Short story
▼要
変な夢を見た。
上半分が白いでっかい山を見上げていた。
なんかかっちょいー鳥が飛んでた。
その鳥が、変な紫色ものを落として行った。
いちふじ、
にたか、
さんなすび
めっちゃ変な夢見た。
しかも夢なんていつもすぐ忘れるのに、滅茶苦茶鮮明に覚えてるし。全然覚えてなくてもいいような内容だったのに、何なんだ…?
「元旦から何つー顔してんだお前」
意味不明だけど頭から離れない夢のことを考えていたら、隣から声がした。その声が少し気だるそうなその理由は…まぁ、言わずもかなだろう。
どんな日だって、俺の性欲は変わらない。それが年末だろうと、大晦日だろうと…姫納めと姫始めを同時にって言ったらひっぱたかれたけど。それでも自慢の怪力でねじ伏せましたとも。
ってことは、どうでもいいとして。
「……変な夢見た」
元旦。すなわち━━━正月。
一年の始めの日は、日本人にとってはとても目出度い日だ。どうして目出度いのかはさっぱり分からないが、とにかく正月は労働が3日も連休になるほどに目出度いらしい。
俺はそれをそれほど重要視してるわけじゃないけど。でも、新年明けて一発目の夢があんな意味不明なのってのも…なんかなぁ。と、思わなくもない。
「変な夢?」
「うん。なんか…上半分が白いでっかい山があって、かっちょいー鳥が飛んでて…その鳥が、変な紫色ものを落として行った」
な?変な夢だろ?
大晟も目を見開いてびっくりするくらいに変な…いや、それは流石に大袈裟じゃね?何でそんなにびっくりしてんの?
そりゃ自分で口に出してもすげー変な夢だったって思うけど。でも、そもまで驚くこと?
「……もったいねぇ…」
「は?」
何が?つーか…何その顔?
本当に心底残念そうっていうか。文字通り勿体ねぇってその顔。今の話の、俺の夢の何がそんなに勿体ねぇってんだよ。
「お前それ、一富士二鷹三茄子じゃねぇか」
「……なにそれ?」
いちふじにたかさんなすび?
……なにそれ?
「遥か昔っから日本では初夢にみると縁起がいいって言われてるもんだよ」
「……半分白い山とかっちょいー鳥と紫色のが縁起いいのか?」
「一富士と四扇は末に広がって子孫や商売の繁栄を示す。二鷹と五煙草は、どっちも上にあがるもんだから運気上昇を示す。三茄子と六座頭は、毛がないイコール怪我ないってことで、縁起がいいって言われてんだよ」
へぇー。
日本人って本当に、そういう何かに掛けて…みてーなの大好きだな。何かにつけて何かに掛けてる気がするけど、それは世界共通なのか?
そんで大晟は本当に何でも知ってんな。そんなのどこで聞くんだろ?つーか、俺なら仮に聞いたとしても次の日には忘れてる。もしかしたら、今の話も誰かに聞いたことあんのかもしんねーな。
……ってか、あれ?
「それなら、縁起がいいんじゃん」
そんな変な夢、まず普通に見ることなんかない。正月に見ようと思ってしっかり考えて寝たからといって、そう簡単に見られるものでもない。
それなのに俺は、そのことを知りもせずにそれを見た。それって、すげー縁起がいいってことなんじゃねーの?
なのに何でそんな、やらかしたみたいな顔してんだよ。
「初夢っのは一般的には元日の夜から二日にかけて見る夢のことを言うんだよ。つまり、お前のはフライングだ」
「うわっ、もったいね!」
せっかく自分でも知らない縁起のいいもん夢に見たのに、フライングって!
普通に考えてこの流れは、これは奇跡だ。今年は去年とはひと味違うぞ。いい年になるぞ。ってなる所じゃん。
それがフライングって。そんなのある?
しかもなんか縁起がいいどころかむしろ、ちょー損した気分になってるし。今年は年始から何なんだよーってなっちゃうじゃん。
いやでも、高々夢だから。
それがちょっと惜しくて勿体なくてなんかさい先悪いなってなっても、所詮は夢だからさ。それで今年の運勢が決まるわけでもねぇし、うん。そうだよ。
「今年はろくな年にならねぇな」
「おいこら」
人が落ちた気分を挽回しようとしてんのに、横から水を指すんじゃねーよ。
何だその顔は。ちょっと可哀想みたいな顔をするなっ。せめてもう少し馬鹿にしたような顔をしろよっ。可哀想な顔なんかされたら、余計に今年はダメなのか…ってなるだろ。
「……冗談だ」
あ、これ可哀想だと思われた時に慰められるやつだ。よしよしされるやつ…ほら!やっぱりそうだ。
だから、可哀想がるなって……いやまぁ、別に頭撫でられるのは嫌いじゃないのでいいんですけど。
「まぁフライングっつっても、縁起がいいことに代わりはねぇだろ。きっといい年になるんじゃねぇの。…俺はお前が徹底的に不幸な一年になればいいと思うけど」
「だからおいこら」
何でちょっと慰めた上で再び落とすんだよ。いや今のは落とすっつーか、逆撫でするって言った方がいいか?
何にしても、俺が徹底的に不幸な一年になればいいってどういうことだ。どんだけ俺に恨みがあんだよ。俺がお前に何を━━いやまぁそれは言わずもがなですが。それこそ、昨日から今日に掛けても沢山……その話はまたの機会にってことで。
「そんなこと言って、本当にちょー不幸になったらどうすんだ」
「だから大歓迎だっつってんだろ」
真顔で言うか。
つーか、ちょー不幸ってどんなんだろ。濡れ衣で夜勤一ヶ月くらいぶちこまれるとか?独房二週間とか?連続グレート…マスター検体ぶちこまれるとか?
……大晟がいなくなるとか?
「大晟、いなくなんの…?」
「は?」
だって俺、独房だって夜勤だって終わって部屋に帰れば大晟がいるって思えば別になんてことないし。検体だって、大晟がいればグレートでもマスター…はちょっと不安だけど、終わったら大晟が迎えに来てくれるって思えば、やっぱり大丈夫だ。
でも、大晟がいなくなったら?
独房も夜勤も検体も、全然大丈夫じゃなくなる。そうじゃなくても、大晟がいなくなるってだけで…俺にとっては、これ以上ない程に不幸だ。
「だから、もし本当に俺に不幸になって欲しいやらいなくなるのが一番だと思う」
まぁ、言わなくてもそんなこと大晟は分かりきってると思うけど。
それに…わざわざ自分でこんなことを言う俺も、分かってる。 ちゃんと分かってるから、こんなことを言う。
「バーカ」
大晟はなぜか笑っていた。
「いなくなるわけねぇだろ」
そしてそう言って、俺の腕を引いた。
「……じゃあ、大丈夫」
大晟は俺の隣から決していなくならない。それなら別に、他にどんなことがあっても全然不幸になんてならない。
そんなことを思いながら、俺は大晟の唇に自らのそれを重ね……このまま始めるのは流石にキレられそうだからそれは後にして、とりあえず抱きついとこ。
「そういえば、明けましておめでとう」
「うん。明けましておめでとう」
嫌がられるかと思ったけどすんなり抱きすくめられ、大晟は思い出したようにそんなことを言い出した。そいや、昨日…今日は年明けても起きてたけどそんなこと言うどころじゃなくて言ってなかった。
去年は確か、最初にこの言葉を言った相手は龍遠だったな。でも去年の元日は独房だったから厳密には二日で…そう言うと、どうして龍遠だったんだっけ?
………ああ、そうだ。
前の日に独房で変な夢見て。それをどうしても誰かに話したくて、独房出てからすぐに龍遠の部屋に━━…。
「あ!!」
━━思い出した。
マジでもうすっかり忘れてたけど、思い出した。
俺、去年も同じ夢見たんだ。
それで龍遠の所に行ったら、それは呪いの夢だとか言われて…そう、そこで稜海が出て来て。そう言えば、なんかさっき大晟が言ってたみたいなこと言われて……それから「今年はきっと飛びきりいいことがある」って、そう言われたんだ。
………飛びきり、いいことが。
「急に叫ぶな」
「ぶふ!」
頭を思い切り押し付けられ、大晟の鎖骨にぶつかった。鼻がちょっと痛くて、少しだけ長いブロンズの髪がちらりと俺の目にかかってくすぐったい。
でも俺はそんな髪が好きで、見上げると目に入る抜群に美人な顔も好きで。俺の体温を好きだって言ってくれる大晟が好きで。
……大好きで。
「何だよ」
「……山と鳥と茄子すげぇ」
「はぁ?」
去年、大晟と出会えたことがあの夢をみたお陰だってんなら。それはもう本当に、縁起がいいどころの話じゃない。
あの山と鳥と茄子は、これ以上ない程の縁を運んできてくれた。そしてそれは今も確かに、ここにある。
だから今年はもう、そんな縁は必要ない。
「今年だけじゃなくて、もう一生いらねーか」
だってずっと在り続けるんだから。
もう、毎年フライングだって構わない。
━━でも。
この縁は、絶対に切らさない
(こうなったら、どんな不幸もどんとこい)
(…そうか。なら1ヶ月セックスなし)
(いやわさわざ不幸を作り出さなくていいから。却下)
(どんとこいなんだろ?甘んじて受け止めろ)
(それは不幸とは違うから。却下!)
end.
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