Clap
うんめいきょうどうたい。
労働中にそんな言葉を耳にした。誰がどういう経緯で口にしたのかは分からない。もちろん俺の貧相な頭では意味すらも分からなかったけど、なんだか耳に残る言葉だった。
運命共同体「運命共同体?」
「うん」
あんまり気になったもんだから、労働の帰りにたまたま出くわした龍遠に聞いてみることにした。
龍遠は俺の聞いた言葉を流暢に反復し、俺が頷くと腕を組んだ。
「運命共同体か…そうだな、なんて言えばいいかな」
「そんなに難しい言葉なのか?」
「そういうわけじゃないんだけど…あ、そうだ」
腕を組んだ龍遠は何かを思いついたように手槌を打った。
そしてどこか楽しそうな表情を俺に向ける。
「運命共同体って言うのはね、相手の運命を自由自在にできるってことだよ」
「は?」
「ハグとキス」
そう言う龍遠は本当に楽しそうだ。
まるで、新しい玩具を見つけた子供のように。
「意味分かんねーんだけど」
「抱きしめてもらって、キスしてもらえたらその人の運命は自分のもの」
「……してもらうのか?するんじゃなくて?」
自分のものにするのなら、自分からしてしまえば早いのにと思う。
「そうだよ。自分で無理矢理する分には簡単だけど、してもらうとなるとそう簡単にはいかないからね。人の運命が簡単に手に入っちゃダメでしょ?」
なるほど。
駄目かどうかは分からないが、簡単に手に入ったのではつまらない。
「脅しはあり?」
「それじゃあ、自分で無理矢理するのと大差ないって」
「…確かに」
抱きしめることもキスもその行為自体は実に簡単なのに。
誰かにしてもらうとなると中々難しいものがある。もちろん、してくださいとお願いすればしてくれる人はいくらでもいるかもしれないが。
重要なのは、してくれる相手が運命を自分のものにしたい人かどうかということだ。
「要は誰と運命共同体になりたい?」
質問の返答に、思い浮かぶ人物は一人しかいなかった。
***
「大晟!抱きしめてキスして!!」
思い立ったらすぐ行動。
知った言葉はすぐ使いたくなり、すぐやりたくなるお年頃である。
「……何だよ突然」
「いいから!ぎゅってしてちゅーするだけだろ!!」
龍遠と別れて部屋に帰ると大晟の姿はなかった。大晟は行動範囲が広い方ではないから、部屋にいないときに探す場所は限られる。というか、ほぼほぼ一つだ。
ゆりちゃんの部屋で稜海も交えてトランプをしていたところに乗り込み、大晟の背中から覆いかぶさる。すると、一言目で面倒臭そうな表情になっていた顔が更に悪化した。
「俺がしなくても勝手にすればいいだろ」
「俺がするんじゃ意味ねーの!大晟にして欲しいんだよ!」
俺がしたんじゃあ、俺が大晟の自由にされちまうだろ。
「なんだお前。可愛さアピールキャンペーンでもしてんのか?」
「なにそれ?」
あぴーるもきゃんぺーんも全然意味分かんねぇ。
俺に横文字使っても通じねぇことくらい分かってんだろ。
「…何でもねぇよ。ほら」
何でもないっていうか、完全に説明すんのが面倒臭かっただけだよな。
つーか、もう全部面倒くさいみたいな顔で仕方なさそうに両手を広げるんじゃねぇよ。
そんな態度取られると「じゃあいいよ!」って気分になるだろ。
でも大晟はそれを狙ってわざと面倒臭そうにしてるんだろうから、裏の裏をかいて飛び込んで行くけどな!!
やべっ、俺って天才じゃん?
「ふわー、大晟の体温落ち着くー…って、ちげぇ!!」
眠くなってる場合じゃねぇ。
まだ第一段階だ。
「もう大人しくしとけよ…」
なんていう大晟の言葉に従う俺ではなく。
「ちゅー」
「ああ?」
「ちゅーがいいでーす」
「……んなもんいつもしてるだろうが」
「いっつも俺が強制的にさせて…ふぎゃ!!」
言葉の途中で、大晟の両手が両頬を思いきり挟んだ。
挟むだけならまだいいが、それを力任せに押し込むものだからかなり痛い。
「余計なことを言うんじゃねぇ」
「ふいまへん」
もう言いません。と、言葉にならないような言葉で言うと、頬から両手が離れた。
「なんだって今日の要はそんなに甘えモードなんだ?」
蚊帳の外にいたゆりちゃんが、自らの膝に頬杖を付ながら問うてきた。
稜海は淡々と床に散らばるトランプを捲っている。
「別に甘えてんじゃねーよ。運命共同体」
「は?」
「運命共同体ってどういう意味?って龍遠に聞いたら、教えてくれた」
俺の言葉に、ゆりちゃんが苦笑いを浮かべる。
まるで興味がなさそうにトランプを捲っていた稜海も手を止めて顔を上げた。
「何て教わったんだ?」
「運命共同体っていうのは、抱きしめてもらってキスしてもらえたらその相手の運命を自分のものにできることだって」
少しの沈黙。
あれ?この空気はなんだ?
「あいつはまた…」
「え!?違ぇの!?」
「信じるなよお前も…」
稜海が頭を抱えて、ゆりちゃんは苦笑いを引き笑いに変えた。
それから、分からないことがあっても二度と龍遠に質問をするなと言われた。
「つーか、俺で試すんじゃねぇよ…」
大晟はどこか呆れたように溜息を吐く。
そんなこと言われたって、しょうがねーじゃん。
「だって俺、大晟しか欲しくねーもん」
また沈黙。
あれ?俺また変なこといった?
「やっぱりお前、可愛さアピールキャンペーン中か」
「は?」
「まぁ何でもいいけど」
「!?」
沈黙から最初に大晟は、そう言うときょとん顔の俺にキスをした。
本当にキスされたのか疑うくらい、突然のことで一瞬のことだった。
「お前の言う運命共同体ってのも悪かねぇな」
大晟はそう言って微かに笑う。
この美人の笑みが自分のものだと思うと、最高に気分がよかった。
その後で本当の意味を教えてもらったけど、
それでもやっぱり最初に思い浮かんだのは大晟だった。
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