っていうはどうなんだ。それってつまり内臓が飛び出るってことで、さらにそれを舐めろってことだよな?なんだそれ、ぞっとする。
 その発想自体も怖いし、そんな発想が出て来る先輩も怖い。

「つまり、遊びに使うあの円は一つの社会的サークルを意味していて、そこから漏れた人間は殺され内臓を出される。更に食べられていたと解釈できなくも…」
「怖い怖い怖い!先輩まじで怖いですって!!」

 もうやめて。
 押し競饅頭できなくなるから。いやまぁ、する予定なんてないけど。
 でもほら、公園で子供たちがしてるとことか目撃したら想像しちゃうからやめてお願い。


「冗談だ」
「全然冗談に聞こえないですから!!」

 冗談ならもっと冗談らしい冗談言ってほしい。
 ちょっと本当にありそうだし、それを先輩が言うと余計に信憑性が増す。

「ああ…怖くなって余計に寒くなっちゃったじゃないですか……」
「お前の軟弱さを人のせいにするな」

 軟弱って…相変わらず酷い言い草だ。
 いつもと同じ枚数着てきていたら、こんなことにはなってなかった。
 はずだ、多分。


「おしくらまんじゅうって、本当に効果あんのかな……」

 小さい頃に遊んだ記憶はあるけど、あれで実際に暖かくなったかと聞かれれば覚えてないと答えざるを得ない。
 まぁ、円から出ないように奮闘するわけだから、それなりに暖かくはなりそうなものだけど。…そんなことよりも、鬼ごっことかした方が明らかに暖かくなるし、そもそも小さい頃ってあんまり寒さとか感じていなかったような気がする。



「秋生」

 幼い頃の記憶を呼び起こしていると、ふと名前を呼ばれた。
 視線を向けると、先輩がこっちを向いていた。

「来い」
「?」

 あまり動きたくなかったけど、呼ばれたら行かなければならない。
 いや別に行かなきゃいけないことはないと思うけど、身体が勝手に動いていた。

「何です――うわ!」

 先輩の前まで行って「何ですか」と聞こうとした。
 でも、唐突に腕を引かれてバランスを崩して倒れ込んだせいで、言葉は最後まで言えなかった。ほぼ同時に、ずっと冷たい空気に晒されていた身体が、まるで暖房の効いた部屋に入ったみたいに暖かくなった。


「せっ…先輩…!?」

 それが先輩の体温だと気付くのに時間はかからなかった。
 すぐそこに先輩の顔があって、俺はその腕の中に抱きすくめられていた。
 一体何がどうなっているのだろう。

「押し競饅頭」
「…これは…違うと思うんですが……!」

 ていうか俺、今絶対違う意味で暖かくなってると思う。
 暖かくっていうか、熱くなってると思う。

「こういう遊びは地方によって遊び方が異なるものだろ」

 確かにそういうことはあるだろうけど。
 これじゃあ遊びになっていない。だって、全然動いてないし。


 だが、効果は絶大だ。


「押し競饅頭…捨てたもんじゃない」

 おしくらまんじゅう、おされてなくな。
 あんまりおすと、あんこがでるぞ。

 この場合、先輩が饅頭で俺があんこになるのだろうか。
 それならば。
 あんこが出ないように、少しだけ身を寄せてもいいだろうか。

「出ないように気をつけろよ、内臓」
「内蔵って言わないでください!」

 表現方法はどうあれ、やっぱり先輩が饅頭で、俺はあんこだ。
 先輩がぎゅっと抱きしめてくれた。俺はその体にしがみついて顔を埋めた。


 小さい頃は飽きもせずに色々な遊びをしていたけれど。
 
 きっとこれほど飽きない遊びはないに違いない。





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