Short story
▼秋生
「だらしがないのう」
テレビを付け炬燵に肩まで入り寝転んだ状態でもちにかぶり付いていると、綺麗な毛並みの狐が顔を出した。視線を向けたせいで、一番肝心の落ちを見ることなく芸人たちが舞台袖に下がってしまった。
普段はクソみたいな番組しかがやってない午前10時という時間帯にも、比較的面白い番組がやっている1年でも数少ない貴重な日。
正月三が日。今日はその三日目だ。
親愛なる神様へ
「邪魔だな」
てか、死にかけのくせして出てきて大丈夫なのかよ。
まぁ、この家は悪いもんが寄ってこないようにじーちゃんが色々やってたからな。頑張れば出てこれるんだろうけど。正月だからってそんな張り切らなくてもいいだろ。
「正月じゃというのに、だらだらだらだら…食べては寝て。食べては寝てしかしておらぬではないか」
「それが正月ってもんだろ」
寝正月って言葉を知らないのか。
ていうか、食って寝てるだけじゃねぇし。テレビも見てるし、風呂にも入ってるし、トイレにも行ってるし…って、俺は親に叱られてバカな言い訳してるガキか。
とにかく、炊事洗濯とか最低限のことはしてんだからいいだろうが。…え?机に並んでるのはスーパーの惣菜なんじゃないかって?…米は自分で炊いてるからセーフなの。
「新年からそんなことではろくな1年にはならぬぞ」
「一昨年は独りでおせち作って新年を迎えたけど、去年はいい1年だったか?」
我ながら嫌な返しだと思う。
中学生活最後だというのに、何事もなく、これまでと同じように淡白な1年だった。
浅く狭く最低限の人付き合いをし、これといって仲のいい友人を作るわけでもなく。修学旅行なんて何したかもう覚えてない。
一人と一匹で三日もかけて食べたおせちはなんの役にも立たなかった。いやまぁ、別におせち食べたからっていいことがあるわけじゃないんだろうけど。
「今年は高校とやらに行くのであろう」
「…まぁ、そうだけど。中学が高校になったからって、どうせ今までと同じだろ」
「そなたの行く高校には、あの一味がおるのであろう」
「一味って…バンドのリーダーな」
良狐の尻尾は、隣の和室の壁に貼ってある巨大なポスターを指していた。
4人組のバンドグループ、shoehorn。
巨大なポスターを始めに数多くのグッズが並ぶことから想像できるだろうが、俺の生き甲斐といってもいい存在だ。
「それには受験というものがあるのじゃろう?」
「…うん、まぁな」
正月早々嫌なワード出して来んなよ。
今日までは忘れて明日から頑張ろうと思ってたんだよ、俺は。いやマジで。本当に。嘘じゃないから…って、俺は誰に弁解してんだよ。
……でも本当に明日から本気出そうと思ってたし。
「ならばしゃきっとして規則正しい生活をせぬか。勉学に励まぬか。初詣に向かい学問の神に祈らぬか。その帰りに材料を買って来ていなり寿司を作らぬか」
「……お前いなり寿司が食べたいだけだろ」
「そんなことでは受験に勝てぬぞ」
俺の言葉は華麗にスルーか。
とにかく、要はいなり寿司が食べたいだけってことだな。それなら最初からそう言えばいいのに。
「……いなり寿司作るのはいいけど、初詣は別にいいよ。どうせカップルとか家族とか友達同士とか…そんなのばっかりだし」
「そうやって下らぬ理由をこじつけて毎年初詣に行かぬから、友人も恋人も出来ぬのじゃろう。阿呆め」
「初詣行くだけで友達が出来るなら、この世にボッチって言葉なんか生まれてねーっつの。ていうか別に友達も恋人もいらねぇし」
「じゃが受験には勝ちたいのであろう?ならばせめて勉学の神に祈りに行くべきじゃ」
「お前どんだけ初詣行かせたいんだよ」
お前は神社の回し者か何か…ああ、そうだった。
だって神使だからな。神社の回し者みたいなもんだよ。ていうか、それ以外の何者でもねぇよ。
「神は応えて下さる。それを分かっておらぬお主が腹立たしいだけじゃ」
「…祈ったら合格させてくれんの?」
別に神様を信じてないわけじゃないけど。
もし本当にそうなら、この世に不合格って言葉も存在してないはずだ。
「神が紡いで下さるのは縁じゃ」
「縁?」
「そなたが本気でその高校に行きたいと願い、精一杯努力をするのであれば、そこにある縁と紡いで下さる」
「……つまり結局は自分で努力するしかないと」
「当たり前じゃ。努力もせず祈るだけの体たらくに紡ぐ縁などないわ」
良狐はそう乱暴に吐き捨てた。
お腹が空いていなり寿司が食べたくてイライラしてんのかな。
…仕方ねぇな。
「分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」
せっかく寝正月を楽しんでたってのに。
まぁ…困った時の神頼みとか言う言葉もあるからな、願掛け程度に受験の神様に祈っとくのも悪くはないかな。
それに、今年行っとけば来年からは行かなくていいだろうし。
だって考えたって、俺に友達や恋人が出来ることなんてあり得ない。ぶっちゃけ、高校もヤバイと内心では思ってるし…それならそれで適当に近くの私立行くし。
そうなれば良狐が何か文句垂れても、神様は応えてくれなかったから行かないって言えるからな。努力が足りないとか言われても押しきってやる。
「わらわがそなたの心に巣くうておるのを忘れたのか」
「勝手に読むんじゃねぇよ」
「そなたは神を甘んじておる。来年の今ごろにはさぞ感謝して神にお参りしておるであろうの」
絶対ねーし。
来年の今ごろも、こうしてごろごろして寝正月を満喫してるよ。
もし大鳥高校に受かったら、この家は出てアパートとかに住んでるかもしんねーけど。場所が変わってもやることは同じだからな。
でも、もし本当に。
「本当に高校に受かって…友達の一人でも出来たら、たらふくいなり寿司食わせてやるよ。お前の大好きな羊羮も添えてな」
「その言葉、忘れるでないぞ」
良狐はそう言って満足げに笑った。
その表情を横目に俺は思い体を引きずって炬燵から脱出し、初詣に行く支度を始めた。
**
「だらしがないのう」
ソファに座ってもちを食べながらテレビを見ていると、目の前に不機嫌そうな狐が顔を出した。
その隣には、どこか眠たそうな子供もいる。
「邪魔だな」
正月三が日。その三日目。
クソみたいな番組しかない昼間の時間帯に、正月家電特集という神番組が放送しているというのに。最新の掃除機が見えないだろうが。
「正月だというのにだらだらと…そんなことではろくな一年にならぬぞ」
「正月というのはだらだらするためにあるんだと俺は思うけどなぁ…」
「黙らぬか低俗な鬼め」
せめて夫婦の意見を統一してから出てこいよ。
てか亞希さん、良狐の尻尾枕にして寝ようとしてるし。正月だからって毎日朝方までどんちゃん騒いでるから…つーか、いちゃいちゃすんなら尚のことどっか他所でやってくれませんかね?
「用件は何だ?」
そう質問をする華蓮先輩は、その答えなんてどうでもいいのだろう。だって、問いかけているにも関わらずその視線はガラステーブルに向いている。
正月におせちを4回も作ったのは人生で初めてだけど、そのおせちも残すところわずか。おせちって現代の若者にはあんま受けないって言うけど、この家に住む若者たちに限り例外だということがよく分かった。
「わらわは去年、こやつと約束したのじゃ」
「約束…?」
何の約束だろ。
え、何だそれ。どうしよ。全く覚えてない。
「記憶力が猿以下じゃの。去年の正月に初詣に行ったであろう」
「……ああ、そういえば」
「その時に約束したであろう。覚えておらぬとは言わせぬぞ」
今の今まで、初詣に行ったことすら忘れてたっつーのに。約束したことなんて覚えてねーよ。
えっと、確か去年もこうやって家でゆっくりまったりしてたんだ。それなのに、良狐が初詣初詣ってうるさくて……あ。
「………やっちまった」
去年の今頃、自分が自信満々に言った沢山のことを一気に思い出した。
友達も恋人もいらない。だから初詣なんて必要ない。神様が応えてくれることなんてないってすっげー自信満々だったんだ。
「何を?」
「あ、いえ…何でも……」
笑われる。
言ったら絶対に笑われるに違いない。
「こやつは去年、こう豪語したのじゃ。神に祈ったところでご利益などありはせぬ。初詣に行き願いし、叶わぬことを証明してやるとな」
言うなよ!
俺が心の中で、絶対に笑われるから言いたくないって思ったの分かってたろ。分かってたくせに…くそ、狐だから分かんねーけど、どうせ笑ってんだろ。
つーか、そんな嫌な言い方してねーから。わざと嫌な言い方しやがって。お前はそれでも神使か。
「それで、何を願ったんだ?」
「……大鳥高校に受かりますように、と」
「叶ってるな」
やっぱり笑われた!
あ、でも格好いい…じゃない。そうじゃないっ。
「そ、それは自分の実力です!」
嘘です。多分ご利益ありまくりだったと思います。
だって絶対に受からないって言われたからな。やめた方がいいって、当時の担任からも散々言われたからな。
「それだけではなかろう?」
「ばかっ、良狐っ」
もういいだろ。
十分楽しんだろうがっ。
「来年の今頃は、誰かと炬燵に入っていれたらいい…と願うておったの」
「だからっ、何で言うかな!」
良狐が友達とか、恋人とか言うから。学校のことを願うついでに、ちょっとだけ願っただけだ。だからその時は特に、誰かを特定していたわけじゃない。
だって、そんなこと本当に叶うなんて思ってもみなかった。学校に受かることよりも、あり得ないと思ってたんだ。
「実力の賜物だな」
冗談めかして、華蓮先輩は笑う。
凄く恥ずかしいけど…でも。これは紛れもなく、俺が願っていたことだった。
俺はこうして、誰かと一緒に炬燵に入って笑っていたいと思ったんだ。他愛もない会話をして…何でもような、そんな時間を過ごしたいと思ったんだ。
小さい頃、家族とそうしていたように。
「何を言う。こやつの実力なわけなかろう、神のお力じゃ。初詣じゃ、いなり寿司じゃ、羊羮じゃ」
お前それ食いたいだけだろ。
でも実際問題、ご利益があったことは本当だし。それを無視するわけにもいかない。
「…分かったよ、作るよ。約束だしな」
「初詣も忘れるでないぞ」
「分かったって」
いなり寿司も羊羮も、いくらだって作ってやる。
初詣にもちゃんと行くよ、でも。
「もう少ししてからな」
今はまだ動かない。
だって、せっかく叶った願いなんだから。もう少し堪能させてくれてもいいだろ。
「全く…仕様のない奴じゃの」
俺の考えを読んだのか、良狐は溜め息を吐いて消えた。そして溶けそうな程にだらだらして存在感皆無だった亞希さんも、気だるそうに消えていった。
やっと静かになったけど、家電番組終わってるし。確か、前にも邪魔されたよな…あの夫婦は家電に恨みでもあんのか。
「ま、いっか。先輩、ゲームします?」
「今はいい。しょうもないワイドショーも始まったしな」
あ、本当だ。
またイケメン議員が取り上げられてる。あれは録画映像なんだろうから、今は俺たちみたいに炬燵にでも入ってんのかな?あんま想像出来ねーけど、兄貴は一緒にいんのかな。
……それにしても。
「今日も今日とて格好いいなぁ……」
テレビに映ったこれ以上ないくらいに男前の議員を見ながら、ちょっとだけ先輩の方に体を寄せた。バレないかなって思ったけど、すぐに先輩の視線がこちらを向いた。
テレビの中にいるのは確かに日本一の男前だけど、俺は先輩の方が断然格好いいと思います。…っとは、恥ずかしくて言えない。
ってか、何でじっとこっち見てるんだろ。
「…やっぱりワイドショーはいい」
「へ?何でです……っ、!?」
一瞬で目の前に顔があって、そのまま距離がなくなった。視界が定まらないまま、唇の感覚だけを確かに感じる。
唇から僅かに伝わる熱。目を閉じてその熱だけに集中すると、これ以上ない程に幸せだと感じる。
「今年の初詣では、何を願うんだ?」
少しだけ離れた、でもすぐに触れそうな距離。先輩の顔がすぐそこにある。手を伸ばさなくても、触れられる距離。
俺は少しだけ離れたその距離を、今一度なくすべく唇を寄せた。
こんな幸せがずっと続きますように。
本当はそう願いたいけど。でも、それは神様には願わない。
今度こそちゃんと、自分の実力で守り続けるんだ。……もしかしたらちょっとくらい、いやかなり華蓮先輩におんぶにだっこかもしれないけど。でも、どんなことがあっても手放さない。
神様にお願いするまでもなく、決して。
改めまして、親愛なる神様へ
(料理が上手くなりますように、とか)
(それ以上上手くなってどうするんだ?)
(先輩の胃袋を完璧に掴む作戦です)
(は?作戦?)
(あ、でもそれじゃあ結局神頼みか)
(…何言ってるんだ?)
end.
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