Short story


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▼秋生


 華蓮先輩が新聞部に行くと言い出したのは、昼休みにしがない霊を成仏させて少ししてからのことだった。何でも、ゲーム機の充電器の調子が悪いので新聞部においてある予備を取りに行くのだという。
 そういえば前に新聞部の仕事を手伝った時に定規を置き忘れていたことを思い出した俺は、一緒に付いていくことにした。少しでも先輩と一緒にいたくて、別に使いもしない定規を取りに行くなんて口実を使って付いていったことを後悔することになったのは、それからほんの数分後だ。







「ねぇ、みっきー。ねぇってば」

 さきほどから、侑先輩が何度となく深月先輩を呼ぶ。しかし、深月先輩は5回に1回程度しかその呼び掛けに応じていない。華蓮先輩といい勝負だ。

「深月ってば」
「……なんだよ、うっせーな」

 それは決まって、侑先輩が深月をあだ名でなく名前で呼ぶときだった。深月先輩はあだ名で呼ばれたときには全く答える気配を見せないが、名前で呼ばれたときには面倒臭そうながらも必ず答えた。
 なんて、悠長に人間観察をしている場合ではない。いや、今のこの状況じゃあ他にすることなんてないんだけれども。

「………俺ら、すっげぇ悪趣味じゃないっすか?」
「別に見たくて見てるんじゃない。気付かれるから喋るな」

 狭い空間の中で腕を引かれ抱き締められる。物凄く不味い状況だって頭は分かっているのに、それでも胸はときめいてしまう。
 今の今まで先輩と一緒に来たことを後悔してたけど、ひとたび抱き締められただけでそんな気持ちは一瞬でどこかにいってしまった。俺って単純。


「ちゅーして?」


 ああ、でもやっぱりこの状況は不味い。
 侑先輩がじりじりと深月先輩に近寄って行く。それをロッカーの隙間から見ながら、人間とは予期しないハプニングに弱すぎる生き物だとつくづく思った。

 ことの発端は遡ること数分前。
 華蓮先輩と共に新聞部にやってくると、珍しく新聞部は鍵が閉まっていた。仕方なく諦めて帰るか、もしくは深月先輩か春人を呼び出すかと隣の人物を見ていたが、結果はそのどちらでもなかった。先輩はどこからともなく一本の針金を出してきたのだ。
 そもそもなんでそんなものを持っているのだと問い詰めだすと切りがないのでそこは割愛するとして。その針金を器用に使ってものの5秒で鍵を開けたのを見て、そんなことができるなら普段からバットで叩き壊さずにそれを使えばいいのにと思った。
 そして多少の罪悪感を感じつつ中に入り、中から鍵を閉める。不法侵入者という完全に犯罪者のそれが罪悪感を駆り立てたが、無事にお目当ての物をゲットした。そしてさぁ出ようかと2人で踵を返したその時。
 ガチャリ、と扉の鍵が回される音がした。

 罪悪感とは怖いもので。
 このままここにいては不法侵入がバレるという状況の中、何を思ったのか俺と先輩は同時に目の前にあった用具ロッカーに飛び込んでいた。悪いことをしているという罪悪感が、見つかってはいけないという警告に変わった。
 そしてその結果がこれである。
 俺だけならともかく、先輩まで同じ行動をとるなんて、罪悪感とは末恐ろしい。

 そんなわけで俺と先輩がロッカーに身を潜めてまもなく、そんなことは微塵も知らない深月先輩が室内に入ってきた。深月先輩は何やら棚から資料を取り出して調べものをしているようだった。
 普段は新聞部の仕事などまるでしていない風なのに、どうして今日に限って真面目に部活動をしているのか。そんなことはいいから、早く出て行ってくれなんて理不尽なことを思っていると、入り口の扉が再びガラリと開いた。
 まさかこの状況で更に人数が増えることに落胆し。そして入ってきた人物を目にして落胆は更なる罪悪感と、それから少しの好奇心に変わった。


「ちゅーして?」

 まぁそんなわけで、この場面に戻る。
 侑先輩が詰め寄ると、深月先輩はすこぶる嫌そうな顔を浮かべた。

「何だよ、藪から棒に」
「ちゅーしたい」
「しねぇよ。ここをどこだと思ってんだ」
「僕の部屋」
「俺の部室だしそれ以前に学校だろ。誰かに見られたらどうすんだ」
「誰も見てないよ」

 うわあ、見ててごめんなさい。
 そんなことを思いつつも、俺はロッカーの隙間から見えるその光景から目を離さない。
 だって、普段はわざとらしく距離を置き中が悪そうにしている2人のこんな姿、もう見れないかもしれないから。春人が食いつくこと間違いない。

「見てなかったらいいってもんじゃねぇだろ」
「いいよ。ねぇ、ちょーして?」
「はいはい、帰ったらな」

 俺ですら可愛いと思えてしまうくらい甘える声でキスをねだる侑先輩を、まるで興味がないように目もくれずあしらう深月先輩。流石に揺るがない。
 これはある意味、華蓮先輩よりも冷めている。いや、俺はあんなに一途に先輩にちゅーのおねだりなんてできないけど。だって俺がねだらなくても、いっぱいしてくれる……って、そんなことどうでもいい。
 改めて、2人の先輩に視線を戻す。


「やだ、今して。今がいい」
「お前な…いい加減にしろよ」
「お願い」

 それはさきほどまでの甘えた声とは違い、言葉の通りどこか懇願するようなものだった。
 深月先輩の視線が、ようやく侑先輩に向いた。


「侑」

 いつもとは打って変わって、優しい声でその名前を呼ぶ。
 手を伸ばしその体を捕らえ、引き寄せる。
 一気に縮まった距離はすぐにゼロ距離となって、いとも簡単にその願いを叶えた。

「これで満足か?」

 再び少しだけ離れた距離。
 深月先輩がそう問うと、侑先輩は小さく首を振った。

「もうひとつだけ、お願い」

 そう言って、手を伸ばす。
 白く長い指が、頬に触れる。

「ね、ぎゅってして?」

 甘えた声と、どこか悪戯な笑みで。
 首を傾げて見せれば悩殺だ。

「ったく…しょうがねぇな」

 深月先輩はそう吐き捨てるように言って、侑先輩を自分と向かい合うように膝に座らせ、力一杯に抱き締める。
 それに返すように深月先輩の背中に腕を回す侑先輩は、これ以上ないくらいに幸せだというような表情を浮かべていた。


「見すぎだ」
「……せ、先輩だって、人のこと言えないと思いますけど」

 俺の上から、しっかりと覗いているではないか。
 先輩の言葉に返しながら視線を上げると、先輩のそれとぶつかった。
 深月先輩と侑先輩のあんなところを見てしまったせいか。なんだか、恥ずかしい。

「いちいち感化されるな」
「さ、されてないですよ…!」
「馬鹿、大声を出す奴があるか」
「もごっ」

 先輩の手で口を塞がれながら、やってしまったと思った。
 慌てて隙間から視線を覗かせると、深月先輩と侑先輩が明らかに不振な目でこちらを見ていた。

「今の何?」
「さぁ…そこのロッカーっぽかったけど」

 やばい。
 これは、かなりまずい。

「何かいる?」
「お前は何も感じないのか?」
「うん」
「じゃあいねぇんだろ」
「そうかなぁ…」

 心の中で、そうだそのまま押しきれ。と何度も連呼した。
 侑先輩はしばらくこちらに視線を向けて首を傾げていたが、再び深月先輩に「侑」と呼ばれ視線を戻した。

「何?」

 侑先輩が不思議そうに返すと、深月先輩はその耳元に唇を寄せた。

「好き」
「え…っ」
「大好き」
「ちょっ、急に何…っ」
「愛してる」

 その言葉を聞いた侑先輩は耐えられなくなったのか、隠れるように深月先輩の首元に顔を埋めた。
 深月先輩は、そんな侑先輩を言葉通り愛しそうに抱き締めて、再度その言葉を繰り返した。


 愛してる。


 愛されてる。
 侑先輩がどれだけ深月先輩に愛されてるのか、よくわかる。


「また感化されてるだろ」
「……そんなこと、ないです」

 感化、というのは少し違う。
 先輩はいつも態度で表現してくれるけど、その分言葉をくれるとこはない。あまりないどころか、丸っきりないといってもいいくらいだ。
 だから、あんな風に惜しげもなく愛を告げられて、これ以上ないくらいに幸せそうな侑先輩が少し羨ましかった。ただそれだけだ。


「ほらもう昼休み終わるぞ」
「もう少し」
「駄目だ」

 深月先輩は侑先輩の申し出をあっさり却下し、あれだけ大事そうに抱き締めていたその体をすんなりと突き放した。
 差が激しい。

「ひどいー。まぁいいや、また来るね」
「もう来んな」
「冷たいなー。さっきの言葉は空耳だったの?」
「じゃあそうなんじゃねぇの?」
「むっ。みっきーのバーカ」
「馬鹿はお前だ。つーか、お前のせいで何も進まなかったじゃねぇか」
「知らないよそんなこと!ふんっ」

 本当に、差が激しい。
 怒ったように頬を膨らませながら侑先輩が立ち上がり、深月先輩もそれを追うように立ち上がる。先ほど出してきた資料を棚に戻して、2人は扉の方に向かった。
 この分だと、どうにかバレずに済みそうだ。


「侑」


 三度目。
 深月先輩がまたそのなを呼び、侑先輩が振り替える。
 すると深月先輩はすばやく侑先輩の耳元に顔を寄せ、そして先ほどと同じように、けれど先ほどよりも優しく囁いた。

「愛してる」

 侑先輩が赤面するその横を、深月先輩はまるで何事もなかったかのように通りすぎていく。放心していた侑先輩は、早くでないと置いていくと深月先輩にどやされてようやく踵を返した。
 ガチャリと、鍵の閉まる音がする。


「行きましたね」
「ああ」

 バタンと戸を開けて外に出る。
 狭いところから広い場所に身を移し開放的な気分になるが、先輩と距離が離れて少しだけ寂しい気分になった。


「さて、どうするか」
「?…部室に戻るんじゃないんですか?あ、授業か」

 緊張感の中に身をおいていたのですっかり時間感覚がおかしくなってしまったが、深月先輩たちはもうすぐ授業だから出ていったのだった。
 しかしそれならば尚のこと、どうするもこうするもない。学生の本文は勉強だ。

「ゲームいい所だからな。授業には出ない」

 なるほど、それでわざわざピッキングまでして早々に充電器を手にしたのか。とはいえ、結果的に髄分と時間ロスになってるけど。
 悪いことはするもんじゃないな。

「とはいえ、部室に戻るのも憚られる」
「?」

 一体何が憚られるのだろう。
 まず間違いなくこの学校一安全なあの場所で、先輩が悩むほどの何かがあるなんて俄に信じられない。

「お前は授業に行くんだろ?早くしないと始まるぞ」

 そう言っている間に、予鈴が鳴った。あと5分すれば、今度は本鈴が鳴る。
 だけど俺はその場から動けずに、おずおずと華蓮先輩を見上げた。

「……一緒にいたいです」

 そう、口を突いてみれば、先輩は少しだけ驚いたような表情を浮かべて。
 それからすっと、手を差し出した。

「十分感化されてるな」

 差し出された手を取ると、面白そうに先輩が呟く。
 返す言葉はない。
 そんなつもりはなかったけど、これを感化されたわけじゃないと言うには厳しいことはわかっている。

「丁度いい、お返しをしてやるか」
「え?」

 見上げると、華蓮先輩は新しい遊びを見つけてわくわくしている子供のような、それでいてどこか企みのある笑みを浮かべていた。
 こんな先輩の顔を見るのは珍しい。一体何を思い付いたんだろうか。

「秋生」

 先ほどの、深月先輩が侑先輩を呼ぶ声に負けないくらい優しい声でそう呼ばれ、心臓が高鳴った。
 しかしそれもつかの間。
 不意に引き寄せられて、足元がふらつく。しかし先輩に受け止められて、転倒は免れた。

「せ、先輩…っ」

 近い。
 家ではこの距離でいるのも随分と慣れたけど。
 学校となると話はまた別だ。
 いつまでたっても慣れない、どきどきする。
 でも同時に、満たされる。

「好きだ」
「………へっ?」

 突然降ってきた言葉が理解できずに、顔を上げた。いや、理解は出来たが受け止められなかったといった方が正しいかもしれない。
 しかし先輩はそんなこと知ったことじゃないというように、さらに言葉を繋ぐ。

「大好きだ」
「!!」

 これは、この流れは。さっき見たばかりだ。
 既に嬉しさと恥ずかしさでいっぱいの胸の中で、更に期待が膨らむ。

「続きは部室でな」

 流れるように先輩の口から出た言葉は、先ほど見て、聞いたばかりのそれとは違う言葉だった。
 けれど、秋生の期待は先ほど以上に膨らんで。もしも本当にその言葉が聞けた暁には、オーバーヒートしてしまうのではないかと思った。


 覗きなんて、するもんじゃない
 どきどきしすぎて。
 こんなの、いくら心臓があっても持たない。



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