Short story


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▼侑

 人はよく、誰かがあることに対しての能力が突飛して優れていると、生まれながらの何々だとか、何々をするために生まれてきたような人だとか、そんな言い回しをする。そんな言い方をする時には、その人のことを誉めたい場合が多い。
 でも時たま、そうじゃない意味でも使う。例えば僕はよく、生まれながらの穀潰しだとか、我が家に迷惑をかける為に生まれてきたとか…これはちょっとニュアンスが違うかな?まぁとにかく、そんな風な使い方もする。
 でも今僕が考えているのはそっちの、悪い意味のことではなくて。間違いなく、良い意味でのことだと思うんだ。



 



 僕はたまにこうやって、こっそりとやって来て上から皆を見下ろすことがある。
 それは何故かというと、僕が天狗の末裔だから神様的な感じで皆を見てる…って訳じゃない。ただ単に、深月に会いたくなったから会いに来たってだけ。でも簡単に会えない時には、こうして会える機会を探りつつ皆を見下ろしている。
 そして僕がそうする時のその殆どは学校だけど、今日はそうじゃない。昨日、深月が「明日は缶詰だ」って嘆いていた缶詰の中。
 それは言うまでもなく…でも言うよ。
 ここは大鳥グループのお屋敷ーーつまりは、深月たちの家だ。
 屋敷ってか、これはもう城だね。だって、べらぼうに広いんだもん。だから深月を見つけるのも一苦労……というか、もう小一時間探してるのにまだ見つけてない。本当に、この家広すぎ。1周回るだけでも息切れしちゃうんだから。
 そんな中、最初に見つけたのは深月にそっくりな顔をしたいっきー。そしてこの家の住人ではない華蓮だった。

「今日は駐車場に車が多かったな」

 あ、それ僕も思った。
 深月を探し回って駐車場も行ったけど、車の数が一家族が持つ数じゃなかったよ。しかもただの車じゃなくて、リムジンとか。それもダックスフンドみたいなちょー長いリムジンとかめっちゃいた。

「ジジイが会食パーティーしてる」

 成る程。その人たちを見なかったのは、僕が避けて通るお祖父さんエリアにいるからだね。あれだけの車がいたってことは、大規模なパーティーなんだろうな。
 そうか、缶詰ってのはそのことだったんだ。家の中の、更に限られた場所に缶詰にされて……てことはつまり、深月もそこにいるってことだよね?そりゃそうだよね。
 もうっ、通りで見つからない訳だよ!
 でもじゃあ、何でいっきーはこんな所にいるの?

「出てなくていいのか?」
「今は深月と世月の時間。あと2時間で交代する」

 あ、交代制なんだ。
 てことは、後から双月といっきーが一緒に行くってこと?変な組み合わせ。
 いつもなら世月は李月と一緒がいいって言うし、深月は双月と一緒がいいって言うのに。珍しいこともあるもんだ。

「お前が双月とセットなんて珍しいな」

 さっきから気が合うね、華蓮。

「双月はイカれてるから世月がフル参加」

 まだ治ってないんだ…。金曜日も学校休んでたし、昨日もいなかったし、大丈夫なのかな?いや、まぁ双月本人は大丈夫なんだろうけど。
 ていうかいっきー、言い方ってもんがあるやじゃない?双月はイカれてるって、それ何も知らない人が聞いたらただただ双月がイカれてると思っちゃうよ?実際はそうじゃくて、双月の持ってる独特のオーラが他人をおかしくしちゃう……あれ、似たようなもんか。

「大丈夫なのか?深月じゃ面倒見きれないだろ」
「確かにそれは否めない」
「それなら明日はもう諦めて、明日に明後日の作戦を練るんでもいいけど」

 この言葉を聞いて、華蓮が何しにここにやって来たか分かった。どうやら、明日の放課後に世月から逃げるための作戦会議をする予定らしい。
 全くこの人たち、あれだけ毎日完全敗北してるってのによく飽きないもんだね。一緒に遊びだしたら楽しく遊んでるんだから、最初っから一緒に遊ぶ気でいればいいのに。

「いや、世月が確実に見てない今が絶好のチャンスだ。深月には後2時間は粘ってもらう」
「…それならいいけど」

 残念だったね。
 絶好のチャンスなのに、僕が見ちゃってるよ。そして僕は世月側だからね。可哀想に。
 …ああでも、深月に聞いてみて、隠しててあげろって言われたら隠しといてあげよう。つまり、君たちの命運はこれからの深月への態度次第ですよ。

「あれ?李月?」

 ん?双月の声がどこかから……うわぁ。
 すごいよぉ、あんなに遠くにいるのにゆらゆらしてるのが分かるぅ…。怖いよ…凄く怖いよぉぉ。
 てか、あんなイカれオーラ出しまくりで普通に歩いちゃダメだよ!ハウス!ハウス!!

「今日はまた随分と張り切ってるな」

 華蓮はコメントがポジティブね。
 でもね、あれそんなんじゃないよ?張り切ってどうこうってんじゃないよ?
 近くに耐性のない人がいたら確実にクルクルパーになってるよ。…今日に限っては耐性があってもやばそうな雰囲気だよ。

「あー、華蓮じゃん。もしかして明日の作戦会議にでも来た?」
「ノーコメント」
「それイエスって言ってるのと同じじゃん。懲りないなー」

 近くに寄ってきた双月は普通の双月だ。
 だけど、周りにゆらゆらしてるやつがもう凄い。この気持ちをどう表現したらいいのか分からないけど、もう本当にすごいの!
 やだ、なんか感化されてきた。木から落ちそう。

「双月お前、母さんに部屋から出るなって言われてるだろ。今日は特にヤバイんだから」
「うん。でもパーティーやってんのはあっちだし、むしろこっちは誰もいないからいいかなって」

 それはまぁ確かに、一理あるけど。
 でもやっぱりあんまりよくないんじゃ…ってくらいなんか、ゆらゆらしてるよ。
 大丈夫なの?
 いっきーは複雑な顔してるけど、華蓮は思い切り顔をしかめてる。

「誰もいないからいいってレベルじゃないだろ。俺でもちょっと影響されそうなのに」

 うん、僕も華蓮に一票。
 だってなんか、ふわふわしてきたもん。これ多分、本当にヤバイやつだもん。
 やっぱり今日に限っては耐性があってもあんまよくない日なんだ。イカれてる度合いがかなり上位レベルに違いない。

「え、華蓮もやべーの?」
「若干な」
「そりゃ母さんが怖い顔でどこにも出るなって言うわけだな。しゃーね、帰るか……」

 双月は軽いノリで出てきたみたいだけど。華蓮までって言われると流石に危機感を感じたらしい。
 でもなんか、ちょっと可哀想だな。
 僕もずっと閉じ込められてるから、それがどんな気持ちかはよく分かる。特に皆と遊ぶようになってからは、寂しいって気持ちが凄く強くなった。また遊べるって分かってるから我慢出来ないんだけど、でもやっぱり独りぼっちは寂しいんだ。
 だから、深月探すのやめて遊びに行ってあげたいけど…。でも今日は僕でも影響されそうだし、どうしよう。

「………華蓮、やっぱり明日は諦める」
「ん」

 え?何で急に?双月にバレたから?
 華蓮も何の疑問も持たず納得してるけど…そういうことなの?

「双月、帰るぞ」
「え?」
「深月との交代は2時間後だからそんなには遊べないけど」

 そっか、そういうことか。
 いっきーも僕と同じように、双月が寂しいって分かったんだ。それで、華蓮との作戦会議をやめて双月と遊ぶことにした。
 いっきーの申し出をすんなり受け入れた所を見ると、華蓮にも分かってるのかもしれない。ま、いっきーと華蓮はいっつも考えてること同じだからね。

「…華蓮がやばいんなら、李月もやべーんじゃねーの?」
「こんな体たらくと一緒にするな」

 あーもう。またそうやって…すぐ挑発するんだから。
 何で僕と深月くらいかそれ以上に仲良しなのに、そうやって喧嘩になるようなことばっかりするんだろう?今喧嘩なんてしてたら、双月と遊ぶ時間がなくなっちゃうよ?

「明日会ったら覚えてろよ」

 おお、偉い。いっきーが双月と遊ぶことを考慮して言い争いは避けたみたい。…いっきーのことだから、それも踏まえての発言なのかもしれないけど。
 でも明日には喧嘩するんだね。てことは、登校時間が長くなって、遅刻して、揃ってバケツ持って立たされるのがオチだな。 
 
「俺は別に、1人でも平気だけど」
「あっそ。じゃあ俺は勝手にお前の部屋で遊んどくから、お前も勝手に遊んでろ」
「………それだったら一緒に遊ぶ」

 世月は世界で2番目に双月が可愛いって言ってる……ちなみに僕は3番なんだ、へへん。…じゃなくって、双月が可愛いって言ってるけど。こういうところがそうなんだって思う。
 なんかこう、ぬいぐるみのくまさんみたいでぎゅーってしたくなっちゃう。多分、世月ならやってると思う。

「じゃあ俺は帰るから」
「…ごめん華蓮。李月との時間邪魔しちゃって」

 その言い方だと、まるでカップルの中に割って入ったみたいだよ。
 ……そんなようなもんか。
 いっきーと華蓮はどう転んでも仲良しだし。仮にいつか仲違いすることがあっても、結局仲良しだろうし。

「そんなことより、明日は学校来いよ」

 華蓮はこう、サラッとカッコいいこと言うっていうか。普通にカッコいいんだよね。
 今のもさ、双月が気にしてることを敢えて「そんなこと」って言い切ってる辺りとか。早く治せよって遠回しに言ってるところとこ、超胸キュンポイントだよね。
 分かっててやってんのか知らないけど。いや何も分かってないだろうし、自然体なんだろうけど。将来は絶対にモテるに違いない。

「うん、じゃ…」
「い━━━つ━━━き━━━!」

 あっ!!

「うるせぇ……」

 深月だ!どこかから深月の声がする!
 確かにすっごくうるさかったから、声の発信源が分かり辛かったけど。でも深月が近くにいる!

「い━━つ━━あっ、いた!」

 あ、いた!!
 深月だ、深月だ深月だ深月だ!!

「うるせぇよお前、何してんだ」
「何って李月を…ってえ?何で華蓮がいんの?しかもこのやべぇの何?げっ、双月やべぇな」
「やべぇやべぇうっさいな。お前をキチガイにしてやろーか!ほれ、ほれっ」
「うわっ、やめろっ。こっちくんな!」

 何やってんだこの兄弟は。
 今の今まで深月フィーバーで飛び降りそうになってたのに、秒で冷めたよ。いや、深月への気持ちは冷めてないんだけど。
 バカみたいなやり取り見たら妙に冷静になっちゃったから、もうちょっとこっから覗いてみよーっと。

「で、何してるんだ?今はお前の持ち時間だろ」
「あっ、そうだ。なんか侑が来てるっぽいからもう交代して」

 えっ、何で!?
 完璧に隠れてる…よね?うん、妖気も完全に隠せてる。それに、パーティーやってる方には全然近寄ってないのに!

「ぽいって何だよ。会ったわけじゃないのか?」
「うん。なんか妖気がすると思って駐車場行ってみたら、羽が落ちてた」

 えぇ…本気?それ本気?
 第一に、羽が落としちゃったのは失敗だった。僕のミスだ。流石に僕も、知らぬ間に落ちた羽の妖気までは隠せない。
 でもね?落ちた羽に残ってる妖気なんて本当に微々たるものなんだよ?普通は察しようと思っても察する事ができない程だよ?
 それをパーティー会場から嗅ぎ付けたって…そんなまさか。一体全体、どういう嗅覚してるの? 

「んなもん、いつの羽か分かんねぇだろうが」
「今日の羽じゃなきゃ妖気なんて残ってねぇよ。絶対に来てる」

 うん…まぁ、来てるんだけど。実際に来てるんだけど。僅かな痕跡から僕を探り当ててくれて嬉しいんだけど。
 でも自分の持ち分はちゃんとこなそ?いっきーは今から双月と遊ぶ約束してるし。2時間くらいなら待ってるよ。
 って、言いに降りた方がいいかな?……いやでも、降りたらそれこそもうダメだよね。深月は絶対な僕と一緒に遊ぼうとしてくれるもんね。僕が待ってるよって言っても、多分聞かないもんね。

「そもそも俺の持ち分の方が多いんだぞ」
「うん。でもどうせ多いなら、どんだけ多くなっても一緒じゃね?」

 何という極論…。
 いっきーは凄く嫌な顔するけど、どんな顔しても深月はきっと引かない。ってことを分かってるみたいで、凄く面倒臭そうに溜め息を吐いた。
 大変だなぁ。まぁ僕には他人事……じゃないのか。ちょっとは関係してるのか。いっきー、なんかごめんね。

「天狗依存症も大概にしとけよ。貸しだからな」
「よっしゃ!じゃあ俺は天狗探しに行くから。ちなみに、世月が父さんの取引相手の子供に一緒に踊れってうざ絡みされてたから早く行った方がいいぞ」

 うわ、サイテーだよ深月。
 そんな情報を後出しするなんて、それはサイテーだ。
 てか、もしかして僕の羽見つけたっていうの嘘っぱちで、それから逃げたかっただけなんじゃないの?運良く僕はいるんだけど、もし嘘で本当にいなかったら後からこてんぱんだよ?

「……お前、侑がいるってのは建前でそれに割り込むのが嫌で来たんじゃないだろうな」
「嘘じゃねーよ。ほら、羽」

 あ、僕の羽だ。
 凄く良く見れば、確かに妖気は残ってるけど…。今出されるまで、持ってることにも気が付かなかった。

「どっちにしても、貸しだからな」

 いっきーはそう念を押すように深月を指差してから、パーティー会場の方に向きを変えた。
 それはいいんだけど…いや、よくないよ。深月は今から僕を探すんだろうし、それじゃあ双月が独りぼっちになっちゃうじゃん。
 やっぱり今から降りた方がいい?…でも深月はいっきーほど耐性がないから、どっちにしても遊べないし…。

「悪いな華蓮、李月との時間邪魔して」

 デジャヴ…。って、違う違う。
 そうだけど、そうじゃないよ。そうだったんだけど、そうじゃないんだよ。
 邪魔してるのはいっきーと華蓮じゃなくて、いっきーと双月なんだよ。前者はいいけど、後者はダメだよ。 

「別にいい。双月と遊ぶし」

 へ?

「は?…いや、ダメだろ。ヤバイんだし」
「あいつが大丈夫で俺が大丈夫じゃないことなんかない」

 なんて対抗心……。

「いやでも…」
「お前が何をぶつぶつ言おうが、俺は勝手にお前の部屋で遊んどく。だからお前も勝手にぶつぶつ言ってろ」

 似たようなこと言ってるし…。
 でもこれは多分、いっきーへの対抗心でそんなこと言い出したってわけじゃない。現に、さっきまでは大人しく帰ろうとしてたし。
 華蓮はいっきーと同じだから。双月が寂しくないようにって、そう思ってるに違いない。

「……一緒に遊ぶ」

 よかったね、双月。ありがとう華蓮。

「じゃあ俺は侑を探しに行くから」
「見つからないようにな」
「心配無用」

 と、今度は深月が向きを変える。
 そもそも僕は深月に会いに来たんだし、本当はすぐにでも飛び出して一緒にいたいけど。深月はちょっとサイテーだから、しばらく見つけさせてやんない。
 今日はまだ世月を見てないから、少し遠くの方からパーティー会場でも覗こうかな。



 バッシャーン!!


 ……えっ?何、今の音?
 なんかあっちの方から水が弾けるみたいな音が聞こえた。それもカエルが池に飛び込むみたいな可愛い音じゃなくて、誰かが高い場所から海に飛び込んだみたいな凄い音だった。

「今の何?」
「噴水の方だったな」
「……行こう」

 僕と同じように首を傾げながら、双月と深月は少しの間目を合わる。そして華蓮の言葉を合図に、全員が同時に駆け出した。
 もちろん、僕もこっそりと後を追う。


「………あれっ、世月っ?」

 あれだけ大きな音が聞こえただけのことはあって、噴水は割と近くにあった。庭の道からは外れた木々の生い茂る中、誰が見るわけでもなく色々なパターンを作り出している。
 そしてその中に、真っ白いドレスを着た妖精のように可愛い女の子の横姿が……双月が言った通り、それは世月だった。今日はまたおめかししてるから、べらぼうに可愛い。

「……双月、貴方こんなことろで何をしてるいるの?」
「いや、お前が何やって…え!?血!?」

 近寄って行った双月が声をあげる。
 僕もバレない程度にギリギリまで近寄っていくと…うわっ!横向きじゃ分からなかったけど、正面が真っ赤だ!えっ、本当に血!?

「違ぇよ双月、トマトソースだ。食事の中にトマトソースの煮込みハンバーグがあった」

 あっ、そうなのっ?

「えっ、あ、そうなの?よかった、マジでビビった……」

 僕もマジでビビった。
 ていうか、よくよく考えたらあんなに血が出てたら立ってらんないよね。いやでも、世月の場合は返り血ってこともあり得るからなぁ……。

「……深月も、それからかーくんまで。こんなところで何をしているの?」
「俺は侑が来てるっぽいから代わってもらったんだよ」
「ああ、それで李月が通っていったの。…かーくんは私がいないのをいいことに、李月と明日の作戦会議にでも来たのかしら?」
「そんなことはどうでもいい。お前は何してんだよ」

 あ、無理矢理スルーした。でも確かに今は華蓮といっきーの魂胆がバレバレってことよりも、世月が何をしてるかの方が気になる。
 せっかく可愛いのに、ずぶ濡れだ。世月は遊ぶ時は泥だらけになろうと全力で遊ぶけど、おめかししてる時は服やアクセサリーが汚れないように細心の注意を払ってる。もちろん、水に濡れたりしないようにも。

「……見ればわかるでしょう、洗濯よ」
「は?洗濯?」

 華蓮の問いかけに答えた世月の言葉に、双月が顔をしかめる。声を出したのが双月ってだけで、深月も華蓮も顔をしかめていた。
 そして多分僕も、似たような顔をしてるんだと思う。だって洗濯って、全然意味が分からないもん。

「でも、もう染み付いてしまって落ちないわ」

 そう呟くその声は、まるで世月ではないようだった。いつもの自信満々な様子とはうって変わって、とてもか細い声だ。
 あれは世月が自分でやったんじゃない。悲しそうなその顔を見た瞬間に、僕はそう確信した。

「………あいつにやられたのか」
「……」

 深月が問いかけに、世月は何も答えなかった。けれど深月が「世月」と強い口調で名前を呼ぶと、顔を俯かせて小さく頷いた。
 それは多分、さっき深月がいっきーに話していて相手だ。世月が踊って欲しいとうざ絡みされている、と。

「私がいい子にして、踊っておけばよかったんだわ」

 世月は噴水から出てくると、その縁にゆっくりと腰を下ろした。相変わらず俯いたままで、その言葉には後悔が滲んでいるのが分かる。
 世月はいつも正しい。自分のやることは全て正しいと自信に満ちていて、そしてそれは本当に正しいんだ。だから、世月のやることに間違いなんてない。

「…俺は見てたわけじゃないけど。でも、世月が踊りたくないって思ったんなら、踊らないことが正解だったってことは分かる」

 双月が世月の隣に腰を据える。それからそっと肩を抱き寄せると、世月は途端に肩を震わせた。
 それは寒いわけでも、双月の悪いオーラに感化されているわけでもない。でも、世月は震えている。

「いいえ違うわ。私が自信過剰で、自分の考えが全て正解だと思い込んでいたからこうなったのよ」

 世月は汚れてしまったドレスの裾をぎゅっと掴んだ。その手も、肩同様に震えている。何かに耐えるように、そして耐えられないと言うように。
 そしてその手に、ポタポタといくつかの滴が落ちた。

「可哀想に…せっかく素敵なドレスが、私みたいな傲慢で自意識過剰な人間に着られたせいで、こんなになってしまったのよ。見れば分かるでしょう?」

 顔をあげて双月を見た世月は、震えた声でそう言葉を溢した。そしてその目からは、ぼろぼろと止めどなく涙が零れている。
 世月は大切なドレスが汚れてしまったのが自分のせいだと思って、自分を責めてるんだ。ぐしゃぐじゃな顔で、ドレスを抱き締めるようにして「ごめんなさい」とそう呟いて、責めている。
 可哀想。世月が悪いんじゃないのに。全然そんなことないのに。…今、僕が出ていってそれを言った所で、世月はきっと聞き入れない。やばい、僕まで泣きそう。

「確かにお前は、傲慢で自意識過剰だ」

 ……涙が引っ込んだ。
 え?華蓮?この状況で何言ってるの?
 華蓮の言葉に、世月かぐしゃぐしゃのまま視線を向ける。いつもならぶっ飛ばされてるだろうけど、今の世月は悲しげにそれを見るだけだ。
 双月に感化されて頭おかしくなっちゃったの?それなら許されるけど、もし普段の仕返しのつもりなら……いや、華蓮はそんなことするような人間じゃない。

「だけど、俺はそのドレスが可哀想だとは思わない」

 華蓮はそうハッキリと言いきった。まるでいつもの世月のように、自信満々といった風に。
 そして、言葉は更に続く。

「どんなに汚れていても、破れても、それを着こなすのが大鳥世月だろ。だからそのドレスは、お前が着ているお陰でトマトソースまみれでも見劣りしないって証明できる」

 華蓮の言葉に、世月は目を見開いていた。
 僕はまたちょっと泣きそうになった。だって華蓮のくせに、まるでいっきーみたいなこと言うんだもん。ちょっと感動しちゃった。
 そしてその華蓮の言葉は紛れもなく事実たと思う。そのドレスは他の誰が着るよりも、世月が着るのが一番輝くはずだ。

「そりゃあ、ドレスもさぞ鼻が高いだろうな。むしろ、汚してくれたことを喜んでるかもしんねぇし」

 そう言いながら深月が手を差し出す。世月は深月を見上げてから、静かにその手を取って立ち上がった。
 ドレスがトマトソースまみれでも、ずぶ濡れでも、泣き顔でも。やっぱり妖精のように綺麗だ。世月はいつでも、とても綺麗。

「じゃあほら。ちゃんと可愛い顔して、見せびらかしに行かないとな」

 双月が自分の服の裾で世月の涙を拭う。そうすると、その後にもう涙がこぼれることはなかった。
 …なんか僕また、泣いちゃいそう。すっごくいい場面を見てるような気がする。…気がするんじゃなくて、間違いなくそうだ。

「つーか、李月は?…通ってったって言ってたよな?」

 あっそうだ、そういえば。
 まさか、世月のこんな姿見てスルーするはずないと思うけど…。もしかして、飛び込む前だったとか?トマトソースが見えなかったのかな?

「ええ。ドレスのこと聞かれて何も答えなかったら…そのままパーティー会場の方に行ったわ」

 てことはやっぱり、知ってるってこと?
 知っててスルー?…それ、本当にいっきーだったの?まさか、ドッペルゲンガーなんじゃ…。

「……お前それ、ヤバいだろ」
「え?」

 世月の言葉を聞いた華蓮が、思い切り顔をしかめた。というか、ちょっとだけゾッとしているみたいな顔をしてる。
 華蓮がこんな顔をするなんて珍しい。そんな珍しい光景を目の当たりにして、世月ですら良く理解していないように首を傾げていた。

「会場に行けば分かる」
「……分かったわ」
「え、じゃあ俺も行く。侑はその後で探そっと」
「えーっ、ずりーなー!俺も行きたい!」
「仕方ないわね。私の隣から離れてはダメよ」
「やった!」

 世月はほんと、双月に甘いんだから。まぁ、世月が近くにいれば大丈夫って判断したなら大丈夫なんだろうけど…。もしくは、パーティーにいる人たちが少々あっぱっぱーになっちゃってもいいって思ってるか。
 何でもいいけど、僕だけ仲間外れなんてなしだよ。流石に会場に行くのは気が引けるけど、でも行っちゃうもんねっ。


 **


「…人混みで酔いそう」

 そんなこんなで駆け出して、パーティー会場。まだ会場には入っていなくて廊下を歩いてきただけなのに、華蓮は弱気な声を出していた。
 まぁそれでも、巨人でも歩くの?ってくらいに広い廊下にも、溢れんばかりに人がいることに変わりはない。僕はずっと隠れて上を移動してるから、気にならないだけなのかもしれないな。


「ママッ、ママぁあっ!」

 さてここからどういっきーを探そうかと、会場の入り口の扉の前で作戦を練ろうとしたところ。
 今にもお漏らししそうって感じの、間抜けな声が聞こえてきた。それもパーティー会場の中ではなく、この広い廊下のどこかだ。

「たくちゃんどうしたのっ?まぁ、そんなにびしょ濡れになって!」
「あ、あいつが!あいつに水をかけられたんだ!」

 急いで声のする方に行く。
 すると見えてきたのは、いかにもマダム!って感じの、首もとにふわふわしたのを巻いて宝石じゃらじゃつけた、小太りのおばさま。
 そしてそれにしがみつくのは、いかにもお坊っちゃま!って感じの子供。こじゃれた服は、全然着こなせてないけど。親に似て小太り。

「まぁっ、何処の子か知らないけれど何のつもりっ?」

 少し耳障りな声をあげるマダムの視線の先には…いっきーがいる。
 まぁ、分かってたけど。
 マダムの前に立ついっきーは、巨体の後ろに隠れるたくちゃんと同じくらいの歳だと思うんだけど。まるで一回りくらい違うじゃないのって思うくらい、醸し出してる雰囲気に差がある。
 そして冷めきった視線で、たくちゃんを睨み付けていた。

「そいつが俺の妹の服を汚したから謝るように言ったけど、聞かなかったから水をかけただけだ。トマトソースじゃなかっただけありがたく思え」

 まだそこに慈愛はあったのね。
 やっぱり一回り違って見えるだけあって、そこら辺は大人な対応…水かけてる時点で大人な対応ではないか。だってたくちゃん、ホースでも持ってきてぶちまけたの?ってくらいびっしょびっしょになってるしね。

「ぼっ、ぼくはそんなことしてないっ!」
「そうなのたくちゃん?」
「そうだよママッ!こいつは嘘つきだよ!」
「……たくちゃんはこう言ってるけど、貴方はどういうつもりなの?」

 うわーいやだっ。
 無条件で子供の言うことを鵜呑みにするタイプだ。これは本当に子供を信じてるっていうのと違って、質が悪いんだ。
 こういう親に育てられると、未来永劫ママの脛かじって生きてくことになるんだよ。ママがいないと何も出来ない人間になるんだろうね、たくちゃんは!

「嘘つきはお前だろ」
「ぼっ、僕はお前の妹なんか知らないっ!それに、僕がやったって証拠あるのかよ!」

 やーなーやーつー!!
 何でこんな小太りで無様なのに、そんなとこで無駄に頭が回るんだよ。ムカつく。
 確かに証拠なんかないから、これ以上詰め寄れないじゃん。いっきーも渋い顔してるし、なにこれ超ムカつくっ!

「証拠もないのにたくちゃんを疑うっていうのっ?まさか貴方、自分でやったことをうちの子に擦り付けてるんじゃないでしょうね?」

 や━━な━━や━━つ━━!!
 カエルの子はカエルを地で行く親子だよこれ。まじで、本当に、ムカつくんですけど。
 マダムのその嫌みな顔だけでもムカつき最高潮なのに、後ろに隠れてるたくちゃ…もうお前なんて子デブでいいよっ。あの子デブ、にやって笑っててちょおおおムカつくッ!

「どこのお宅の子か知らないけれど…うちは今日は、ここのいるほぼ全ての企業と取引予定なの。勿論、お宅のご両親か祖父母かの所ともでしょうけれど……態度によってはお宅との取引を考えさせて頂くことになってよ?」

 はぁあ!?
 ほんっっっっっとうに嫌な大人だな!
 お前のせいで親の取引が台無しになるって脅してんの?だから大人しくごめんなさいしろって?
 子供を大人が脅して押さえつけるなんて、そんなサイテーなことある?そうやって純粋な子供の心が傷付いてくんだよっ。…いっきーに元々純粋な心なんてないって話は今は置いとくとしてねっ!



「親の取引なんかどうでもいい」


 あっ。
 これヤバイやつだ。


「証拠がないから謝らないだと?だったら、地べたに頭叩きつけてでも謝らせてやる」


 ………これ、マジでヤバイやつだ。



「妹を泣かせる奴は絶対に許さない」



 きゃー、いっきーっ!
 今のは超カッコよかった。マジでカッコよかったっ!!
 で、でも怖いよぉぉ……っ。
 僕の方見てるって訳じゃないのに、背筋がゾゾゾッと寒くなっちゃったよっ。ちょっとちびっちゃうかと思ったよ。今すぐ深月にしがみついきたいよ。
 ねぇいっきー、怖いよぅっ!
 一番遠くにいる僕ですら、そう嘆きたくなる程の怒りを感じるくらいだ。頭の悪そうなカエル親子も不味さを察したのか、じりっと後ずさりをした。
 ……もう手遅れな気がするけど。

「おっ、落ち着け李月ッ。まずはちょっと落ち着け!」
「お前がそんなことしても疑いが晴れるわけじゃねぇだろ」

 手遅れだ、と思った矢先。深月と華蓮が同時に駆け出して、いっきーの腕をそれぞれ羽交い締めにした。
 よ、よかった…。カエル親子は本当にいけ好かないけど、いっきーマジで殺しそうな勢いだったから。それはやっちゃダメだから、2人が出てきてくれてホッとしちゃった……。

「うるさい離せ」
「離さねぇよッ。落ち着けって言ってんだろうが!」
「土下座で謝らせるくらいなら加担してやるけど、お前頭蓋骨砕く勢いじゃねぇか」
「土下座も今のご時世どこで撮られてるか分かんねぇから、そこはトマトソース頭からぶっかけるくらいにしよ!」
「どうせ撮られてるならトマトソースでも土下座でも同じだろうが」

 いやちょっと?深月?華蓮?
 もっと真面目に止めて!土下座とかトマトソースとか今はその辺はいいから!
 ほらっ。2人がかりなのに力が及ばなくなってるから、振りきられそうになってるよっ。

「親子揃って地べたに這いつくばらせる」

 あっ!

「うわっ」
「チッ」

 ああ━━━!!振りきられちゃったっ!
 急いで、早く建て直してっ。このままじゃ、這いつくばらせて頭蓋骨パッカンされちゃうけど…思いの外吹っ飛ばされててこりゃ間に合わないね!
 ああもうっ。こうなったら出てく!?もう出てって止めるしかないの!?



「李月、もういいわ」

 静かな声がすんと響いた。
 他の人たちで賑わっているのに、すっと頭に入ってくるような声だ。何だか、時が止まったような不思議な感覚に捕らわれる。
 ピタリと、いっきーの動きも止まった。


「……お前、大丈夫なのか?」
「ふふ。私ってお兄ちゃんに恵まれているのよ」

 世月はそう言いながらいっきーをじっと見て、それからちらりと深月と華蓮の方を見て笑った。…双月はあれだね、きっと世月の更に妹みたいな感じだからノーカンなんだね。分かる分かる。
 そして、いつものように可愛い笑顔で笑った世月を見たいっきーは、ようやく落ち着いたみたいだ。今の今まで暴れ出てた、ヤバイぞって雰囲気が消えてなくなった。


「貴方が私の服を汚したことはもういいわ。それから、兄が水をかけてしまってごめんなさいね」

 世月はいっきーの前に出ると、マダムの後ろに隠れている子デブにそう声をかけた。
 どうして世月が謝るの?そんな必要ないのに。もしかして、同じレベルには落ちないってことなのかな。……それはとても誇り高いことなんだろうけど。
 何だか僕は納得いかない。
 ほら、いっきーも不満気だし。双月も、飛ばされた深月と華蓮も嫌な顔してる。

「お母様にもごめんなさい。…ああ、それから申し遅れました。私、大鳥世月と申しますわ」

 ふわりと真っ白いドレスの裾をあげて腰を低くする姿は、本物のお姫様みたいに綺麗だった。僕は深月一筋だけど、それでもドキッとした。
 でもそんな世月を前にして、マダムの顔色がサッと青くなった。…何で?

「お、おおおお大鳥って、ま、まさか貴女……っ」

 え、めっちゃ狼狽えるじゃん。
 何なの?どういうこと?

「そういえば、本日はお父様がそちらの企業に援助させて頂くかどうかというお話でしたわね?…上手く行くよう、私からもお伝えしておきますわ」

 ふふふ、と世月は笑う。
 ………お姫様改め、魔女様の君臨です。なんて、口が避けても言えないけど。
 世月の不適な笑みを目の当たりにしたマダムはこれ以上ない程に顔を真っ青にする。そして次の瞬間、キッと子デブを睨み付けた。

「たくちゃん貴方!何てことしてくれたの!?」
「ママッ、僕何も…」
「おだまり!」
「うわぁあっ!ママやめてっ、やめてー!」

 うわぁー。
 公開おしりぺんぺんはキツイなー。色んな意味でトラウマになりそ。まぁでも、あの子デブにはそれくらいが丁度いいか。
 マダムは今ので大恥かいただろうし、世月も本当に告げなんてしないだろうな。でも、そうじゃなくても取引が流れればいいなー、なーんて。

「やっぱ世月は可愛いーけどこえーな」
「何よ双月、喧嘩売ってるの?」
「ちげーよ。そんな世月だから、皆大好きなんだ。あんなぶちギレるくらいにさ」
「……ふふ、ありがとう」

 双月がちらっと華蓮と深月の方を向く。…写真撮ってるよ。おしりぺんぺんの写真撮ってるよあの二人。何に使う気なんだろ…。
 いっきーはいっきーで、マダムが脱がせて投げ捨てた子デブのズボンにトマトソースぶっかけてるし。結局トマトソースなんかいって、そういうことじゃないからね?

「さぁ、もうパーティーなんて懲り懲りだから遊びましょ」
「でも俺、部屋にいなさいって」
「大分マシになってきてきるし、お母さんにバレなきゃ平気よ。そっちの3人もね!」
「結局こうなるのか……。今回は確実に俺のせいだけど」
「お前が何もしなくても、どうにかこうにかしてこうなってたろ」
「ま、この世は世月の天下だからな。侑ー、お前も降りてこいよ!」

 あ、バレてる。
 これは多分、いっきー見てちびっちゃいそうになった時に隠れてたのが解けたんだね。あんな恐ろしいもの見たら、集中力が切れちゃうに決まってるもん。
 てか、降りていいの?…まぁ、こんなに沢山人がいれば大丈夫か。双月のやばーい奴もあるし、おしりぺんぺんも中々の注目度だし。
 誰も気付きはしないよね。ってことで、僕も合流っと。

「お前、ずっと上にいたのか?何してたんだ?」

 何って、ずっと見てたんだよ。最初っからずーっと皆のこと見ながら…まぁ、見てただけだけども。
 僕は天狗だからね。神様的に皆を上から見下ろして………あ、そうだ。


「お兄ちゃんずの審査してたんだ」



 審査結果、割と優秀なお兄ちゃんずです
 まずいっきーが文句なしに最優秀賞ね。
 次に華蓮が安定の優秀賞。
 深月は僕の贔屓目で審査員特別賞。
 これで栄光の世月お兄ちゃんず完成です。
 ちなみに双月は妹で賞。
 僕は末っ子で猫っ可愛がりされるんだー。
 皆でずっとずーっと、仲良くしようね。
 



end.



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