Short story
▼春人
「ねぇちょっと、これ透視してこの人が喜びそうなもの教えて」
一枚の写真を差し出しながら言うと、長男は至極嫌そうな顔をした。それが可愛い可愛い弟に向けるような顔ですかね。
しかも、そんな顔してるのに男前ってのがまたムカつきポイントなんだよね。頬っぺた引っ張りあげて変顔にしてやろうか。
「お前は俺を何だと思ってるんだ?そんなこと出来るわけがないだろう」
「はぁ、全く。使えない千里眼だな」
余計なことばかり何でも見えるくせに、肝心な時にこれだもんなぁ〜。
役立たず。とまで言うと鉄拳制裁が飛んで来そうだからそれはやめとくけど。すっごい顔してやろ。
「あいつを使えない呼ばわりするのはお前くらい…って、すげぇ顔」
「移してる」
「やめとけやめとけ。移ってもあの男前は廃れねぇぞ」
そう言いながら、次男が俺の手から写真をひったくった。…ちょっと、乱暴に扱わないで欲しいんだけど。
あのね、その写真が学校内でいくらで売られてるか知ってる?まぁ俺は脅し…ちょっとお話しして、譲ってもらったんだけど。
とにかく貴重な写真なんだから、もっと丁重に扱ってよね!
「……この美人がどうかしたのか?」
「この間のバイトに知恵を貸してもらったから、お礼したいんだけど。何をお礼したらいいのか分からなくて」
あの時は正直半信半疑だったけど、実際に行ってみたら本当に全く世月先輩の言う通りだったからね。
お陰で大好きなバンド、shoehornのライブに行くためのバイト代も貰えたし。機嫌がよかったからお小遣いまで貰っちゃったし。てことで、流石にちゃんとお礼しないと…って思ったんだけどね。
「どうせ、その場では調子のいいこといったけど、実際その時になってみると皆目検討も付かないとかそんな所だろう。最初から考え発言しないからそういうことになるんだ」
「うっ、うるさいなー!」
そんなところで千里眼発揮しなくていいんだよっ。本当に使えないな!
…今のは俺の性格を考えれば、千里眼なんてなくても予想できることかもしれないけど。でも、そんなとこ言われなくても分かってるんだから、わざわざ言わなくていいでしょ。
やっぱり、すっごい顔移してやる!
「…んな自棄になんなって。そもそも、別に事前に準備しなくても普通に本人に聞いて用意すればいいじゃねぇか」
「とびっきりのお礼しますとか言ったのに?」
「じゃあ聞くが、お前はこの美人とびっきりのお礼をサプライズする程の仲なのか?」
「いいや。少しよく話す近所のおばさん程度のもんだろ」
……そうですけど。
何でそっちが答えるんだよ。しかも即答だったし。
いやまぁ、確かにそうなんだけど。
なんかムカつくな!
「じゃあやっぱ、聞いてお礼する方がいいって。女はサプライズ嫌いなのも多いしな」
「この人男だけどね。うちの学校の生徒」
そんでもって、大鳥グループのご子息だよ。ってことまでは、わざわざ言わなくてもいいかな。
そこまで言うまでもなく、顔が俺みたいに凄いことになってるし。
「マジか…。最近は大鳥高校もレベルが高ぇな……」
「この人は特別だよ。何せ幻のマドンナだから、誰も手出し出来ないくらいの」
というか、手出し云々前に殆んど学校にいないしね。テストで点数とれれば学校に来なくてもいいなんて、特別待遇って本当に羨ましい限りだよね。
まぁ、最近はなぜか学校にはよく来てるみたいだけど。相変わらず授業には出てないけど、よく呼び出されるし……。そう考えると俺、幻のマドンナな連絡先知ってるんだよな。我ながら凄まじい情報網。あれは本当に空前の賜物だけど。
「偶然で片付けず、運命くらいの思えないのかお前は?」
「は?」
「誰も手出し出来ないなら、むしろチャンスだろ」
「……冗談でしょ」
長男の呆れたような顔を前に、俺は次男から写真をひったくり返してポケットにしまった。
だって幻のマドンナだよ?
そんな大それたこと、出来る出来ない以前の問題。まず土俵に上がろうとも思わないよ、俺は。
昼休みは屋上で、あなたと共に
そのさん
どんなお礼がいいですか?
次男のアドバイス通りに素直に問いかけると、世月先輩は少しだけ眉を潜めた。
…おい次男、もしやこれは失敗なんじゃないなか。もしそうだったら、大事な仕事道具を引ったくってやる。
「貴方が選んでくれるんじゃないの?とびっきりのお礼を」
「そう思ったんですけど、世月先輩にどんなお礼をしたら喜んでもらえるのか分からなかったので。適当考えていらないお礼をするよりは、直接聞いた方がいいかなって」
ここで話すようになったと言っても、朝のホームルームまでの時間程度。そんなに多くの事を話すわけではないし、世月先輩について詳しく聞くわけでもない。
何だかこれでは、クラスが同じになって取りあえずは電話番号を交換したものの、あまり接触する機会もなくどんな人かはよく知らない。ってーの同じようなレベルのようにも思えてくる。
「まぁ、それも一理あるわね。君にはこれが似合うと思うんだって、欲しくもない真っ赤な下着を貰っても嬉しくないものね」
「いやそれはもうただのセクハラです。訴えられるレベルです」
「うちに来るおじ様一向は変態が多いのよ。それをいちいち告発していたらおじいちゃまの取引相手がいなくなってしまうし、そうなると欲しいものをおねだりする相手がいなくなってしまうものね」
「……はぁ、そうですか」
本当は、もう少し気を付けた方がいいんじゃあ…と言いたかったけど。俺に世月先輩のプライベートまで口出す権利はないし。
それに、そう言っている時の様子が…何だろうな。いつもの凛とした感じじゃなくて、だらしなさが出てるみたいな…ちょっと違う雰囲気があって。それ何だかいつもの世月先輩じゃないみたいで、どう返すのが正しいのか判断に困ったのだ。
「それで、お礼の話に戻すけれど」
「あ、はい」
「じゃあ、付き合ってくれるかしら?」
「……はい?」
え?
つきあってくれるかしら?
って?
「今度のお食事会で付ける新しいアクセサリーが欲しいから、それを買いに行くのに付き合ってほしいの」
「あ…ああ、そういう……」
びっっっっくりした!
いや、普通に考えてそりゃそうなんだけど。主語がないから、一瞬びっくりしちゃったじゃんか!
なんて紛らわしい…いや、紛らわしいなんて思う俺が自惚れやなんだよね。うん、分かってる分かってる。
「ダメかしら?」
「あ、いえ、まさか。俺でよければお付き合いします」
俺が付いて行って役に立つかは別として。
アクセサリー選んでる所を見れば、趣味も分かってお礼をする参考に…。いや待てよ、この流れはそのアクセサリーを買うのが俺ってことなのかな?
え。世月先輩が付けるアクセサリーって、どれくらいの値段するんだろう?俺のバイト代でどうにかなるものなのだろうか?
やっぱり同行は一旦断るか?そして自分の出来うる範囲内で何か考えるべきか?
「ありがとう」
………まぁ、それはその時になって考えればいっか。
そんな笑顔見せられたら、流石やっぱりちょっとなんて言えないし。どんな値段のアクセサリー吹っ掛けられても、どうにかこうにかひて買っちゃいそう。
本当に、この美人は立っている領域が違うなぁなんて改めて思う次第だ。
**
どんな高級店に行くのかと思いきや。
まさか学校を出てすぐ近くの国道にたまたまやって来ていた移動雑貨屋とは。流石にこれは、想像の範疇にはなかった。
「……ここで買うんですか?」
「あら、どこの宝石店に連れて行かれると思っていたの?」
世月先輩はそうくすりと笑って、並んでいるアクセサリーへと視線を落とした。
その視線の先にあるのもはどれもこれも、300円とか、高くても1000円とかのものばかり。そんな値段のものを、天下の大鳥グループのご子息が真剣に選んでるなんて。
何だか、自分が世月先輩に対してすごく偏見を持っていたことを痛感した。
「こういう所の方が、一点物が多くて好きなの。ほら、これとか可愛いでしょう?」
「いやどこのお食事会に髑髏ぶら下げたお嬢様がいるんですか」
しかも結構でかい髑髏だし!
魔女にでも扮する気なの?…世月先輩が魔女ってのは、ちょっと合ってる気がしないでもないけども。
いやでも、少なくともお食事会にそれはダメだと一般庶民の俺でも分かる。多分、仮装パーティーではないんだろうしね。
「そう?じゃあこれは?」
「首から包丁ぶら下げてるお嬢様なんて地雷以外の何者でもないです」
「じゃあ、こっち」
「絶対にダメですね」
お食事会に棺って。
ていうかさっきから、髑髏に包丁に棺。お食事会じゃなくても中々見かけないものばっかりだし。
そんなもの普通に付けてるのなんて、俺の大好きなバンドの推しメンくらいですよ。この間はミイラぶら下げてて「あのミイラが本体なんだ」とか噂されてたんですから!
……いやまぁ、今はそんなことはどうでもいいんだけど。もっとちゃんと選びましょうよ。
「可愛いのに。……まぁいいわ。私が好きそうなものを、真剣に選びましょうか」
ん?何だ?
今何かすごく、違和感があったような。
「じゃあ春くん。こっちとこっち、どっちがいいと思う?」
そう世月先輩が持ち上げたのは、さっきまでとは打って変わって実にシンプルな三日月の形をしたペンダント。白と黒のどちらの色がいいか、ということだ。
世月先輩には白も黒も似合うお思う。美人だから、シンプルで控えめな色の方が似合うのかな。分かんないけど。
でも、俺はどちらかというと。
「こっちですね」
そのどちらでもない、別の色のものを手に取った。
「オレンジ…?どうして……?」
あ、すごいビックリしたみたいな顔された。候補にない別の意見なんて厚かましかったかな?
でも、自分で考えて選ぶなら世月先輩にはこれだって思ったんだよね。
それをどうして、と聞かれると。
「まぁまず見ての通り個人的にオレンジが好きなことと。俺の好きなバンドの推しメンのメンバーカラーでもありまして」
あ、今度はすごく変な顔した。
いやいや、それだけじゃないですよ勿論。単に自分の趣味を押し付けたいとか、そういうことではなくてですね。
「これくらい明るい色の方が世月先輩らしいかなと、思いまして」
どの色が似合うか、ではなく。
どの色がらしいか、で選んだ。
それがたまたま、自分の好き色及び推しメンの色と被っただけであって…推しメンの件は言わなきゃよかったなこれ。それ以前に、自分の頭と同じ色ってちょっと引くよね?
すっごい今更だけど。本当に言っちゃった後ですっごい今更だけど、何やってんだ俺は。
「私…らしい……」
そ、そんなに不可思議な顔でまじまじ見つめないで…。
「で、でもあの…無理に押し付ける気はありませんので、白か黒で……」
「いいえ。これにするわ」
世月先輩は自分の手にしていた二つを元の場所に戻し、そして空になった手を俺に差し出した。俺はその流れのままに、自分の持っていたものを世月先輩へと渡す。
そして世月先輩は、くるりと向きを変えてお店の人へと視線を向けた。
「これと…。あと、これとこれとこれも下さい」
髑髏と包丁と棺も買うんだ…。
ってか、普通に自分で払おうとして…え?何そのパンクな財布?この人本当にそういう趣味なの?そっちが本命なの?
まぁ、それはそれで可愛らしいけれども。
いや、じゃなくって!
「俺が出しますよ。この前のお礼ですし」
「あら、いいわよ。選ぶのに付き合ってくれただけで十分だわ」
それに私、お金は腐るほどあるし。
とまぁ、それはそうなんでしょうけど。でもやっぱり、選ぶだけでお礼っていうのも何かなぁって感じですし。
「俺もバイト代で財布は潤ってますので」
ということで、世月先輩を押し退けて払っちゃいました。
ある意味凄く図々しい気はするけど。まぁでも、俺ってこういう性格だしね。
「強引ねぇ」
店の人が袋に入れてくれた物を差し出すと、世月先輩は文句を言いつつもそれを受け取ってくれた。
そしてさっそく袋に手を突っ込んで、俺が選んだペンダントを付け始めた。
「どうかしら?」
…ほら、やっぱり。世月先輩らしい。
「似合ってます」
とても、世月先輩らしい。
「ふふ、ありがとう」
そう笑った世月先輩は相変わらず美人だった。でも首のペンダントのせいか、今までみたいな遠い距離を感じなくなったような気がした。そればかりか、きっとこれがこの人の顔なんだろうな…なんて変なことを思った。
だからだろうか。今までのどんな笑顔よりも可愛らしくって、なんか凄くきゅんとしてしまった。
俺はそんな土俵に上がるつもりはないんだけど。でも、すごく。
「ところで、貴方の好きバンドって…」
「え?あ、shoehornですよ。そのオレンジの人が推しメンなんですけど、それを言うと周りから距離を置かれるので、普段はリーダーと……あ、喋っちゃった」
しまった。つい口が滑った。
最初の時もそうだったけど、俺この人に口が滑りすぎだ。百歩譲ってあの時はテンパってたからいいとして、今はふっつーに喋っちゃったし。
てか、もし世月先輩がshoehornをよく知ってたら。俺の推しメンのファンの殆んどは、ファンレターに爪を入れるとか髪の毛入れるとかが常識のイカれた人たちばっかりで、だからオレンジがファンですというと漏れなくドン引きされるという悪の系譜に…うわ!
なっ、何て酷い顔!!
お嬢様がする顔じゃないですよそれは!
「す、すいません…ドン引きさせて」
これは距離を置かれるどころか、バッサリ切れられる方向にまっしぐらですね。
あー、何て馬鹿なことをしてしまったんだ俺。せっかく仲良くなれたのに。…なれたような気が、俺はしてたんだけど。
「いいえ、別に引いてなんかいないわ。…ただちょっと、何で?とは…思ったけれど」
顔がドン引きのままですよ。
ていうか世月先輩でも知ってるんだな、shoehorn。まぁ、同じ学校にリーダーがいるんだから当たり前と言えば当たり前か。
お嬢様ってそんなの興味なさそうなのに、また少し親近感。…あっちは親近どころか、めっちゃ遠ざかりたいのかもしれないけど。
……でもなんか。
いつもの凛としてて、全然隙のない顔ばっかり見ているよりも。
さっきのビックリした顔とか。ひっどい顔とか。そんな表情がある方が世月先輩らしくていいと思う。
それは何だか、お城のてっぺんにいるお姫様が少しずつ階段を降りてきているみたいで。そこにある階段を、自分も登ってみたくなってしまう。
そうすれば同じ場所に立てるかも?
なんて、そんな事はあるはずもないんだろうけど。ね。
そのさん、
マドンナはご趣味が独特かもしれません
うわっ、またそんな変なものつけて。
何だよ、可愛いじゃんドラキュラ。
そんなギラッギラに充血したドラキュラのどこがです?
うるせーなー、外しゃいいんだろ外しゃ。
いや別にいいですよ、付けてる先輩は悪くないですし。
何だよ、褒めてもなんもやんねーぞ。
continue.
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