Short story
▼双月
大鳥世月という存在がこの世からいなくなって以来、大鳥双月という存在は表舞台からほぼいなくなった。その代わりに、いなくなった筈の大鳥世月という存在が、今でも表舞台に顔を出している。
それは気が狂ってしまった母をそう見せない為のカモフラージュ。本来女性であった大鳥世月が男子校に通っていることや、実際に男子であることに関してどう取り繕っているのは詳しくは知らない。だが、俺が常に大鳥世月として生きていくことに代わりはない。
その一方で、大鳥双月はひきこもりで部屋から出てこない。だから多くの人たちは大鳥双月の姿を見ることはないし、その存在すら知らない人も少なくはない。
だけど、俺が俺としての顔を覗かせることが完全にないわけじゃない。
「双月君。私は明日もお爺さんと経営相談をしに来るのだが…。それが終わったら、どうかね?」
それは、ほら、今みたいに。
じーさんの所にやってくる変態おじさんに、おねだりをしようとする時。それは世月ではなく、双月としてのおねだりだ。
そしてもうひとつは……いや、あれもまた、俺として存在しているとは言い難い。
だから俺が俺として存在しているのは、今このときだけと言っても過言ではないかもしれない。
「おじさんも元気だなー」
「君がそうさせているんだろう?」
うわ、きもっ。
ま、そんなおじさんカモにして、自分から声かけたのは俺だしな。自分で言うのもだけど、同類どころか俺の方が質が悪いな。
でも、そうして数回の密会を経てやっとチャンスが回ってきたって感じだし。そんなことどーでもいいわ。
「じゃ、おじさんが持ってるこの土地頂戴?」
スマホを手に取ってサクッとブクマから土地の情報を引っ張ってきて見せる。
すると、おじさんは少しだけ眉間にシワを寄せた。
「…この土地かい?」
「うん。もちろんタダとは言わねぇけど、こんくらいでどう?」
指で希望の値段を示すと、眉間のシワが更に深くなった。
うーん、これを切り出すにはちょっと早かったかな。今が手に入れ時だから、欲しかったんだけどなぁ。
……もう少し粘ってみるか?
「この土地は私も重要視しているからね。そう簡単には売れないよ」
だろうな。
だから世月流のおねだりじゃあ靡かないと思って、わざわざ俺が出ばってんだよ。
「そう?じゃあ明日はなしで。…明日も、明後日も、そのつぎの日も…ずーっとな」
「………」
……うわ、そんなへこむ?
いい大人が、そんなに感情を顔に出すもんじゃねーよ。
そんなだから、俺にカモられんだぞ。
「でも、もし俺の言い値で売ってくれたら………絶対に後悔はさせないけど?」
「………」
…ほらまた。
そんなコロコロ顔色変えちゃダメだって。
それもう、あとひと押しでいけますよって顔に大きく書いちゃってるようなもんだぜ。お陰で俺としては、扱いやすくっていいんだけど。
「いけない子だなぁ、君は」
━━━ああ、そうとも。
だから大鳥双月は表舞台には出てこない。
顔を覗かせる場所だって、決して日当たりの場所ではない。
昼休みは屋上で、君と共に
そのよん
ねっみぃ…。
土地欲しさに軽口叩いたはいいが、何なんだあのおっさん。どんな体力してんだ。こちとら現役の高校生だってのに、足腰ガタガタなんですけど。その一方で「じゃあまた夜に」って颯爽と帰っていきやがったんですけど。
しかも夜にって…。いやもう、向こう一ヶ月は結構ですって感じだわ。まぁ元よりそれが約束だったし、相手はするけど。
でも流石に眠いから、春人と約束してたけどこれはパスして帰って寝よう。いけるかと思ったけど、日光浴びたらくらくらするもん。これは無理だわ、謝罪メッセージ送ってから帰ろう、うん。
「あっ、世月!!」
うるせぇぇぇ…。
このくそ眠い時に大声で叫ばないで欲しいんだけど。つーか、連絡取り合って会う時以外に学校で出くわすなんてことねーのに、何でこんな疲れてる日に限って出くわすかな…。
「おはよう、侑」
「うわっ、ひっどい顔!!」
振り返って人の顔見て一番になんてこと言うかな、この子は。
それは自分でも分かってるし、だからもう帰る予定なんでけど。お前こそ、そこまで酷いか顔しなくてもいいだろ。
「またどっかのおじさんと遊んでたの?世月がくすんでるよ」
「土地欲しさに。……ちゃんとするわ」
知り合いには気が抜けるからな。
でも大丈夫。世月は寝不足なんかでくすまないし、ほら、大丈夫。
「おお、マシになった。でも今日は帰って寝た方がいいんじゃない?そして夜のラジオに付き合ってよ」
「ええ、そのつもり……ラジオ?」
何だそれは?
「ラジオの生放送の話が回ってきたんだ。予定してたゲストが体調不良だからって急遽ね。それで双月に一緒に出てもらおうかと思ってたんでけど」
これがまた、別の顔。
大鳥世月でもない、けれど大鳥双月でもない、もうひとつの存在。
国民的人気バンドグループshoehorn、メンバーカラーはオレンジ。何故かファンは爪とか髪の毛とか送ってくるちょっとアレな人ばっかり。
俺は春人が好きだ言っていたバンドの、しかもよりによってその推しメン━━当人だったりする。
「そうなの。別にい……ああ、ダメよ。予定が入っているわ」
「予定?…って、世月の?」
「いいえ」
首を横に振ると、侑はとても嫌そうな顔をした。
それは嫌悪感というよりも、納得しないというような顔だった。
「そんなのほっぽってラジオでしょ」
「嫌よ。せっかく狙っていた土地が格安で手に入りそうなんだから」
「そんなこと言って、今日一回で終わる話なの?」
「元より今日一回で終わろうとも思ってはないわ。今日が最初のひとつ…それもとても重要な、ひとつ」
そこそこいい土地を数持ってるから、わざとずーっとなんて言い回ししたんだぞ。…侑はそんなこと知りもしないだろうけど。
でも、俺がそういう人間だってことは知ってるだろう。一回でも、二回でも何回でも、別に気にも留めない人間だってことはさ。
「見下げた地上げ屋根性だね。ま、そう言うなら無理強いはしないよ。ラジオは僕一人でも十分どうにかなるし」
「そう言ってくれると助かるわ」
「とは言えいるに越したことはないから、気が変わったら連絡してね」
侑はそう言って手をひらひらと振るとくるりと向きを変えて、そのまま窓から飛び出して行った。……あんな普通に飛んでって、天狗を隠そうって気が微塵もねぇな。本人がいいなら別にいいんだろうけど…。
とにかく俺はさっさと帰って寝よう。こんな、侑が飛んでった窓をいつまでもぼーっと見てたら、時間がどんどんなくなっちまう。
「あ!世月先輩!!」
だからうるせぇぇ……。
何なんだいつもは誰ともすれ違いもしねーってのに。今日に限って。
「…こんな所で何してるの、春くん?」
しかも、全然こんな所歩いて無さそうな人選だし。
ここ生徒会室とか、俺の専用部屋とかがある階だぞ?後はいくつか文化部が教材置く倉庫とかはあるけど、春人の所属する新聞部の倉庫なんてないし。こんな所に用事なんてねーだろ。
てか待て、それ以前にどっから沸いた?
「うわっ、酷い顔ですね!」
お前もかい。
振り返って早々、それも俺の質問を無視した上でその発言とはどういうことだ?
そもそも世月モード入ってんだから、そんな酷い顔じゃないだろ。ちゃんとしてるだろ。
「まるでブランド物欲しさに一夜を過ごしたけど、絶倫過ぎて酷い目に遭った次の日のキャバ嬢みたい顔してますよ!」
なっ!……ひ、……ひっ…。
「人の顔見てなんて例え出すのよ、貴方…ッ!」
しかもちょっとっ…もとい、かなり的を射てるって何なんだ!!
つーかそもそも、そんなこと言うタイプの子だったのかこいつは…いやまぁ、最初に出会った時の状況を考えれば、言ってても不思議じゃねーんだけど。だけど、世月に向かってそんな……。
いや待て。そもそも今の俺は完全世月モードなんだって!それなのにそう見えてるって……寝不足か。寝不足のせいなのか!!
「何百面相してるんです?」
おっ、お前がさせてんだろ!
……いや、俺の自己責任なのかもしれないのか?ああもう、眠すぎて頭が回ってない。
取りあえず落ち着いて、深呼吸深呼吸。世月はどんな時も凛として対応しないとな。
「……貴方よくも出会って早々、そんなこと言えるわね」
「いやだって、正にその顔ですよ。…今は少しマシになりましたね!いつもの世月先輩みたいです」
「いつもの私って何?そうじゃない私なんていないわよ」
実際にはいるんだけど。
でもそれは表には出てこない世月ではない存在なんだ。だから春人は、知る由もない。勿論、これから知ることもない。
「いやいや、さっきのは違いましたよ。えーと、ほら…嬉しそうに髑髏とか包丁とか棺とか買っちゃう世月先輩でしたね」
…………こいつ……。
「…あれは……」
あれは、世月ではなく俺が欲しかったものだ。だから、世月の欲しいものを買うついでに……そう、春人はあの時。
俺が世月の好きな色を手に取ってどちらがいいかと聞いたとき、春人はそのどちらでもない色を選んだ。
俺の好きな色を…選んだんだ。
「あ、ほらまた。なんかちょっと、だらしない感じが出ますよね」
「……だらしないとは、また失礼ね」
「節操なさそう?」
「もっと失礼ね」
しかも的を射てるんだなこれが。
…ってか。
「仮にそうだとしたら、貴方何でそんなに普通なのよ?」
そうだと思ったら普通、距離置かね?
そんなだらしいない相手と一緒にいたくはないでしょうよ。
「節操ないくらいで、別に何がどうってこともないですよ。人殺してるわけでもあるまいし」
「人殺しって……」
きょ、極端だな…。
殺人犯かどうかが距離とる基準って、凄まじく許容範囲が広いじゃねぇか。
「それにほら、手っ取り早く懐に入るにはそれが一番楽ですしね〜」
……もしかしてこいつ常習犯か?
可愛い顔して、俺と同じようなことやってんのか?
意外と言えば意外だけど。やってそうと言えばやってそうだから、別にそこまで不思議とは思わない。
いやでもやっぱすっごく意外。
「あと、いつもの先輩もいいと思いますけど。俺はだらしない先輩の方が好きですし」
………は?
好き?
って、言った?
「━━あっ、いや。一先輩として、ですよ」
……あ、ああ、そうな。
そりゃそうだわな。うん、分かってる、大丈夫。
だけど、何だか今日は今までとは違ってかなり率直にものを言うっていうか。なんかいつもよりも図々しい感じだな。
何だろう。急に距離縮めて来た感が強い。
「貴方、今日は随分と発言が大胆ね」
別にそれが、嫌だって訳じゃないんだけど。
……むしろ。
「え?自分ではいつも通りですけど…あ、でも。今とてもハイテンションなので、そのせいかもしれないです!」
「ハイテンション?」
どうしてまた?
「それがですね!なんと今日の民法ラジオにshoehornがゲストで出るんですよ!」
……あー、その話は知ってるわ。
侑の口ぶりだと、さっき決まったみたいな言い方だったけど。それをもう耳に入れてるって、春人は一体どんな情報網してんだ。
「それでですね、なんとそのゲストの一人がライトさ……俺の推しメンという噂が流れててですね!」
…あー、ごめん。
それ断ったわ。ついさっき断ったわ。
「もう俺はそれが楽しみで楽みで!!」
やっ、やめて!
そんなキラキラした目で俺をみないで!!
そんな顔されたら、まるで断った俺が悪いことしてるみてぇじゃねーか!
「……出るとは限らないんでしょう?」
「あっ、何でそんな夢も希望もないこと言うんですか!今日ライト様の声が聞けるかどうかで、俺の向こう一ヶ月のボルテージが月とすっぽんなんですよ!!」
だから、やめろ!!
こいつわざとやってんのかって感じなんですけど。もう本当に、すっごい悪いことしてるみたいな気持ちになるから!
既に断ったことへの罪悪感が半端ではないから!!
「そうそう、それで世月先輩を呼び止めたんですよ」
「……どうして?」
それと俺とにどんな関係が?
実際には大いに関係してるんだけど。まさかそれがバレてるってこともないだろうし。
「その件について友人と熱弁することがありますので、本日の予定はキャンセルして頂きたく」
「……ああ、そうなの。それなら私もそう言う予定だったから、丁度よかったわ」
丁度よかったけど。
熱弁って一体何を熱弁するんだ?
「世月先輩もラジオに向けての熱弁ですか!?」
「そんなわけないでしょう」
「なんだつまんないの。じゃあ、俺が世月先輩の分までしっかり話しておきますね!」
「………そう」
本当にいつもよりも五割くらい、色々と増してんな。
俺の分まで話しとくって、最早意味不明だし。多分本人もそこまで深く考えずに発言してんだろうから、突っ込まねーけどさ。
「では友人との約束の時間に遅れますので、これで」
「……ええ」
「へへっ。ライト様楽しみだなぁ、ライト様!!」
や━━め━━て━━!!
そんな本当に楽しみにしてますみたいな、アホみたいな笑顔を振り撒きながら去ってくんじゃねーよっ。本当にまじ勘弁してっ。
「ああもう、何なんだよ……」
思わず自分の声が出ていた。
走り去る春人の背中を見おくりながら、俺はポケットからスマホを取り出す。電話帳を引っ張り出して、すぐに侑の電話番号へと電話を繋いだ。
………欲しかったなぁ、土地。
でも、あんなに楽しそう顔されたらもうダメじゃん。流石に聞かなかったことにはできねーよ、ちくしょう。
眠気で鈍くなっている頭の中から、いつまでも本当に楽しそうな春人の顔が離れないんだ。
そのよん、
スナイパーはご機嫌でした
あの日のラジオはよかったですね〜。
ご満足頂けて何よりです。
お陰でライト様愛が一層深まりました!
……ライト様愛が、ねぇ。
あれ?焼きもちです?自分に?
んなわけあるか、ばーか。
continue.
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