Short story


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 心霊部に足を運ぶことは滅多にない。
 僕は今、部屋の間取りも記憶にないくらい久々に入るその場所で、それもロッカーなんて小学校のかくれんぼでしか入ったことのないような所に身を隠して。
 隣でいけしゃあしゃあとしている深月を睨み付けながら、どうにもこうにもならない羞恥心と戦っている。







 旧校舎のくせに新設のように綺麗で整っているこの場所は、部員数3人にしては…ほぼ4人みたいなもんだけど、それにしったて大きすぎると言わざるを得ない。だから本当は普段からここに集まるのが得策だと思うけど、部屋の主はそれを許さない。
 そのせいでいつもいつも狭い新聞部にぎゅうぎゅう詰めになって、あっちこっちでやれ手が邪魔だとか座るところがないとかお茶がこぼれたとか、騒がしく賑やかだ。
 まぁ、僕はこんな触れられない距離が確実に保てるような場所より、文句言われても触れられる距離にいられる方がいい。だから新聞部の部室も本当は大きな部屋に変えることも出来るんだけど、ずっと狭いままにしてあるんだ。なんて言ったら、新聞部部長はきっと凄く嫌な顔をするだろう。


「じゃなくって…!」
「でかい声出すんじゃねぇよ、馬鹿」
「あ、ごめん」

 主たちはまだ戻ってきていない。だけど、いつ戻ってくるか分からないから声を潜めていなければならない。
 不法侵入ってだけでもお怒りものなのに、こんな所にいるのを見つかったら…ああ怖い。深月だけじゃなくって、2人揃って華蓮にぶっ飛ばされるに違いない。
 でもさ、それに関しては華蓮がとやかく言えた立場じゃないんだよね。とはいえ、唯我独尊を貫くあの人は自分のことなんて簡単に棚に上げて、僕たちに鉄拳制裁を食らわせてくるだろう。
 ーーー自分達のことなんて棚に上げて。そう考えが過ったところで、また思い出してしまった。

「まさか見られてたなんて……」

 頭を抱えても羞恥心は消えない。
 プライバシーの侵害どころの話じゃない。人権問題だ。

「だから言っただろ。誰かに見られたらどうするんだって」
「そんな回りくどい言い方しないで、小声かなんかではっきり言ってよ!もう僕、恥ずかしくて死んじゃうっ」

 深月からその事実を聞いたときは、天地がひっくりかえるんじゃないかってくらい衝撃を受けた。
 まさか、あのロッカーになっちゃんと秋生君が潜んでたなんて、聞いてからも冗談だと思ったくらいだ。…実際にしつこいくらい「冗談だよね?」って聞き返したし。
 でも何回聞いても答えは同じで、十数回目でやっとそれを飲み込み呆然とした。その横で深月は僕のことなんてどうでもよさそうに、きっと充電器でも取りに来たんだろうと華蓮たちが潜んでいた理由を推察していた。
 見られていることを分かっていてあんなことをして、それどころかあんことを言って。それで普通に正常心でいられる神経が僕には分からない。

「元はといえばお前がねだってきたのが原因だろうが」
「分かってたらねだんなかったよっ」

 あんなにしつこく、何回も。
 ……ああ、嫌だ。本当に嫌だ。思い出すだけでも恥ずかしい。思い出さなくても恥ずかしい。
 もうこれからは無性に甘えたくなっても、新聞部になんか行くもんか。

「俺は帰ったらって言ってろ。それなのに、お前がしつこくねだるから」
「だーかーらっ。教えてくれてたらねだんなかったってば。何回も呼ぶのに、無視しといて何さ!」
「あいつらがいたから無視してたんだ。それがまさか、返事して開口一番にそんなこと言われるとは思わねぇだろ」

 そう言われると、立つ瀬がない。

「おまけにしつけぇし。何がお願いだ、あんな可愛い顔されて折れねぇわけねぇだろ馬鹿か」

 自分で自分のことを賛美するのには慣れてるけど、改まって他の誰かに可愛いと言われると照れるものだ。それが深月となるとなおのことで、顔がどんどん熱くなるのが分かった。
 だから僕はその顔を隠すようにすぐそこにある深月の胸に顔を埋める。学校では一切触れてこない深月は、ここが今度こそ誰にも見られることのないロッカーだからだろうか。文句を言わずに抱き寄せてくれた。

「で、でも…だからって、あんな…あんな恥ずかしいことまで言わなくても」
「愛してる?」
「はっ、恥ずかしいからやめてってばっ」
「嬉しいの間違いだろ」

 ……こいつ、暇潰しに僕で遊んでるな。
 可愛いっていったのも、僕の反応を見て楽しむためか。そうに違いない。
 人が羞恥で死にそうになってるのを見て可笑しそうな返してなんて奴だ。かなりむっとしたけど、強く抱き締めてくるもんだから反論も言えなくなってしまう。
 いっつもそうだ。深月は本当にずるい。
 僕が深月のこと好きで好きでたまらないことを知ってるから、酷くして、突き放して、弄んで、それからちょっとだけ優しくする。そんな扱いであっても、僕が深月から離れられないって分かってるんだ。
 深月は本当に典型的な、釣った魚に餌をやらない人間だ。そして僕は、それが分かっているのにいつまでも餌を待っているどうしようもない魚なんだ。
 だから今だって、抱き締めておけば大人しくなると思ってるんだろう。実際それで大人しくなってるんだから、僕は本当に馬鹿だ。まんまと深月の思う壺に嵌まっていると分かっているのに、その腕を振り払うこともできない。
 小さい頃はもっと、いっぱい好きとか何とかって言ってくれたのにな。離れてた間に、どっかで愛情を口にする機能を捨てて来たのかな。もしくは、あの頃はまだ自分の本質に気付いてなかっただけか。…双月は頭のおかしいじーさんのせいで性格が歪みきったって言ってたけど、どーだかね。


「来た」

 深月がロッカーの隙間から顔を覗かせる。
 ほらね。他にやることができると、僕のことなんてすぐ放り出しちゃうんだから。
 二人きりでこれだよ?全力で甘えに行ってようやく相手にしてくれて、ちょっとだけ優しくしてくれる程度だよ?
 自分から甘えに行かなかったらどうなると思う?聞くまでもなく、優しくしてくれるどころか空気のように扱われるに違いない。

「みっきーのばか」
「はぁ?」
「何でもないよーだ」

 僕が思いきり舌を出すと、深月は一瞬だけ顔をしかめた。しかし、部屋の鍵がガチャリと音を立てるのを聞いて、すぐさまロッカーの隙間に視線を戻す。
 また相手にされなかったことに少しだけ寂しさを覚えつつ、僕も深月と同じようにロッカーの隙間に視線を向けた。

 仕返しをしよう。
 深月は唐突にそう言って、教室に向けていた足を止めた。その言葉の意味を理解することは簡単だったが、正直やめておいた方がいいんじゃないかと思った。
 そう言うや否や踵を返した深月は、ぼけっと突っ立っている僕に「お前も来るか?」と問うてきた。珍しいこともあるもんだなって思ったのと同時に、普段はあからさまに避けあっている学校の中で少しでも多く深月と一緒にいれるならって…思って付いていくことにした。やめといた方がいいのは分かってたけど、その気持ちの方が勝ってしまった。
 で、その仕返しというのがこの状況。正に、やられたらやり返す。目には目を、歯には歯を。目くそはなくそ、どんぐりの背比べっていうと、機嫌を損ねそうだから言わない。

「隣に座ってもいいです?」

 部室に入ってきてすぐ、華蓮はソファに腰を下ろした。後を追うように入ってきた秋生君は、少しだけ悩んで華蓮に向かって声をかける。
 家では普通に隣に座ってるけど、学校だとやっぱり違うのかな?その辺はよく分かんないけど…許可をとらなくては近くにいれないような空間なんて、僕は嫌だ。だって、そんなこと聞いて深月がいいよなんて言ってくれるわけないもん。やっぱり、新聞部くらい狭い方が懸念材料が少ないってもんだ。

「別に聞く必要ないだろ」

 華蓮はそう言って、秋生君に手を差し伸べる。

「いや…部室じゃあ隣にいるのも落ち着かないというか、なんというか」

 常にセットみたいなもんなのに、今さら何言ってんだろう。ってか、新聞部でも当たり前のようた隣に座ってるよね?
 もしかして、この部室が一新したから?新しい空間だと溶けた緊張もリセットされるとか、そんな感じなの?

「じゃああっちにでも座ってろ」
「それはいやです」

 そんなことを言いながらも、華蓮は手を差し出したままで、そんな華蓮を前にして意外にも秋生君は素直だ。聞くところによると、秋生君の遠慮っぽい性格も最近はかなりマシになってきてて、華蓮はご満悦だとか。
 と、そんなことはさておき。華蓮の手を取った瞬間、秋生君は一気にソファに引きずり込まれていった。

「…これだよ、これ」
「あ?」
「何でもないでーす」

 ここが深月との違いだよね。
 深月なら本気であっち行けって言って、本当にあっちに行かそうとするからね。嫌だって言っても行かそうとするからね。

「ち、近いです」
「今更何だ」
「いやだから、部室じゃあ…」
「だからそれならあっちにでも行ってろ」

 華蓮はそんなことを言いながら、まるでそんなつもりはないように秋生君の髪を梳く。秋生君はくすぐったそうに、それから恥ずかしそうに、そして嬉しそうに目を細めた。ソファの背もたれが陰になっているので、華蓮と秋生君がどういう体勢なのかは分からない。
 ただ、こんな広い部屋なのに。
 今にも触れそうな距離で顔を合わせて会話を交わす2人が。それが出来る間柄、その関係がとてつもなく羨ましく思えた。

「……ちなみに、続きは聞けるんですか?」
「そのスマホをどうにかしたらな」

 続きって何だろう。
 ていうか秋生君、そんなラブラブしてる感じなのにスマホいじってるの?まさか、片時も目が離せない今時の高校生ってわけじゃないよね?
 そりゃそうだよね。だって、家にいる時間の殆どを料理に費やしてるのに、スマホ依存症になる時間なんてないもんね。……じゃあ、何で?

「つまり、俺が録音しようとする限りは聞けないと?」
「愛してる」


 愛してる。

 その一言に、秋生君は目を見開いた。
 そして一瞬だけすこぶる恥ずかしそうに顔を赤くして。それから何故か、恨めしそうな顔になった。
 え?ここは両手を上げて喜ぶところじゃないの?
 僕ならそう…いや、そこまではしなかったけれども。少なくとも秋生君は、よく口にしている心臓爆発ものだと思うんだけど。
 もしかして、意外とよく言われてる?

「またそうやって………」
「何が不満なんだよ」
「録音ボタン押してないです」
「知ってる」
「でしょうね!」

 ああ、成る程。
 秋生君は華蓮からの愛の言葉を録音しようと思ってスマホをスタンバってたのか。
 ってか、何それ?今から愛してるって言うぞって宣言でもされてたの?そんなのあるの?
 それに「また」ってことはやっぱり意外とよく言われてることなの?それで秋生君は毎回録音の機会を狙ってるってこと?
 ……馬鹿みたいだけど、気持ちは凄くよく分かる。僕も録音しときゃよかったな。



「好きだ」


「大好きだ」


「愛してる」


 それはつい先ほど、僕が深月に言われた言葉と全く同じだった。
 見られていたことを再度認識して、恥ずかしさが込み上げてくる。それでも目をそらさずに見ていると、みるみるうちに秋生君が茹で蛸のように赤くなっていくのがよく分かった。

「だからっ、ろくおん…!」

 そんなことを言ってるけど、それよりも羞恥の方が勝ったみたいだ。恥ずかしくって華蓮を見ていられなくなったのか、秋生君はその顔を華蓮の肩口に埋めた。可愛いなぁ。

 好き、大好き。そして、愛してる。
 そんな秋生君の頬に、華蓮は優しくキスをする。そしてそのまま、唇に。
 愛されている。秋生君がこんなにも甘く、華蓮に愛されてるなんて。


「食い入りすぎだろ」
「う……うるさい」

 深月に指摘されて隙間から視線を逸らす。見上げればすぐそこに深月の顔があって、不覚にもドキッとした。
 キスしてやろうかと思ったけど、そんなことしてもどうせ深月の反応は嫌がらないとしても薄いだろう。それでは自分が虚しくなるだけのような気がしたのでら、やめておいた。

「ところで、ゲームはいいんですか?」
「遠回しにゲームをしろって言ってるのか?」
「いや、そうじゃなくて。あんなことしてまで充電器手に入れたのに、しなくていいのかと…」

 あんなこと、とは僕達を覗いていたことだろうか?
 もしそうなら、ここに来るまでに言っていた深月の推察は見事に的中したことになる。だが、もしそうならわざわざピッキングなんてしなくても放課後まで我慢するか、深月か春人君を呼べばよかったじゃないか。
 なんて思っても、後の祭りなんだけど。

「それもそうだな」
「うわっ…」

 突如、華蓮によってひょいと抱えあげられた秋生君はくるりと向きを変えられ、そして再び地に舞い降りた。
 向かい合っていた体勢から、今度はなっちゃんが秋生君を後ろから抱き締める形になる。

「こっ…これは新規心臓爆発案件です…!」
「知るか」

 要領オーバーらしい秋生君が騒ぐ。しかしそれに構うことなく、ゲームを始める華蓮。きっといつものことなんだろう。
 そんな風に、近い距離でいることが当たり前なんだ。それに秋生君が騒ぐことも、華蓮が気にしないことも。2人にとっては、普通のこと。
 何だろうな。なんか本当に、いいな。

「本当に熱心に見てるな」
「べ、別に熱心になんか……」

 ただちょっと、羨ましかっただけだ。
 僕なんて、いつもいつも自分から甘えに行ってばっかりで。あれやって、これやってってそんなのばっかり。キスなんて、ねだったって滅多にしてくれないし。
 けれど秋生君は自分から甘えなくても、そんなこと必要ないというように甘やかしてもらってる。そして愛されてる。そんな秋生君を少しだけ羨ましく思った。ただそれだけのこと。



「あ」

 何かに気がついたというような表情を浮かべて、秋生君が窓の方に視線を向けた。
 同じように、窓の外に視線を向けた華蓮の表情が一気に険しくなる。勿論それは、秋生君に対してのものじゃない。

「出たのか?」
「はい…」
「空気の読めない奴だな」

 秋生君の返事を聞いた華蓮は酷く苛立った様子でそう言って、舌打ちをした。
 今出現したらしい悪霊だか何だかは、きっと問答無用で切り裂かれてしまうだろう。可哀想に、完全に侵入するタイミングを見誤ったな。


「…あの、華蓮先輩」

 立ち上がり、扉の方に向かう最中で秋生君が口を開いた。秋生君は未だにその殆どで華蓮のことを「先輩」って呼ぶけど、ごく稀に名前が含まれることがある。どんなタイミングでその違いが出るのか、その点については桜生ちゃんでもまだ解明出来ていないらしい。
 なんて情報は今はいいとして。少し先を行っていた華蓮が振り返り、「何だ?」と悪霊への苛立ちをそのままに問うた。
 


「好きです」


「大好きです」

 唐突にそう声を漏らした秋生君は、水蒸気でも上るんじゃないかというくらい真っ赤だった。一方華蓮は、隠そうともしてなかった苛立ちが嘘のようにその表情から消えていた。
 でもまだ、それで終わりじゃない。
 本当はまだ続きがあるはず言葉はそこで止まってしまった。そしていつまで経っても、続きは出てこない。多分、本人的にはあれが精一杯なんだろうなぁ。それがまた、いじらしくって可愛い。

「続きは?」
「そ、それはまた今度!」

 秋生君は少し声を大きくしてそう言うと、急に小走りになって僕たちの目の前を通り過ぎる。そしてそのまま、逃げるように部室から立ち去って行った。
 何なんだあの生き物は。最後の最後まで可愛すぎるじゃないか。……何で僕がこんなにきゅんきゅんしてるんだろ。そうすべきは華蓮でしょ。
 と思うけど、秋生君がいなくなった後も特に何のリアクションもなく。後を追って、秋生君と同じように僕たちの前を通り過ぎて行く。
 瞬間、視線がかち合った。


「!!!」

 その驚きをどうにか声に出さすに済んだ。
 華蓮が部室から出ていき、そして鍵が閉まる。

「い…いま、こっち見てなかった?」

 もろ目が合ったような気がしたんだけど。
 ロッカーを開けて外に出ながら、深月に視線を向ける。しかし深月はそんなまさか、というような表情を浮かべた。

「気のせいだろ」
「ええ?本当に?見てたと思うんだけどな…」
「もし気付いてたら、秋生構う前にフルボッコだろ」

 いや…まぁ、確かにそうか。
 僕たちがフルボッコなのもそうだけど、本当に気付いてたらあんなこと言わないよね。華蓮の性格的にさ。

「あいつらが戻ってくる前に帰るぞ」
「うん」

 中から鍵を開けて外に出てから、深月はピッキング道具をを使って慣れた手つきで鍵を閉めた。それもまるで、それが当たり前というように。
 そんなものどこから手に入れてくるのか、そもそもなぜ所持しようと思ったのか。どうしてそんなに使い慣れているのか。色々と疑問はあったけど、その辺りのことは知らない方がいいだろう。見なかったことにしよ。


「疲れた」

 足早に新聞部に戻ってくると、深月は雪崩れ込むようにソファに寝転んだ。これは元々生徒会室にあったものだけど、秋生君が熱を出した時に持ってきたものだ。緊急事態の措置だったんだけど、あれからずっとここに置かれたままのソファはもうこの部室の備品として当たり前のように扱われている。
 生徒会室には新しいもっとおっきいのを買ったからいいんだけど。新聞部に無条件で家具を提供したみたいになってるのは、何となく釈然としない。

「お前、授業行かねぇの?」

 ソファのすぐ近くの椅子に腰を下ろすと、寝転んだままの深月が見上げてきた。
 そういえば、今が授業中だった。すっかり忘れてたけど、今の授業は確か…生物だ。

「行かない。中途半端に出ても目立つだけだし」
「普通に行っても目立つだろ、お前は」

 それはそうだけど。途中から行ったらもっと目立つ。それに、特別待遇だから行かなくてもいいし。何より生物の授業は嫌いだ。
 ていうか、むしろ行かなきゃいけないのは深月の方でしょ。そんなことを思うが、深月は端から行く気などないというようにソファに体を預けて目を閉じていた。

 あ、もしかして。
 これは安易に出てけって言ってる?寝るから邪魔だってこと?
 そんな考えに行き着くと。
 そもそも普通にこの部屋に入っちゃったけど、深月にとって想定外だったのかもしれない。それならそうと言ってくれれば、すぐに生徒会室にでも行くんだけど。…言われなくても、自主的に出てった方がいいのかな。


「侑」

 名前を呼ばれ、思考が中断する。
 声のした方に視線を向けると、ゆっくりと体を起こした深月が僕の方に手を差し出していた。
 ……え?何事?

「何?…えっ、うわぁっ」

 どうするのが正確なのか分からずに、差し出された手を取った。すると力一杯に引っ張られてバランスを崩し、僕の体重を支えきれなかった深月ごとソファに倒れ込む。
 結構勢いがあったから、もしかしたら深月は痛かったかもしれない。今のは明らかに深月のせいだけど、それでも機嫌を損ねて「出てけ」なんて言われたら僕は凄く損した気分になってしまう。何とも理不尽極まりない。
 でも、こうやってくっついていると甘えたくなるから…もしも機嫌を損ねてなかったら、またちゅーをねだろうか。ちょっと前にそれで恥ずかしい思いをしたばっかだけど、もう学校では甘えないって思ったけど。
 やっぱり甘えたくなるんだから、仕方ない。
 そんなことを思いながら倒れ込んでしまった胸から顔を上げれば、僕の長い髪が深月の顔にかかった。くすぐったそうに顔を歪ませ、深月はその髪を手に取った。

「梳くにはちょっと長ぇな」

 深月はそう言って、僕の髪を耳にかけた。そしてその手は僕の首に回され、ゆっくりと引き寄せられた。
 そのまま、深月は僕の頬に唇を寄せた。

「っ!」

 びっくりした。滅茶苦茶びっくりした。
 だって僕まだ、何もねだってない。

「過剰に反応しすぎだろ」
「だっ、だって…っ。ちゅーなんて…!」
「さっきもしただろ」
「それは僕がねだったからでしょ!」 

 それに最初は、ねだってもしてくんなかったじゃん。
 それが華蓮と秋生君がいたからって言ったけど。例えいなくったって、すぐには反応してくれなかったことは目に見えてる。
 それなのに、まさか、自分からしてくるなんて。

「さっきはしつこくねだってきたくせに、今はもう嫌だとか面倒臭ぇやつだな。じゃあ何が欲しいんだよ」
「い、嫌なんじゃないよっ。何が欲しいかなんて、そんなの全部に決まってるじゃん!」

 そんなの、言わなくても分かってるくせに。
 僕はいつだって深月の全部が欲しい。自分でねだらないと貰えないものの全部を、望むだけで手に出来るようにしたい。
 例えばほら、秋生君みたいに。あんな風に、甘やかされたいんだよ。
 分かってるでしょ?

「欲張りだな」

 深月は少しだけ笑った。
 かと思うと、僕は持ち上げていた頭を無理矢理深月の胸に押し付けられる。無理矢理だった割に力任せではなかったから、痛くはなかった。

「誰かに見られたら、どうするの?」
「誰も見てねぇよ」

 さっき見られたばっかりの状況では、説得力の欠片もない。でも、言葉と共にきつく抱き締められると、そんなことはどうでもよくなってしまった。
 それに元々、懲りずに自分からねだる気だったのだから。そう思って改めて、脳内で再度驚きが広がった。
 やっぱりまだ、ねだっていないのに。

「深月」

 少しの期待を込めて、顔を上げる。
 すると、まるで気持ちを見透かしたように、僕の唇に深月のそれが触れる。

 そしてやっと、理解した。
 僕は今、愛情を注がれ、甘やかされている。

「侑」

 耳元で名前を呼ばれ、耳たぶに甘いキスと、熱い抱擁。いつもはねだらないともらえないものが、次々と注がれる。
 間違いなく、甘やかされてる。

「深月」

 それでもまだ、僕は期待を膨らませてしまう。
 そんな僕を見た深月はまた少し笑って、僕の頬を撫でた。

「ほんとに欲張りだな」

 ぶつかる額と、視線と。キスと。
 自分で望んでおきながら、これ以上注がれたら溢れてしまいそうだ、と一瞬だけ考えたけど。
 欲張りな僕はそんな考えをすぐに投げ捨てて。いっそ溢れてしまうくらいにもっと欲しいと、深月の首に腕を回した。


 だから覗き見なんて、するもんじゃない
 こんなにどきどきしたら、気持ちが止まらない。
 もっと欲しいって、欲張りになっていく。



continue??




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